第2話 農業研究会の正体

「何故裏切った!?ロッサム!!」


 死の樹海と呼ばれる森の中で、アーズスが端正な顔を歪ませ悲痛な声を上げた。アーズスとロシーラが信頼出来る仲間として信じていた魔法使いロッサムは、心外という表情をかつての仲間に向けた。


「裏切り者?アーズス。それは違うぞ。俺は最初からバリーザン側の人間だ。お前が勝手に俺を仲間だと信じでいただけさ」


 ロッサムはロシーラを左腕で拘束し、右手に握った短剣をロシーラの喉元に当てる。


「諦めろアーズス。ロシーラはバリーザンに引き渡す。それが、この世界の為なのだ」


 ロッサムがそう言い終えると、樹海の木々が覆い尽くす狭い空から五つの影が降り立って来た。


「······来たか。バリーザン自慢の五鬼将達

が」 


 ロッサムが口元を引きつらせながら、禍々しい甲冑を纏う五人の騎士達を眺めた。ロシーラはその名に畏怖した。


 その悪名高い黒い武勇伝は、この国の者なら嫌でも耳に入っていた。


「逃げてアーズス!お願い!!」


 ロシーラは涙を流しながら悲痛な声を上げる。だが、アーズスは一歩も引かなかった。

長剣を腰から抜き、五鬼将に向かって行く。






「······いや無理だよアーズス!!」


 麻丘あかねはベッドから飛び起き、開口一番そう叫んだ。枕元のスマホを見ると、いつもの起床時間よりまだ十五分早かった。


 あかねは両手を頬に当て、夢の中のアーズスを心配していた。幾らアーズスが剣の達人とは言え、余りにも多勢に無勢だった。


 夢の続きが気になり、あかねは危険な二度寝を敢行する事に決めた。だが、気ばかり焦りなかなか夢の中へ辿り着けなかった。


 逸る気持ちも必死に抑え、ようやくうとうととして来た時、無情にもスマホのバイブが鳴ってしまった。


「······はぁ。大丈夫かしら。アーズス」


 愛しのアーズスの身を案じ、あかねは深いため息を漏らす。部屋から一階に降り、日課である仏壇に手を合わせる。 


 そしてあかねの目を引くのは、仏壇の写真に映る正晴の目の下の小さなホクロだった。


「······どうして今まで気付かなかったんだろう」


 あかねは、まじまじと正晴の写真を見つめた。一度気づいてしまうと、正晴の顔を見た時、一番先にホクロに目が行ってしまうあかねだった。


「あかね。母さんから聞いたけど、部活に入ったんだって?」


 あかねが朝食を摂ろうとした時、丁度出勤する所の父、結城が声をかけてきた。


「うん。農業研究会って部活」


 玄関で手早く靴を履く結城に、あかねはまだ眠そうな声で答える。


「へえ。あかねは農業なんて興味あったっけ

?まあ健全そうな部活だな」


 結城はそう言い残して出勤して行った。父の結城は、農業研究会の本当の姿など知る由もないだろう。


 あの日、同じクラスの荒島亮太に誘われ

、あかねは農業研究会の部室に足を踏み入れた。


 部室の中には中央に長テーブルが置かれており、椅子が四脚置かれていた。壁際の本棚には本がぎっしりと埋まっており、あかねは小さな図書館と言う印象を受けた。


「麻丘さん。とりあえず座ってよ」


 荒島亮太は椅子に座りながら、手に持っていたビニール袋を机の上に置いた。亮太に促され、あかねも椅子に腰を降ろす。


「俺はこれから、中庭にある畑にこの小松菜の種を植えようとしていたんだ」


 亮太はビニール袋から種を取り出しあかねに見せた。農業研究会は校内にある畑を使用し野菜を作っている。


 ここまでの亮太の説明に、あかねは何ら不信感を覚えなかった。


「農業を研究し、実際に野菜を栽培する。この建前を守らないと、部として認められない

。認められないと部費も出ないからね」


 亮太は机の上に置かれてい本を手に取った

。本のタイトルは「搾取される賃金労働者」

とあった。


「麻丘さん。今の社会システムをどう思う?


「しゃ、社会システム?」


 亮太の突然の質問に、あかねは戸惑った。社会システムとやらが農業研究会がどう関係しているのか。


「ああ。ごめん。急にこんな聞き方って無いよね。じゃあ麻丘さん。将来どんな事をして生活して行こうと思っているかな?」


 亮太は頭を掻きながら、何時ものおっとりとした言葉遣いであかねに質問する。


「しょ、将来?うーん。そうね。私を採用してくれる会社に入ってそこで働く······かな?


 あかねは返答しながら自分が情けなくなった。先の事をまるで考えていない自分に自己嫌悪する。


「そう!そうなんだ麻丘さん!皆そうなんだ

。いや、そうせざるを得ない。それが今の社会システムなんだ。そのシステムが一番の問題なんだ!!」


 亮太は手にした本を机に叩きつけ、急に人が変わった様に語気を強める。あかねはその亮太の姿に圧倒された。


「何故人は毎日、長時間労働をしなくてはならないのか。朝早く出勤し、夜遅く帰宅する

。出来る事と言えば、夕食を食べ入浴し明日の仕事に備え早く寝る事だけ。それで一日終わる。そうしてあっという間に一年が過ぎる

。気付けは十年、二十年、人生の時間はどんどん減っていく!!」


 普段の温厚な人柄をかなぐり捨て、荒島亮太は情熱的な弁舌をあかねに披露する。あかねは呆気に取られ、ただ呆然とするしか無かった。


「そこでだ麻丘さん!その矛盾極まりない社会システムから逃れる方法は無いのか?その方法を研究し実践するのが、この部活の真の目的なんだ!!」


「······しゃ、社会システムから逃れる?」


 あかねはやっとの事でこの一言を口にした

。その時、部室のドアが開く音かした。あかねと亮太は部室に入って来た者を見た。


「あら。荒島君。そこの彼女、入部希望者かしら?」


 それは低く、とても凛々しい響きをした声だった。入室して来たのは女だった。腰まで届く栗色の髪の毛。


 百五十五センチのあかねより十センチは高いその身長。長く細い手足。自己主張する豊かな胸と腰。


 あかねは一瞬、この学校にモデルがいたのかと疑った。だが、女の顔を見た瞬間、あかねは考えを改めた。


 女はそこら辺の雑誌に出ているモデルとは一線を画していた。女の顔はとても美しかった。長いまつ毛のその下に光る両目は少し鋭かったが、あかねは何故こんな美女がこの学校に存在するのかと混乱していた。


「はい。桃塚先輩。彼女はクラスメイトの麻丘さん。目下の所、勧誘中です」


 亮太が返答すると、桃塚と呼ばれた美女は

姿勢良く颯爽と歩き出し、あかねの隣に座った。長く細い足を組むと、チェック柄のスカートから白い太ももが露わになった。


「······荒島君。確認しとくけど、彼女はいつもの輩じゃないのね?」


 美女桃塚は、両腕を組みながら一年後輩の荒島に質問する。


「はい。違います。麻丘さんは校内の事情に疎く、桃塚先輩の存在すら知らない筈です」


 あかねは忙しく首を振り、亮太と桃塚を交互に見る。一体二人は何の話をしているのか

、あかねには皆目見当つかなかった。


「······なら合格よ」


 形の良い唇に笑みを浮かべると、桃塚はあかねの顔に突然迫って来た。


「······麻丘さんと言ったわね。私達と一緒におっぱじめない?」


 超絶美女の顔が間近に迫り、あかねは赤面しながら動悸が激しくなって来た。


「な。ななな何をですか?」


 ろれつが上手く回らず、あかねは激しく動揺していた。


「······革命よ」


「······はい?」


 桃塚の呟きに、あかねは間抜けな声を出してしまった。


「私達でこの国に革命を起こすのよ!!」


 桃塚は椅子から立ち上がり、拳を突き上げ高らかに宣言した。その超絶美女の行動に、あかねは口をパクパクとさせ、亮太は黙って頷いていた。




 


 

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