第13話 見学練習2
十往復、計二十種類のメニューを終え、キャプテンが終わりを宣言した。
「ランニングシュート」
「はい!」
先輩たちが我先にとカゴへ駆け寄り、良いボールを手にするのを、一年生たちは足を棒にして見つめていた。
「あ、一年生はこっちな。ヒロ」
一年生をコートから出すと、キャプテンが二つのボールを
「パス練習頼んだぞ。一列ずつ二組に分かれて、交互に交代していくやつな。チェスト、サイドハンド、オーバーヘッドの三種類だ。俺たちがツーレンの練習に入ったら、そっちも三人で二人相手にパス回すアレに切り換えてくれ」
「はい」
兄に向かって広宣は歯切れよく答えた。練習中はあくまで部員として通すみたいだ。
「あ、そこ、座っちゃ駄目だ」
キャプテンが一年生の一人に声をかけた。見ると、
「辛いだろ?」
キャプテンが一年生全体を見渡して言った。
「説明が後になったけど、今体験してもらったのがフットワーク練習な。足腰を強化するのが目的で、ディフェンスの基本的な動きも組み込んである。辛いのは当前。地味な練習ほど手抜きできないからな。今シュートを打っている先輩たちもみんな初めは苦しんだ。もちろん俺も」
キャプテンが笑いかけた。
「予言しておくけど、間違いなく君たちは明日ハンパない筋肉痛に襲われる。できるだけ今夜はお風呂の中でマッサージして、風呂上りにも軽くストレッチしたほうがいい。じゃ、パス練習、頑張ってな」
そういうと、キャプテンは踵を返して自分もシュート練習に参加しにいった。残された弟、広宣が声を上げる。
「それじゃ、綱引きするみたいに半分ずつに分かれて。先頭の一人がパスしたら、交代してすぐ相手側の列の後ろにつく。この繰り返しでいくから」
それからは、広宣が主導でパスの練習に入った。広宣の説明はとてもわかりやすく、実際にやりながら手本を見せてくれる。
自分の胸の位置から相手の胸に向かって両手で直線的に投げるチェストパス。
頭の上から両手で相手にパスを出すオーバーヘッド。
サイドハンドパスというのが少し独特で、右足を交差させるように大きく前へ出してから左手だけで相手に投げ渡す。あたかも目の前に架空の相手が手を広げてディフェンスしていて、そのわきの下を通す動きだ。
「サイドハンドパスをするときは、動いていない方の足を絶対に地面から離さないように」
広宣が注目するように言った。
「文房具で円を描くコンパスってあるだろ? あれと同じだと思ってくれればいい。針の役目をする軸足を決めたら、その足は絶対にその場から動かしちゃ駄目なんだ。もし動かしたらトラベリングを取られる。逆に、軸足以外の足はどんなふうに動かしても問題ないから」
広宣の実演もあって、一年生全員がそれらしい動きで一つのボールをパスしあっていったとき、キャプテンの「休憩!」という声が体育館に響き渡った。「はい!」という声を出して先輩たちが我先にカバンの置かれてある場所へ駆け寄る。休憩中はシュートを打たせてくれる、という指示を聞いていた舜也は、思わず目を輝かせてキャプテンを見た。しかし、先輩たちは水分補給を済ませるとすぐにコートに戻り、次の練習に向けて待機する。やがて全員が水分補給や汗拭きを終えると、即座に次の練習が再開された。
「あれ、休憩なん?」
舜也が広宣に尋ねた。
「ああ、練習の合間に一分だけ休憩するんだ」
「えらい短いな」
「バスケは試合中に最大で五回タイムアウトを取れるんだ。その時間はコートに戻って作戦を伝えたり、疲労を回復させたりするんだけど、そのタイムアウトは六十秒って決められてる。だから常にタイムアウトと同じ休憩時間を取って本番のために体へ慣らしておくってわけ」
「なるほど」
先輩たちの練習は次第に熱を帯びていった。「逆サイド!」「スクリーン!」と声を張りあげながら、コートを縦横無尽に走り回る。テレビでアメリカのプロバスケットリーグNBAの映像ぐらいしかバスケットプレーを見たことがない舜也にとって、コート内の光景はさながら戦場のように思えた。たった一つのボールを追って、各選手が目まぐるしく動いていく。選手同士は常に駆け引きを交えて対立し、ほんの数秒も目が離せない。
先輩たちの熱気にあてられたように、一年生たちもほとんど笑顔を見せることなく練習に励んだ。三種類のパスをマスターしたあとは、五人一組のパス練習へ切り替わる。この練習は楽しかった。三人が小さな三角形を作り、その三角形の中に二人を置いて、外側の三人がパスを回して中の二人がパスを邪魔するという練習だ。オフェンス側は、覚えたてのパスを使ってディフェンスする二人に取られないようにパスを出す。ディフェンス側は、ボールを持った相手にプレッシャーをかけたり、パスを先読みしたりして妨害する。
舜也はディフェンス側での活躍が目立った。相手が油断した隙にボールを叩き落としたり、パスする相手を見越してパスを途中でキャッチするなど、持ち前の敏捷性と素早さを発揮する。しかし、バスケ経験者でもある広宣には攻めも守りも及ばなかった。広宣はフェイントを入れて空いている方にパスしたり、プレッシャーを強めて片方にしかパスが出せないように守ったりするのが上手く、明らかに実力は一年生の中で群を抜いている。
「十分休憩!」
「はい!」
練習が始まってから一時間が経ったとき、キャプテンが大きな休憩の指示を出した。先輩部員の多くがカバンの元へ行く中、キャプテンが一年生たちへ近寄ってくる。
「一年生。今から好きにシュート打っていいぞ」
「やった!」
舜也は喜んで一目散にボールカゴへ駆け寄ると、中から一つ取って誰よりも早くシュートを放った。やっぱりシュートはいい。リングに触れず、シュパッとネットをこすって入るあの音は、病み付きになる。
一年生は先輩たちが休んでいるあいだ各々シュートを打ち、先輩たちが練習を再開すると、ボールをカゴに戻して再びコートの端へ戻ってきた。次は何の練習をするのかと思っていると、キャプテンが近づいてくる。
「一年生は今日ここまでだ」
舜也は思わず「へ?」と言った。
「他の部活の見学に行ってもいいし、俺たちの練習が見たいなら二階のギャラリー席から見てもいい。個人的には、早く家へ帰って体の疲れを取ることをお勧めするけどな」
キャプテンはいったん区切り、続ける。
「脅しをかけるつもりはないけど、これだけは始めに言っておく。バスケは楽しいが、厳しいスポーツだ。試合に出れるのは五人だけ。野球やサッカーに比べればずっと少ないし、練習はきつい。運動が激しい分、怪我だってよくする。逆に魅力は何だって聞かれると、これが意外と悩むんだ。シュートを決めたり、ドリブルで相手を抜いたり、うまくディフェンスで止めたりして活躍するのはもちろん嬉しい。けどバスケの魅力って、バスケやってるやつじゃないとわかなんないんだよな。俺が言えるのは、一度好きになったらとことん好きになるやつが多いってことだけだ。いい面も悪い面もよく考えて入部してくれ。じゃ、今日のところは解散な。お疲れさん」
キャプテンは朗らかに微笑んだ。
舜也をはじめとする一年生たちは口々に地獄のような練習の感想を言い合いながら全員が帰途につく。しかし、本当の地獄が訪れたのは翌朝だった。
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