第38話 来るべき未来に想いを馳せる


「はぁ~疲れた~…」


「いやはや、どうなるかと思ったけどそこは流石の守護けもの、見事最後までやり遂げたね」


「守護けもの関係ないと思うけどね…」


ショーも無事に終わり、監督のオオカミさんから貰ったジャパリまんを頬張りつつ、着替えの為に一度職員専用の部屋に戻る。他の皆もそれぞれ持ち場に戻っている頃だろう。後で何か差し入れでもしようかな、特に先輩


「…え?」


扉を開ける。するとそこには、見たことのある3つに別れた大きな尻尾が佇んでいた


「まさか…貴女がここにいるとは。ダンザブロウダヌキさん」


「少し用がありましてね。お久しぶりです、コウ」


「…もしかして、貴女がオオカミさんの言ってた強力な助っ人だったりします?」


「ええ、その通り…だったのですが、その約束は叶えられませんでしたね。申し訳ございませんでした」


なんとビックリ、まさかあの守護けものである狸の総大将が助っ人だったとは。確かにこの人の能力なら、そこらへんにある服を衣装に “化けさせる” ことも容易かっただろう。今回は不発に終わったけどね


「まぁ、ショーが無事に終わったのでそれはいいんですけど…何があったんですか?」


「それはライブが終わった後にしましょうか。子ども達を待たせているのでしょう?」


「そう…ですね。お気遣いありがとうございます」


「衣装は適当に置いてもらって構わないよ」


「分かった」


ライブはもう始まってるけど、まだ数分しか経ってないから、急いで着替えれば大半は一緒に観れる。話は気になるけど、彼女の言う通りライブを優先しよう



*



「パパー!はやくはやくー!」

「もう始まっちゃってるよー!」


「ごめんごめん、今どんな感じ?」


「【大空ドリーマー】と【純情フリッパー】が歌い終わったところだ」


大きな拍手を浴びて、壇上のアイドルが会釈、そのまま軽くトークが始まる。そしてまた歌が流れ、終わればまた彼女達は語り始める。とても楽しそうに、たまにコントのような流れを入れれば、客席からは笑いが溢れる


彼女達は昔からずっと進化を続けている。しゃべって、歌って、踊って、パークを駆け巡る。そこに詰め込まれた努力の結晶は、俺が想像しているものよりもずっと膨大に違いない。何故なら目の前にいる彼女達は、最高に輝いているのだから


「パパとママ、このお歌好きなの?」


「どうしてそう思う?」


「なんかね、嬉しそうだったから!」


「ハハッ、嬉しそう…か。そうだな、ママの一番好きな歌だ」


「パパも一番好きな歌だよ。思い出が詰まってるからね」


そっとキングコブラの手を握ると、キュッと握り返してくれた。流れているその歌は、そうしたくなるくらい、心に残っているものだからだ


なぜならその歌は、俺と妻、そしてジェーンさんとの思い出の曲【大陸メッセンジャー】。瞳を閉じて、あの日を少しだけ思い出す。ゆっくり瞳を開いて妻と視線を交わし、お互いにふと微笑む。どうやら同じ事をしていたらしい


「2人は何が好きなんだ?」


「僕は『アラウンドラウンド』!」

「私『純情フリッパー』好き!」


好みが分かれても、全部同じでも、何らおかしいことはない。何故なら、こんなにも素敵な歌で溢れているのだから



『次が最後の曲になります!』

『何を歌うのかは勿論分かるよな!?』

『合いの手掛け声もよろしくね!』

『いっぱいサイリウム振ってね~』



たくさん歌った今日のライブも、必ず終わりは訪れる。そんな楽しい一時ひとときがあっという間に過ぎていくのも、ライブの醍醐味と言えるのかもしれないね



『それでは聴いてください。ジャパリパークと言えばこれ!せーの…!』



『『『『『ようこそジャパリパークへ!』』』』』



何度も聴いたイントロ、そして歌詞。不思議と、何度聴いても飽きない。彼女達と観客が1つになり、会場は今日一番に盛り上がる



『東へほえーろー!』


「「うー!がおー!」」


『西へほーえろー!』


「「うー!がおー!」」



子ども達も、元気いっぱいに合いの手をする。周りに負けじと声を出し、サイリウムを大きく振る。その姿は、アイドルに負けないくらい輝いていた



『みんなー!今日は本当にありがとー!』



大成功で大盛況に終わったペパプライブ。彼女達がステージを去っても、暫くの間、拍手は鳴り止まなかった




*




「ほらここ!僕が気づいたんだよ!」

「私もいっぱい応援したんだー!」


「ふふ、よく頑張ったな。2人は仮面フレンズ スカーレットのヒーローだ」


「「えへへ…!」」


始まる前からバタバタしたけど、どうにか無事に終わったペパプライブ。子ども達も本当に楽かったようで、ライブが終わった今でも、サイリウムを持っていたり身体が自然と揺れていたりと、大満足な結果だったようだ


そして今は、屋台で貰ったフライドポテトを食べながら、子ども達が撮ってくれたヒーローショーを観賞。所々ちょっとブレながらも、一番盛り上がった復活のシーンはしっかりと映っていた。応援の声もバッチリ入っているし、初めてなのにとても上手に撮影出来ていてパパいっぱい褒めちゃうぞ


「僕も大きくなったら、スカーレットみたいなヒーローになる!」

「私も!私もなれるよねパパ?」


「2人ともなれるさ、絶対に。ただまぁ、今よりもっと勉強とお手伝い頑張らないといけないかもなぁ~?」


「「ええー!?!?」」


「パパの言うとおりだな。ただ急がなくて良い、自分の出来ることから少しずつ広げていくんだ。ほら、何はフレンズによって違うと言う?」


「「得意なこと!!」」


「そう。だからまずは、2人の得意なことを伸ばしていこうな」


流石は妻、ナイスフォロー。安心してからかえるのは彼女がいてこそ。まぁ、たまに釘を刺すような眼を向けられるのだけれどね


「にしても、相変わらず凄い行列だ」


「それだけ人気があるってことだね」


視線の先にあるのは、ペパプとの握手を求める人の列。とんでもないくらいの量だが、マナーの良いファンばかりなお陰かどんどん捌けていっている。ボディーガードの白黒ネココンビも、最後尾のプラカードを持つ先輩も、疲れを見せず笑顔で対応している


「コウ、少しいいかい?彼女がさっきの続きをしたいみたいなんだ」


「ん、分かった。ちょっと行ってくる」


「またお仕事…?」

「お休みないの…?」


「だいじょーぶ、そんな大層なものじゃないから」


と言ってポンポンと優しく頭を撫で叩いても、二人の瞳から心配の色は消えなかった。子ども達がこんな表情をするなんて…俺はもしかしたら仕事をしすぎているのかもしれない。今度一緒にゆっくりのんびりする時間作ろうと心に決めた瞬間だった



*



「さて改めて…何があったんですか?」


この場にいるのは、俺とダンザブロウダヌキさんだけ。防音完備、盗聴の恐れなしの万全の状態を作り、彼女は真剣な声色で話し出した


「ライブの前にセルリアンが出現したそうですね?」


「ええ。それが何か?」


「そのセルリアン、何処から来たか分かりますか?」


「いえ、普通に周辺から来たんじゃ──いや、まさか…」


「想像している通りです。これを見てください」


彼女が取り出した一枚の写真には、職員用のポーチと数本のガラス管が映っていた。割れた物もあったらしく、ガラスの破片が微かに散らばっていた。おそらく、その中に入っていたものは…


「このガラス管から、微量の『セルリウム』が検出されました」


セルリウム…セルリアンの元になる物質。当たってほしくない想像は、だいたい当たってしまうものだ


「今回のセルリアンの発生は、十中八九 “人災” と見て間違いないでしょう。私の受け持っているエリアでも同様のことが以前ありましたから」


しかも前例ありと来た。確かに思い返せば、前日も当日もあれだけ警備警戒していたにも関わらず、あれだけの量のセルリアンが突然湧いて出てくるのも不自然だと感じる。次から次へと発生する問題に吐き出しそうになったため息をどうにか飲み込んで、代わりに会話を続ける言葉を紡ぐ


「何か情報は掴めました?」


「実行犯を1人捕まえました。外部の “人間” です。しかし、そこから手に入れたのは『大金が手に入ると言われたからやった』という動機だけですね。指示した人間も、ばら蒔いた物セルリウムのことも、何も知らないようでした」


金…アルバイト感覚でやったってことか。おそらく、指示役はまた同じ様な人間に同じ様なことをさせるだろう。そうさせる目的が明確にあるのか、それとも単なる愉快犯なのか…どちらにせよタチが悪いのは確かだ


「そいつは今どこに?」


「アオイ経由で外の者に引き渡しました。今頃はお縄についているかもしれませんね」


外の人…父さんとの知り合いならたぶんあの人だ。あの人なら信頼できる、もしかしたら外で何か手がかりを掴んでくれるかもしれない


「他の守護けものも動いてはいますが、あまり成果は得られていません。また同じことが起きないとは言い切れませんので、あなたも出来る範囲での捜索をお願いします」


「…分かりました」


どうやら、ゆっくりのんびり出来る日は少し先になるかもしれない。さっき決めたばかりなんだけどなぁ…これも運命なのか?ふざけるなぶち壊すぞコラ


「さて、伝えることは伝えましたので、私はこれにて失礼させていただきます」


「お見送りいります?」


「お気になさらず。家族団欒の時間をこれ以上奪うのは忍びないですしね」


ヒラヒラと手を振り、スタスタと行ってしまったダンザブロウダヌキさん。船出までは少し余裕があるから、帰るのに苦労はなさそうだ



*



「ただいま~…って、あらら寝ちゃったか」


「ジェーン先生のレッスンのおかげでな」


「成る程ね…ありがとねジェーンさん、君も疲れてるだろうに」


「いえいえ、可愛い寝顔が見れたのでむしろ元気貰いました!」


妻の膝を枕にして、すやすやと右左に別れて夢の中にいる子ども達。どうやらさっきまで、ジェーンさんとダンスをしていたようで。ゆっくり休めば、明日にはまた元気に走り回っているだろう。レッスンの成果は明日にでも見せてもらおうかな


「ところで、一体何の話をしていたんだ?」


「家で話すよ。ここじゃちょっとね」


「…そうか」


「何かはあったんですね?」


「んー…内緒」


「私には教えてくれないんですね」


無言で頷く。あくまでもこれは俺の仕事であり、俺の使命の1つ。例え親友であっても、守護けものとしての立場からこの案件を考えれば、アイドルであり戦闘員ではない彼女達に教えるのは芳しくない。なるべく巻き込まないようにするのも俺の役目だ


「…分かりました。では代わりに、1つだけ聞いてもいいですか?」


「答えられるものであれば」


「私達に出来ることはありますか?」


真っ直ぐで、覚悟を決めた瞳。俺の親友は昔と変わらず、友達想いの強い子だった


「今までと同じ…ううん、今まで以上に進化して、パークを盛り上げてほしい。そして、そうして生まれた熱を外にも広げて、もっともっと輝いてほしい」


「…大変なお願いですね?」


「でも出来るでしょ?」


「勿論です!だって私は、私達は世界一のアイドルになるんですから!」


そう宣言したジェーンさんの瞳の先にあるのは、きっとそんな未来。次に会う時までに彼女達がどれだけ進化しているのか、今から凄く楽しみになった


「あっ、それともう1つ」


「なんですか?」


「結婚式には呼んでね?」


「…えっ、あっ、は、はい!」


「2人の子どもも早く見たいものだな」


「え…ぅ…/// が、がんばります…///」


妻よ、それはちょっと攻めすぎじゃないか?


「ジェーンさ~ん、そろそろ時間ですよ~」


「ミッ、ミミミミミズキさん!?」


「え?なんでそんな動揺してるんです?」


「ななな、なんでもないです!なんでもないですよ!?」


「それって大抵何かあった時に言うセリフだと思うんですよねぇ~」


からかうように言葉を繋げるミズキさんと、繋がれた言葉を切りたくて仕方がないジェーンさんの攻防が繰り広げられている。成る程、これが夫婦漫才というやつか


そんな2人を見て、自然と言葉を紡いだ


「ミズキさん」


「はい、なんですか?」


「ジェーンさんのこと、幸せにしてあげてくださいね?」


答えは聞かなくても、この光景で分かりきっている


「当然。パーク1の幸せ者にしてみせますよ」


ジェーンさんを抱き寄せるミズキさんと、彼に抱き寄せられて微笑む彼女。もう心配することはないだろう、このなら大丈夫。彼女の未来は、きっと今よりも輝く




*



「全く、厄介なことが起こっているものだな…」


今日の日程が全て終わり、もう後は寝るだけとなった頃。ダンザブロウダヌキさんと話した内容を全て伝えると、俺と同じ反応をしてくれた妻


「ろっじ周辺の警備も、今以上に強化しておくよ」


「他の者達への連絡は?」


「まだしてない。どういう理由でセルリアンが現れるかはまだ話さない方がいいと思うからね」


「…それもそうか」


特に施設の実質オーナーなっているフレンズには話さない方がいいと思っている。一度話してしまったら、そこから解決するまでずっと疑いの目を周りに向けさせることになってしまう。のびのびと楽しく仕事をしている彼女達と、お客さんとの間にギクシャクとした空気を作りたくはない。ここは警備をしてくれている子達にだけ話を通しておこう


「また仕事が増える、ということだな?」


「うっ…ごめん…」


「いいさ、それも含めてのお前なんだ。ただ──」


「ただ?」


「──寝るまでの時間くらいは、独占してもいいのだろう?」


ポスッ…と、妻が俺の膝に寝転んだ。髪を撫でてあげると、尻尾がゆらゆらとゆっくり揺れる。吊られて俺の尻尾も揺れた


「なら…今日は少しだけ夜更かししよっか。月が綺麗だしね」


「ああ、それがいい。綺麗な満月だしな」


寝不足にならない程度に。子ども達を起こさないように。夫婦の時間を、2人でゆっくりと噛み締めた

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