第36話 やはり、トラブルは付き物で


「チケットを拝見させていただきます。 …確認いたしました、どうぞお通りください」


「あれ?勝手に行っていいの?」


「はい、案内役は中にいますので」


警備員にチケットを見せて、楽屋裏へと通される俺達。後ろから『本当にあったんだあれ…』とか『まさか本物とはね…』とかいう呟きが聞こえた。もしかしたら今までこれを使ったファンはいないか、偽物を作って押し入ろうとした輩がいたのかもしれない。警備員さんありがとう、君達のおかげで彼女達は今日も平和にライブが出来るよ


「どこかなー?どこにいるのかなー?」

「こっちかなー?それともこっちー?」


「こら、あんまりうろちょろするんじゃないの」

「迷子になって会えなくなるぞ?」


「「やだー!」」


「なら大人しくしていることだな。我もその方が案内しやすい」


あぁ、案内役はボディーガードのホワイトタイガーさんか。これなら例え暴漢が来たとしても対処可能だ


「我はホワイトタイガーだ、よろしく頼む。そして貴様らがコウの…」


「私はキングコブラ。ヘビの王であり、コウの妻であり、この子達の母親だ」


「トウヤです!6歳!」

「シュリです!4歳!」


「「よろしくねホワタイちゃん!」」


「ホ、ホワタイちゃん…だと…!?」


あっマズイかもしれない。どちらかといえば厳格な性格の彼女だ、こんな呼び方は嫌に感じてる可能性が高い。ここは直ぐに修正を…


「親しみが籠っていて中々良いな…!」


あれ?予想に反して凄く嬉しそう。口元に手を当ててるけど、緩んでいるのが丸分かりだ。あんまりそういう経験ないんだろうな。目を閉じて一度深呼吸をして落ち着いたのか、彼女は元の凛とした態度に戻った


「ふむ…キングコブラ、貴様も強者だな。是非手合わせを頼みたいものだ」


「むっ…民の願いならb」


「ストップ、目的はそれじゃないでしょ。案内よろしく」


「わかっているとも。今彼女達は本番に向けて最終チェックをしているところだから、おそらくはこっちに…む?」


ダンスの練習に使われている部屋から聴こえてきたのは、どうにもレッスン中という状況じゃなさそうな賑わい。ちょうど休憩して談笑している…というにはまた少し違うような──



「……♪☆!」


「わぁ~上手だね~」

「中々独創的な躍りね!凄く良いと思うわ!」

「私達のダンスにも取り入れられそうか?」

「いや、これはこいつだけのダンス…ロックだぜ!」



──なにしてんだあの子は


「あっ!ちゃんだ!」


「なっ…なぜ貴様がここにいる!?」


「……?……↑→↑!?」


「あーはいはい、大丈夫大丈夫、確認してるだけだから。君もこのチケット持ってたの?」


「……?……×ω×」


「ダメじゃん」


案の定チケットを持っていなかったスカフィーさんことスカイフィッシュさん。わざとではなく、ふら~っと入った先がこの楽屋裏だったとのこと。彼女の飛ぶスピードはヒトの瞳に映すには速すぎるから、警備員さんが気づかないのも仕方ないか


「まぁまぁ、今回は許してやろうぜ?コウの友達なら問題ないしな!」

「良い刺激にもなったしな。新しい振り付けも思い付きそうだ」


ロックとリーダーからのお許しも出たので、ここからはスカイフィッシュさんも同行することに。勝手に動き回らないことを条件に入れてだけどね


「ところで…1人足りないようだが?」


「少し話をしててね。もうすぐ戻ってくると思うんだけど…」


「皆さん、お待たせしました」


「あら、噂をすれば」


ペパプは5人、さっきまでいたのは4人。最後の1人が戻ってきたので全員揃った。チケットを見せると、後から来た子が4人を見た



「ロイヤルペンギンの “プリンセス” !」

「イワトビペンギンの “イワビー” だ!」

「ジェンツーペンギンの “ジェーン” です!」

「 “フルル” ~!フンボルトペンギン~!」

「リーダーのコウテイペンギン、 “コウテイ” だ」


「5人揃って!」


「「「「「ペパプ!!!!!」」」」」



それを合図として、何も言わなくても完璧な自己紹介を披露してくれた。彼女達こそが、今パークで大人気のアイドルグループペパプであり、俺達の昔からの友達だ


「改めてお久しぶりです、コウさんにキングコブラさん。トウヤくんとシュリちゃんも大きくなりましたね」


「元気そうでなにより。最近忙しそうだね?」


「先月はホッカイエリアでライブをしたのだろう?ここの次はセントラルと聞いた、きちんと休めているのか?」


「はい、大丈夫ですよ。嬉しい悲鳴ですね。お客さんがたくさん来てくれますし、もっと頑張ろうって思えますから」


いつも笑顔を絶やさず、真面目に真っ直ぐなジェーンさん。昔からそうだ、その姿を見るとこっちも頑張ろうという気になれる


「なら、早速チケットの効力を使わせてもらおう。トウヤ、シュリ、ペパプと写真撮れるぞ」


「やった!僕イワビーちゃんと!」

「プリンセスちゃんと撮りたーい!」


「おっ、ご指名とは照れるな!」

「ありがとう!凄く嬉しいわ!」


「ということは、私達とは別にいいってことか…」

「あらら、残念ですね…」

「せっかく楽しみにしてたのにな~」


「ええ!?違うよ!?」

「次撮るもん!撮ろっ!」


「ふふっ、冗談ですよ。ありがとうございます、順番待ってますね」


なんて意地悪なアイドルなんだ。うちの子は純粋なんだからあんまりからかわないでやってくれ


全員好きではあるのだが、一番はと問われるとトウヤはイワビーさんを、シュリはプリンセスさんを選ぶ。ロックに進むカッコよさと、ハツラツとした可愛さが良いとのこと。あくまで “今は” だから、もしかしたら後々推しが変わるかもしれないね


「そういえばジェーン、随分と話し込んでたな?」

「愛しの彼との時間は十分取れたみたいね?」


「えっ!?そ、それは…その…はい…///」


「ジェーン顔真っ赤~」

「おあついねぇ!ヒューヒュー!」


「ちゃ、茶化さないでください!」


必死に抗議をしているけど、幸せオーラが全身から溢れ出しているのが目に見えて分かる。どうやらかばんさんと同様、彼女も上手くいっているようで何よりだ。そんな彼女の今のような姿を見ると、俺達もすごく嬉しくなってしまう



「あの~すんませ~ん…」



後ろから聞こえてきたのは、本当に申し訳なさそうにしている男の声。遠慮がちに扉を開けているその姿から、こちらの空気を壊してしまったと思っているのかもしれない


「あれ? “ミズキ” さんどうかしたんですか?」


「ジェーンさん、忘れ物…というか落とし物ですよ。はいこれ」


「え?あっホントだ!?ありがとうございます!」


「いえいえ、本番前に渡せて良かったです~」


のほほんとした空気を醸し出している、敬語口調でキチッとした格好の俺より身長が少し低い男。ジェーンさんにバッジかなにかを手渡し、彼女の手を握ると優しく微笑んだ。妻と目を合わせて頷く、この男が件の人物なのだと


「あっそうだ。ミズキさん、このお二人が前に話した方達です」


「ああ、例のヒト達ですね。私は『河城かわしろ 瑞希みずき』って言います。今後ともよろしくお願いします」


丁寧なお辞儀をして、これまた丁寧に名刺を差し出してきたミズキと呼ばれた人。どうやらパークのイベントの準備や、そういう施設の建設に関わる仕事を主にしていて、結構上の役職についてるようだ


「私、お二人にずっと会ってみたかったんです。ジェーンさんから話を聞いていましたから」


「ほう?どんな話を聞いていたんだ?」


「命の恩人だとか、大切な友達だとか」


「ふむふむ」


だとかだとか」


「ミズキさん!?」


なるほどなるほど、そこまで聞いていたのか。俺と妻とジェーンさんは昔色恋沙汰で色々あって、今のようになったのだ。でもそこにいざこざはなく、昔からずっと変わらず親友である。ただ、俺はジェーンさんをフッた男だという事実は変わらない。それを聞かされた彼の中に、どんな感情が生まれたのかは本人にしか分からない


「ああ、敵意とか嫉妬とかそういうのはないです。むしろ感謝しています。貴方達のおかげで今のジェーンさんがいて、私はこうしてジェーンさんに会えましたから。まぁ最初は『こんな超絶可愛い子フるってマジ?』って思いはしましたけど」


「そんな…可愛いだなんて…///」


「ホントのことですから。これ本心ですからね」


「もう…///」


おお…人前でイチャイチャしてる…。メンバーも『またやってるよ』って顔してる。これがこの2人の距離なんだなぁ…


でも…本当に良かった。彼女が新しい恋をして、両想いになれたことが本当に嬉しい。こんなことを思う資格はないのだろうけど、そう思わずにはいられなかった


「さて、私は仕事に戻ります。ライブ、頑張ってくだs」



「たたたた、たいへんですぅ~!」



ミズキさんの言葉を遮り、大慌てで部屋に飛び込んで来たのは、ペパプのマネージャーであるマーゲイさん。ご自慢の眼鏡がズレにズレまくっているのを見るに全速力で来たようだ


「マーゲイ!?何かあったの!?」


「せ、セルリアンが!たくさんと!あとあのあの、あの時のセルリアンがっ!?」


「「!!」」


『あの時のセルリアン』のワードで、俺の頭に浮かんだのは初めてライブを見たあの日。妻とペパプも同じだったようで、身体は直ぐに動いた


「ホワイトタイガーさん、先に迎撃に行ってもらってもいい?避難が完了したら俺も合流する」


「分かった。スカイフィッシュ、お前も来い」


「……*`ω´*=3!」


「…なんと言ったんだ?」


「『やってやる!』だって」


「相変わらず分からん…やる気があるのは助かるがな!」


2人の実力なら心配はいらないだろう。戦い方も十分に理解しているし、無理だと思ったらちゃんと退いてくれるはずだ


「一旦外に出るよ。皆、俺についてきて」




*




「たくさん、いたんですか?」


「は、はい…。確かに、いたんですが…」


「フハハハハハー!アライさんにかかればこんなもんなのだー!」


外に出ると、大量のセルリアンがいた…わけではなく、高笑いするアライさんがいた。そう、全て終わっていたのだった


「皆さん、状況は?」


「全員無事です!彼女達も手伝ってくれましたので!」


「良かった…ありがとうございます、助かりました」


「礼はいらん。私達はボディーガードなのだからな」


「その為に私達がいる。また遠慮せず頼るといい」


先に行った2人とブラックジャガーさん、そしてスタッフの迅速な対応のおかげで、お客さんの避難もスムーズに完了していた。ミズキさんも安心したのか息をついた


「いやー流石だよねー。でもコウさん、これ見てほしいなーって」


フェネックさんが持ってきてくれたラッキーさんには、会場に来ていたフレンズ達の活躍と、大暴れしているアライさんが録画されていた。所詮は有象無象だったようで、片っ端からバッタバッタとなぎ倒されていた。皆強くて頼もしく思います


ただ、問題は次の場面。カメラの先にあるのはステージの壇上。そこには、あの日現れた『No.7ラッキーストライプ』のセルリアンがいた。数は7体、ご丁寧に自身の数字と同じだ。それら全てがステッキを片手に持ち、特に何もせず佇んでいた


「このセルリアン、近づこうにも不気味だったから、コウさんが来るまで待ってようって言ったんだけどー…」


「……♪♪」


「…スカイフィッシュさんが全部倒したと」


「その通りだねー」


「スカフィーちゃんすごい!」

「スカフィーちゃんつよい!」


「……V☆ω☆V」ドヤヤ


胸を張るのはいいんだけど、出来れば待ってほしかったなぁというのが本音。何かあったら大変なんだから


結局、どうして動きがなかったのかは分からず終い。これ以上は考えても仕方ないので、とりあえず安否確認を進めよう




*




「コウ、ちょっと来てくれない?」


騒ぎも収まり、周囲の安全も確認できたところで、ジャイアント先輩に1人呼ばれた俺。楽屋の一室に案内されると、先輩は何かを取り出した。彼女の腕に抱かれていたのは、あちこちが引き裂かれてボロボロになった服のような何かだった


「全員無事だったのは良いことなんだけどさ、ちょっと別の問題が発生しちゃってね…」


「それが、その問題?」


「そう。これは今日のライブ前にやる予定の『仮面フレンズヒーローショー』の衣装だよ。いや、と言った方が正しいね…」


仮面フレンズは、俺の子ども達も外の子ども達も大好きなヒーローだ。きっとこの衣装には、相応の輝きが込められていたに違いない。セルリアンはその輝きを狙ってきたのか…


「他の衣装もこれと同じような有り様さ。悔しいけど、これじゃあライブはまだしも、今日のショーは中止にするしかない。ごめんよ、おチビ達も楽しみにしてくれてたのにさ」


「…先輩が謝ることじゃないよ」


子ども達の悲しむ顔が真っ先に浮かんだ。きっと外から来た人達の中にも、そんな感情を持つ人がいるかもしれない。気丈に振る舞ってるけど、先輩も悔しさを抑えきれていない。当たり前だ、今までたくさんの笑顔を間近で見てきたのだから


「諦めるのは、まだ早いと思うよ」


そんな空気を壊す、1人の言葉


「オオカミさん?どうしてここに?というかそれはどういうこと?」


「今回のショーの脚本、実は私が創ったんだ。前々から依頼されていてね。ほら前に言ったじゃないか、『もう1つの方もぼちぼち考えていかないといけない』ってね」


あー、確かにてるてる坊主を作った日に言ってたような…。それがこれだったのか、随分と前だからすっかり忘れていたよ。確かに怪しい話ではなかったね。つまり、関係者ってことでここにいるのか


「だから、多少脚本を変えても問題ないのさ」


「でも、肝心の衣装がこれじゃあ…」


「いいや、どうにか出来るはずだよ。強力な助っ人もいるしね」


「…自信満々じゃん。話しておくれよ」


「了解。まずは出だしを──」


オオカミさんが語る、改変されたヒーローショーの物語。それが確実にウケるとは言えないが、先輩を唸らせ、憂鬱を吹き飛ばすには十分すぎるものだった。スタッフとの交渉は、彼女なら上手くやるだろう


「…さて、頼んだよ?キョウシュウの守護けものさん?」


「期待してるよ、キョウシュウの守護けもの!」


「…分かったよ」


そして…問題は山積みで不安だが、それに協力しないという選択は、始めから無いのであった

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