第32話 輝きを放った後は
「パパつよーい!」
「パパすごーい!」
「ああ、パパは強くて凄いんだ」
ケープライオンのラッシュを躱し、受け流す。そして僅かに出来た隙を見逃さず、確実に反撃を与える。流れるような一連の動きは、
トウヤとシュリは、きっとコウをヒーローのようだと思っていることだろう。初めて見る父親の姿を、こんなにも瞳を輝かせて見ているのだから。その様子を見れただけで、こうして『ちからくらべ』を見せて良かったと思える
「ねぇママ、パパとケープちゃんキラキラしてない?」
「あれはサンドスターの輝きだな。野生解放という言葉をよく聞くだろう?ケープライオンのはそれだな」
「あれ?でもケープちゃんと違ってパパは手だけだね。パパのはやせーかいほーじゃないの?」
「パパのは野生解放とは少し違うな」
「じゃあなんて言うの?」
「特に名前はないな。ただパパは、サンドスターの扱いが皆より得意だから、あんな風なことが出来る。だから強いし、ああやって他の子に教えることが出来るんだ」
見とり稽古とでも言うように、コウはサンドスターを時に拳に、時に脚に、そして全身に巡らせ、ケープライオンを翻弄する。それを獲物を狙うような瞳で見る彼女と、それを良しとして更に見せていく夫。あれだけ楽しそうにしているのを見ると、少し妬けてしまうな…少しだ、少し
…それにしても、珍しく長いな。それだけ熱くなっているということか。激しくぶつかり合うサンドスターが、花火のように絶え間なく輝いているのがその証拠だ。横目で見るとバリーがそわそわしている、二人の訓練に刺激されているのだろうな
「と……ても……れ……い…」
「す…ご……くす……き……」
「…トウヤ?シュリ?どうした?」
なんだ…?二人とも何か様子がおかしい。眼の焦点があっていない気が…。身体もだらんとしている。ずっと見続けて、どこか具合が悪くなったのかもしれない。それならもう家に帰って、お昼寝をさせた方が良さそうだな
そう思った、瞬間だった
二人は突然、コウの元へ駆け出した
「トウヤ!?シュリ!?」
そして────
───
前兆はあった。トウヤは時々耳が良くなり、俺ですら拾えなかった些細な音も拾ってきた。シュリは時々鼻が良くなり、俺よりも匂いを敏感に感知していたこともあった
それがまさか、こんな形で溢れ出るとは思ってもいなかった
「皆、ここは離れて、誰もここに近づけさせないようにしてほしい。それと、このことは他言無用で頼む」
「わ、わかった…」
「分カッタヨ」
「…了解した」
「何がなんだか分かんないけど、気を付けなよ…」
「ありがとう。 …さて、キングコブラ」
「ああ」
人払いを頼んで、残るは俺達家族。彼女に一言、そしてアイコンタクト。それだけで俺達は通じ合える。彼女と掌を重ねて、準備は万全
「ヴヴヴ…」
「グルル…」
「トウヤ、シュリ、遊ぼうか?」
「パパとママはここにいるぞ?」
「ヴヴヴアアア!!!」
「グルルアアア!!!」
叫ぶ、小さな獣達。瞳の中で輝くのは、間違いなく二人のサンドスター。身体から溢れ出るそれは揺らめき、輪郭を未だに定めようとはしない。繰り出された攻撃を避けつつ、二人の状態を観察していく
まだ幼いからというのもあるのだろうけど、戦略も何もない無造作な動きで分かりやすい。ここから推測するに、二人に起こっているのは『ビースト化』ではなく、昔俺がしたような力を制御できない暴走状態に近いだろう
「シャアアッ!アアアアッ!」
「ガアアアッ!ガルルアッ!」
「おっとと…激しくなってきたな」
「ごめん、もうちょっと待ってて」
「問題ない、これくらい可愛いものだ」
「ありがとう、頼りになるよ」
こうなった原因は気になるがそれは後回し。まずはどうするのが正解なのかを考える
力で無理矢理抑え込むことは簡単だけど、これは出来ればやりたくない。心境的にやりたくないのもあるが、恐怖を与えれば、余計に暴れまわってしまう可能性が高いからだ
かと言って、サンドスター切れを起こすまでこのまま粘るのも得策ではない。あの小さな身体に似つかわしくない大きな力を振るっているんだ、反動で大怪我をしたり、何かしらの後遺症が残ってしまうかもしれない。そんなことは親として、全身全霊を持って否定する
なら、やっぱりこれが一番だな
「心構えは?」
「
「分かった。一緒に行こう」
妻と両掌をもう一度重ね、そして子供達に向き合う
「「トウヤ、シュリ──おいで?」」
「グルアアアア!!!」
「ガアアアアア!!!」
トウヤが妻に、シュリが俺に。爪と牙を携えて飛び掛かってくる。明らかな攻撃体制。それでも俺達は、いつも通りの声色で、いつも通り両手を広げて二人を待った
そして、二人は胸に飛び込んできた。いつものよりも何倍以上の強い衝撃があったが、痛みはなく、確かな温もりがある
「ヴヴア…!?」
「クルル…!?」
「元気いっぱいだな、いいこいいこ~」
「力も強くなったな、ママは嬉しいぞ」
ぎゅっと抱き締めて、頭を撫でる。二人が笑顔になる、二人の大好きなこと。ゆっくりと、優しく、何度でも続ける
そして、始めてから数分後──
「…ふぅ。お疲れ様、流石はママだね」
「そっちこそ、流石はパパだ。怪我はないか?」
「ないよ、シュリもない。そっちも大丈夫そうだね」
最初こそもがいていたトウヤとシュリだったが、徐々に大人しくなっていき、抱き着きながら寝てしまった。サンドスターの輝きはすっかり失くなり、いつもと変わらない様子で丸くなっている。どうにか穏便に、そして俊敏に事を終えることが出来た
あくまでこれに関してのみ、だが
「…私としては、しなくてもいいとは思うが…どうするんだ?」
妻からの言葉は、たったそれだけ。そこに込められているのは、お互いの胸の中で眠る、トウヤとシュリへの2つの選択肢
「…俺は──」
その答えに、妻は頷いた。この判断が正しいのかそうでないのかは、きっと誰にも分からない
*
『それは…お前達に“あてられた”んじゃないか?』
通信越しに、父さんはそう言った
「あてられた?」
『ああ。二人の戦闘やサンドスター…後者は正確にはお前のなのかもしれないが、それらを初めて間近で見て、内に眠るサンドスターが呼び起こされた…私はそう考えている』
「俺のサンドスター…か」
改めて、『キメラのフレンズ』という自分について考える。ほぼ全てのフレンズのサンドスターの性質を持ち、自由自在に使い分けることが出来る力。それは
そして、フレンズ達の起こす奇跡『けもハーモニー』を、擬似的に再現できるのもキメラの大きな力の1つ。他者と他者との架け橋となり、繋がりを形成し、自他共に能力を飛躍させる。その繋がりが子供達との間に出来てしまったせいで、意図せず子供達のサンドスターを叩き起こしてしまった…というのが原因だったってことだ
『今の様子は?』
「ぐっすり寝てるよ。これだと明日の朝まで起きなさそう」
『そうかそうか。初めての野生解放で、身体がびっくりして疲れ切っているんだろうな。生まれたばかりのリルとヨルを思い出すよ』
少し笑いながら父さんは言う。その後のことを聞くと、姉さん達は起きたらすっかり元気になって、ジャパリまんをたくさん食べたらしい。トウヤとシュリもそうなるといいな…
*
「…とまぁこんな感じ」
「ふむ…」
父さんとの対話を、キングコブラへと伝える。思い当たるものはあったようで、妻は納得した顔で頷いていた
「ごめん、俺がもっと注意していれば…」
「謝らなくていい。直ぐに気づいてあげられなかった私も悪い。だから自分だけを責めるのはやめろ」
「…でm」
「や め ろ」
「はい」
ここは両成敗ということにしておこう。でなければこの話題はずっと続いてしまう。そしておそらくこっちがじり貧になる。結果が同じなら、早めに決着をつけるのも大切だ
「…間違い、だったのかなぁ」
ポロッと漏れた言葉に、力は入っていなかった
「私は、『ちからくらべ』を見せたことを間違いだとは思っていない」
「…どうして?こんなことになったのに?」
「確かに私達にとって、今日のことは望んでいなかったことだ。だがそれ自体がイレギュラーであっただけで、本来の目的はきちんと果たせていた。二人は父親の立派な姿に、瞳を輝かせていたぞ」
「…そっか。それは良かった」
最初に懸念していたことは、どうやら杞憂に終わっていて。俺は俺の望む姿を、伝えたかったメッセージを、ちゃんと子供達に見せられていたんだ
「…子育てって、難しいよね」
「だからこそ、二人でやっていくんだ。これからも頼りにしているぞ、お父さん?」
「こちらこそですよ、お母さん」
きっと、子育てに正解なんてものはない。それでも、選択が間違いじゃなかったと言えるように。その選択をして良かったと言えるように。親として最善を尽くすことが、俺達に出来る最大限のことなんだ
*
「3時半…まだこんな時間か…」
眠りが浅かったのか、中途半端な時間に起きてしまった。月明かりもなく、物音も聴こえない真っ暗な夜だけど、喉が少し渇いてこのままだと大人しく眠れそうにない。仕方ないので、隣で寝ている3人を起こさないよう、ゆっくりベッドから降りて台所に行く
水を一杯飲んで、ため息を一つ。チョコレートでも摘まもうかなと思ったけど我慢我慢、明日子供達の前で妻に追求されたらいけないからね
「パパ…」
「ん?シュリ?起きちゃった──」
「パパァ!うわぁぁぁぁぁん!」
俺を見た途端、大泣きして駆け寄ってきたシュリ。驚いたけど、優しく抱き上げてゆっくりあやす。小さな身体は、とても震えていた
「グスッ…パパ…いなくなっちゃやだぁ…」
「ごめんな、ちょっとお水飲みたくなっちゃったんだ。大丈夫、パパはここにいるぞ?」
「やだぁ…ぎゅってしてぇ…」
「ほら、ぎゅー。どうだ?怖くなくなったか?」
問いかけに、激しく首を横に降る。どうやらなくならないらしい
シュリはお化け屋敷での一件以来、暗い場所が特に苦手になった。足元の淡い電気だけでは1人で歩くのを嫌がるくらいにだ。それなのにシュリは1人でここまで来た。暗闇よりも、俺が隣にいなかったことの方が怖かったということか。凄く嬉しいけど、同時に凄い罪悪感が来るな…
「パパごめんなさい…」
「どうして謝るんだ?シュリは何も悪いことしてないぞ?パパこそいなくなってごめんな」
「ううん…パパ悪くないもん…悪いのは私だもん…」
頑なに、自分を悪い子だと言い張るシュリ。こんな様子は初めてだ。落ち着いてきた様なので、何か大きな理由があるんだろうと思い聞いてみた
「あのね…夢にね、パパが出て来て…。セルリアンをやっつけてて…」
「うん」
「かっこいいって…私もパパみたいに強くなって、セルリアンやっつけたくて…パパの…お手伝いしたくて…グスッ…」
「うん」
「そしたら、ブワーッて風が吹いて…温かくなって、グワーッで力が出て来て…ヒック…」
「…うん」
「チーターちゃん達みたいに、爪が尖って、セルリアン、倒せたの。でも…それで…わぁぁぁぁん!」
「うん、大丈夫、十分伝わったよ」
シュリの見た夢は、俺に襲いかかってしまったという内容なんだろう。今日のことをシュリは覚えていなかったが、それが形を変えて夢に出てきてしまい、結局苦しむことになってしまった
俺は二人に対して、サンドスターや記憶の封印等はしなかった。無理に抑えつけるのは良くないと思ったし、やってしまうと後々二人にどんな影響が出るか分からないからという理由もあった
…嘗ての自分が、そうであったように
例え夢の話であっても謝る姿を見て、この子はなんて優しい子なんだろうと心が温かくなった。この子は覚えていたとしても、きっとこうして謝っただろうな。そして、誰かのために頑張ったこの子に、責められるような所なんてありはしない
「ありがとうシュリ、夢の中のパパを助けてくれたんだな。セルリアンを倒すなんて凄いじゃないか」
「怒らないの…?」
「怒らないぞ。怒るところがないからな。もしそれでも気にしちゃうなら、次はやらないよう気を付ければいいんだ。失敗しちゃっても次に生かす、それが大切なんだよ。 …パパだってそうだったんだからな」
「パパも…?」
「ああそうだ、パパもシュリと同じようなことをしちゃったことがあるんだ。でも今のパパは、皆と仲直りが出来て、皆と一緒にパークを護れてる。だから大丈夫、シュリがもし本当に失敗しちゃっても、皆と仲直りして、皆と一緒にヒーローになれる。なにせパパとママの子なんだからな?」
「ほんと?」
「ああ本当だ」
「ほんとにほんと?嘘じゃない?」
「ほんとにほんとにホント。嘘なんてつかないぞ?」
「でもパパ早く帰るって言っても帰ってこないこと多い」
「それは…ごめん…」
ぐうの音も出ない程の的確なカウンターが来やがった…!3歳児から飛んで来るものじゃねぇ…!何か言わなければ…それか何か話題を変えなければ…!
グゥゥゥゥゥゥ…
「パパ、お腹すいた!」
安心できたのか、シュリのお腹から可愛い音色が聞こえてきた。父さんのアドバイスを早速試す時が来た、いろんな意味でナイスタイミングだ
「そうだなぁ…内緒で食べちゃおっか。秘密に出来るか?」
「うん!約束する!」
「よし、なr」
「あー!ママ!パパとシュリ、内緒でごはん食べようとしてる!ズルい!」
「ああこれはズルいな、現行犯で逮捕だ」
『たいほー!』と駆けてきたトウヤに遅れて、妻もゆっくりやってきた。少し困ったような笑顔をしていたから、ここに来た理由はすぐに分かった
「もしかしてそっちも?」
「ああ、お前のご想像通りだ。だが心配はいらないぞ」
どうやらトウヤも似たような夢を見て、似たようなことを妻に言ったようだ。やっぱり似た者兄妹なんだなって。もしかしたら、これもサンドスターのせいなのかもしれないな
「僕ラーメン食べたい!お醤油がいい!」
「私も!お味噌の味がいいなぁ!」
夜食にラーメンを選ぶとは…この二人やりおる。何故か夜中に食べるラーメンは特に美味しいんだ。カロリー?そんなものは気にしてはいけない、美味しいは正義なのだから。ただし、妻の許可が降りるかどうかだが…
「今日は特別だぞ?」
「あれ?いいの?」
「今日くらいはいいだろう。それに…なんだか私もお腹が空いてしまってな」
妻が照れ臭そうに頬を掻く。きっと元気な子供達を見て安心したからだろう…そう思ったら俺も空腹が甦ってきた
「んじゃ作るか。お手伝い、お願いしてもいい?」
「「はーい!」」
「了解した」
食材を出してもらって。お皿や箸を用意してもらって。たまには皆で夜更かしをして、夜食を楽しむのも悪くない
仲良く分けあって食べたラーメンは、いつもより特別な味がした
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