第28話 集まったのは凄いやつら
「二人とも少し大きくなったかなー?」
「なった!それとね、走るのも速くなったよ!」
「怪我や病気はしてないかな~?」
「なんにもしてないよ!今日も元気いっぱい!」
リウキウから帰る前に、二人がトウヤとシュリにくれたおまじないのおかげか、二人は今日まで健やかに育っている。流石は神の御加護、効果は本物で長いらしい
『野菜は残さず食べてるかな?』『イタズラはしてないかな?』『お手伝いはちゃんとしてるかな?』なんて、色々な質問に元気よく答えてる声を聞きながら、俺はキュウビ姉さんから渡されたラッキーさんを掌に乗せた
ピロピロピロ…ピキーンッ!
『ごめんね行けなくてぇ~!行きたかったよぉ~!コウもお姉ちゃん会いたかったよn』
『すまない、別件が入ってしまった。後で内容を端的に伝えてもらえると助かる』
『ちょっとなんで遮るの!?それにボクが言おうと思ってたのに~!』
『誰が言っても変わらないだろう。言い争っている時間があるならさっさと行くぞ』
『あああああ待ってもうちょっとだk』
『はいはい行きますよリルおねえちゃ~ん?』
『なんで遮るのってば!?あとこういう時だけそう呼ぶのはズルいと思うなヘr』
『そういうことだからじゃあね~』
『だからなんでさえg』
ブツッ
「というわけで、残念ながら三人は来れないわ」
「どういうわけか何も語られていないんだが?」
「だから別件よ。カコとトワのお手伝い」
「あー…」
流れた映像は、
「さて、準備していこうか。トウヤ、シュリ、手伝ってくれるか?」
「「うん!!」」
まずはブルーシートを引いていく。端を家族全員で持ち、ヨレないようにピシッと引っ張る。兄妹揃ってあまりにもぐいぐいと引っ張るから、後ろに転げないか心配になった。引き終わったら、重りを角に置いて、風に飛ばされないようにする
それが終わったら、少し距離をとってテントを立てる。地面に石が落ちているかどうかを二人に確認してもらったら、一緒にポールを繋ぎ合わせていく。中に通してよいしょと持ち上げれば、家族全員入っても余裕のある大きなドームテントの完成だ。流石にペグ打ちはまだやらせるには怖いから、やり方を見せながら確実に打ち込んでいき、最後に寝袋を敷いておく。これで寝る準備は完璧だ
「お兄、このまま競争しよ!」
「いいよ!パパスタートって言って!」
普段使わないからか、物珍しいからか、早速寝袋にくるまり、芋虫のようにもぞもぞと動いている兄妹。ドヤ顔で今か今かと待っている姿は、正直このままずっと眺めていたくなる
「こら、競争なら普通にやれ。もし寝袋に穴が空いたとしたらそれを貸してくれた人はどう思う?」
「…悲しんじゃう」
「…困っちゃう」
「その通りだ。だからそれはやめて、いつも通り走ろうな?」
「「はーい」」
「よし、良い子だ。 …それと」
「はい、理解してます」
「よろしい」
子供達には優しく諭し、俺には尻尾でピシピシと叩く。これは『そんな顔してないでちゃんと止めろ』のピシピシだ。ごめんなさい、次は言うから夕飯抜きにするのは勘弁して?
このキャンプ道具一式は、パークがお客さんに貸し出しているものだ。不慮の事故で壊してしまったならともかく、『シャクトリムシ競争』なんて理由で壊してしまったら、今後貸し出しが中止になるかもしれないしね
「それじゃあ気を取り直して…。位置についてー…よーい…どんっ!」
「おりゃああああああ!」
「にゃあああああああ!」
勝手にゴールに設定したオイナリサマの元へ、男の子らしい叫びで走るトウヤと、猫みたいな叫びで走るシュリ。それに気づいたオイナリサマは察してくれたのか、二人がタッチできるように屈んで腕を広げた
そして、二人は彼女の手を叩き横を通り過ぎた
「…同着か?」
「…いや、若干シュリの方が速かったような」
「ええ、本当に僅かですが、その通りですよ」
「やったー!お兄に勝ったー!」
「むうううう…もう一回!パパお願い!」
「はいはい。じゃあ次は…トウヤはライトさん、シュリはレフティさんがゴールな。二人とも頼んでもいい?」
「なんくるないさー!」
「いつでもいいよ~」
距離にしておよそ30メートル。二人にとってはまだ少し長い徒競走
「いえーい!また勝ちー!」
「もうーなんでー!?」
優しい追い風と一緒に駆け抜けて、先にゴールしたのはまたしてもシュリだった。悔しくてまたしても再戦を申し込むトウヤに、シュリは笑って受けて立っている。何度かゴールを変えて走っているけど、何れもシュリが僅差で勝っていた
2つ上の、しかも男の子であるトウヤよりもシュリの方が脚が速いとは。単に身体能力が高いのか、受け継いだ力が出てきたのか。女の子の成長は早いと言うけど、流石にそれは勝つ要因に含まれていないだろう
シュリの目標は、あの地上最速のチーター姉妹を追い抜くこと。その想いにあの子の内に眠るサンドスターが応えたとか、受け継がれたのは脚の速い動物の因子だったとか、色々な可能性が浮かんでは消えていく。全ては推測の内だけど、それを考えるのが楽しくもある
暫く見守っていたら、順番が巡りに巡り、俺と妻がゴールに設定された。向こうから駆けてくる子供達。そして…
「僕の…勝ちー!」
「うえええぇ…負けたー…」
とうとう着順は逆となった。へろへろなシュリに対し、トウヤはほんの僅かだが余裕のある様子だ。スタミナに関してはどうやら二人とも年相応らしく、お兄ちゃんが若干上回っているところを見せてレースは終了だ
「…ねぇパパ」
「どうした?」
「なんかね、あそこから音が聴こえた。チャプチャプって」
トウヤが指差したのは、キュウビ姉さんが持ってきた、ブルーシートの端に置かれたリュックサック。その擬音からして、液体が揺れている音だろうか?コップに注いだ水が揺れているような感じだ
「キングコブラは何か聴こえた?」
「いや、私には何も…」
「私も聴こえなーい」
「ええー!?絶対聴こえたよー!」
とは言うものの、そのリュックサックは先程から微動だにしていない。それに中に水筒やペットボトルが入っていたとしても、液体の揺れる音が外に洩れることはないだろう
ただ、何かあるのではとは思った。キュウビ耳をフードの中に出し、リュックサックに集中させる。風と共に、チャプン…チャプン…と、一定のリズムで揺れる音が確かに聴こえてきた
ここでようやく気づいた。これは揺れているんじゃなくて、誰かが揺らしているんだと
「…なるほど、そういうことか。凄いぞトウヤ」
「えっ?僕凄いの!?」
「うむ!凄いぞ!よくぞ気づいた!」
リュックサックから、聴いたことのある声がへいげんに木霊する。ボムンッ!と煙を立てて、それは正体を現した
「久しいのう
そう…その正体は、守護けものであるイヌガミギョウブさんだった
「来てたんですね、イヌガミギョウブさん」
「うむ。最初からずっと化けておったぞ。いつ気づくか見とったが、まさかトウヤが一番とはのぅ!勘が鈍ったのではないか?」
そう言われても、ジッとされてたら気づけるものも気づけない。それにピット器官にも引っ掛からなかった。どうやったかは知らないけど、きっとそれも守護けものパワーで片付くんだろうね。少し悔しいから頑張って強化してみよう
「そういうあなたも、トウヤに気づかれるなんて変化が甘いんじゃなくて?」
「ふん、音を出したのはわざとじゃ。じゃが、コウは言われなければ気づかれなかった。今回の賭けはわしの勝ちのようじゃな?約束通り貰うぞ?」
「くっ…仕方ないわね…」
キュウビ姉さんは本物の荷物から、なにやら大きな瓶を渋々取り出した。ラベルを見るにあれはお酒の類いかな。イヌガミギョウブさんが欲しがるとしたらこれくらいだろうし
というか勝手に人を賭けの対象に使わないでほしい。姉さんが負けたの俺のせいみたいになるじゃん
「ダンザブロウダヌキさんは?」
「あやつもリル達と同じよ。今日のことはわしから伝えておく。酒の肴に合いそうな土産話と共にな」
「ふんっ…」
相変わらずですね貴女達は…。今日は喧嘩はなしにしてくださいよ?
「しかし…外で食事をするにしては、些か風情がないのぅ。どれ、いっちょやってやろうではないか!」
落ち葉を拾っては両手で挟み、地面に一定の間隔を開けて置いていくイヌガミギョウブさん。不思議なことに、それらは風で何処かへ行くことはなかった
もう十分置いたと判断したのか、彼女は頷き、パンッ!と手を叩いた。すると、置かれた葉っぱが一斉に浮き上がり、そして姿を変えた
「うわぁーすごーい!」
「きれー!」
「この花は…桜か…!」
彼女の妖術によって、辺り一面が桜の木で埋め尽くされた。ただ大木がそびえ立っているだけじゃなく、風が吹けば花びらがまるで踊っているかのように舞った。ただの枯れ葉が、この場を一瞬で春色に染め上げたのだ
トウヤは回り、シュリは走り、妻は掌に花びらを乗せる。和気あいあいとした声が、高らかにへいげんへと響いていく。俺は圧巻の景色に眼を奪われ、言葉を失っていた。それほどまでに綺麗だった
狸の総帥、その肩書きは伊達ではないと改めて思い知らされる。化けるのも化けさせるのもお手のもの、この力は正直少し羨ましい
「旨い酒を飲むには、やっぱり花見が一番じゃからな!」
【花見】
文字通り、樹木に咲いている花を鑑賞し、春の訪れを寿ぐ古来からの風習。現在では主に桜を、宴会を開きながら鑑賞するのが一般的なイメージだろう。今回は時期も違うしここで桜は咲かないから、悪く言ってしまえば作り物を鑑賞することになる
それでも、これはとても幻想的で、懐かしい気分に浸れて俺は好きだ。あの異世界でも、数日おきに花見をしていた。今思うと頻度が高すぎだったな…
「流石はイヌガミギョウブ!分かってるではないか!」
「そうじゃろうそうじゃろう!報酬はお主の酒でも貰おうかのぅヤマタノオロチ!」
「フハハハハ!良かろう、存分に飲むといい!軽い運動の後にはもってこいじゃからな!」
どうやら、へいげんハンター達への稽古は一段落ついたようだ。全員へとへとで横たわっているけど、ヤタガラスさんが介抱しているから大丈夫だろう…たぶん
「よしコウ!お前さんもこっち来て飲め!遠慮はいらんぞ!」
「あぁそういえば言ってませんでしたね、俺お酒飲めないんですよ」
「なぬぅ!?それでも守護けものか!?」
守護けものですがなにか?全員が飲めると思わないでください。正確には飲めないんじゃなくて飲むと記憶飛ぶから飲みたくないんだけど
「一杯くらい付き合ってくれてもええじゃろ?」
「一杯でも駄目なものは駄目なんです。それと貴女の一杯は “いっぱい” になりそうなので嫌です。すみませんがお断りさせていただきます」
「…わしはお主の先輩であり、狸の総帥ぞ?わしの言うことが聞けんのか?」
「聞けません。あとそういうの、世間じゃ『アルハラ』って言うんですよ?オイナリサマ、助けてください」
「いいですよ、流石にこれは見過ごせませんからね」
「あら、私も加勢するわよ?可愛い義弟を守るためだもの」
「冗談じゃよ冗談!全く二人して怖い顔しおって!これじゃからキツネは…」
ぶつくさ言いながら、勢いよくお酒を流し込むイヌガミギョウブさん。いったいどこまで本気だったのかは本人しか分からない
それに俺には、酒よりも重要なことがあるのだから
「さてと…驚いたらお腹すいたなぁ。キングコブラ、ご飯はある?」
「勿論だ。なぁトウヤ、シュリ?」
「うん!パパ?僕とシュリでお弁当作ったんだよ!」
「パパにいっぱい食べてほしくて、いっぱい作ったの!」
「本当か!?それなら早速食べよう!なっ!?」
「全くお前は…まぁいいか。ほら、これだ」
大きなバッグから、これまた大きな箱が出てきた。微かに海苔とご飯の香りがした…つまりこれはおにぎりだな!
「美味しそう…なんだけど…この、サッカーボールくらいに大きいのは?」
「これ僕とシュリで作ったの!名前も考えたんだ!」
「『ビックリおにぎり』って言うの!凄いでしょ!?」
ああ、凄いよ。重量感たっぷりだ。これ何合分のご飯使ってるんだろ?流石にこんな大きさのおにぎりはパパみたことないなぁ
ちょっと嗅覚に意識を集中させると、微かに色々な
匂いが漂ってきた。なるほど、この中には様々な具材が詰め込まれているようだ。まるでおにぎりの形をしたお弁当箱だ、これは俄然楽しみになってきたぞ!
「じゃあ早速、いただきま──」
「ちょっとまてーい!」
「──なんですかイヌガミギョウブさん」
「コウ、わしと勝負じゃ!わしが勝ったらそのおにぎりは貰うぞ!」
「おっと、そういうことなら我も参加させてもらうかのう。面白そうじゃしな!ハッハッハ!」
「待って待って、なら私も参加する!楽しそうだしねー!私が勝ったらライトと半分こさー!」
「いいね~!頑張れレフティ~!」
ちょっと待て、これは子供達が俺のために作ってくれたんだぞ?俺が食べなきゃ意味がないだろ?なぁトウヤ、シュリ?
「なら皆で勝負をします!」
「勝った子におにぎりをあげます!」
あれー?気にしてないぞー?むしろ楽しそうだぞー?
「何で勝負するんだ?」
「「『だるまさんが転んだ』する!」」
「だそうだ。頑張れよ、コウ?」
あれー?妻もそっち側だぞー?すっごく楽しそうな顔してるぞー?
「というわけじゃが、お主はどうするんじゃ?」
「…やりますよ。子供達の前で、勝負から逃げるわけにはいかないですからね」
「それでこそじゃ!まぁ勝つのはわしじゃがな!」
「我じゃ!」
「私だよー!」
「俺です」
この勝負、絶対に負けられない。子供達の手料理を食べずして何が父親か。ここは何としても勝たせてもらうぞ
斯くして唐突に、『キメラvsタヌキの総帥vs神獅子vs蛇神』という面子での、だるまさんが転んだ決戦は開催されるのであった
…神々の戦いとはとても思えない絵面だな、これ
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