第17話 おいかけっこの末に


「匂いは…こっちか!」


形態をフェンリルオオカミに変え、甘ったるい匂いの正体を追いかける。木々を抜け、途中飛び出してくるセルリアンを倒しながら、俺はひたすら地を駆け空を跳ぶ。しかし逃げるのが得意なのか、まだそいつの背中を捕らえられてはいない


足跡でも残っていればまた変わったんだろうけど、残念ながらそれらしいものはない。もしかしたら飛んでいたり、木々を伝っていたりするのかもしれない。頭が回るのかそうじゃないのかよく分からないやつだな…


にしてもこの匂い…なんか、苦手だ



「うわぁ!?」


「うわっとと…!?」


「もう…なんなのよ…」



匂いに意識を集中してたから、物陰から出てきたフレンズに衝突してしまった。匂いを追うのは後回し、尻餅をついたその子に手を伸ばす


「ごめん、よく見てなかった。大丈夫?」


「…私を心配するなんて、何か裏があるわね?」


俺の手を取った相手は、白と黒の二色のフレンズ “マレーバク” さん。相変わらずこうした警戒の返答をしてくる。でもこれで裏があると疑われるのはちょっとダメージあるな…いいや気にしないでおこう


「裏かどうかは知らないけど、聞きたいことはあるよ。ここら辺で、何か変わったものは見てない?フレンズとか物とかなんでもいいんだ」


「…それなら、ついさっき見たばかりよ。わたしそっくりのフレンズがいたわ…」


「…マジか」


「嘘じゃないわよ。凄く怖かったんだから…」


「あぁ、疑ってる訳じゃないよ?」


「そうなの?それならいいんだけど…。 …でもこの話をすぐに信じるなんて、何か裏が…」


「いやないから」


まぁ、疑いたくなる気持ちは分からなくもないけど


しかしまさか、また姿が変わっているとはね…。なんなんだホント…


話を聞くに、彼女が見た自分自身マレーバクは、パフィンさん達とは違いずっと無言で立ち尽くしていたようだ。急いで茂みに隠れて様子を窺っていると、暫くして何処かへ行ってしまったのこと。だからさっきそこから出てきたのか。思い出したのか顔色が少し悪くなった、本当に申し訳ない…


「どの方向に行ったか覚えてる?」


「確か…図書館の方ね。でももういないと思うけど?」


「それでもいいんだ。情報ありがとう」


「…それでもいいなんて変ね。やっぱり何か裏g」


「ないってば!これお礼!良かったら食べて!あと怪我してたらこれも使って!」


ループが始まりそうだから、お礼のジャパリまんとサンドスターを使った傷薬を渡して別れた。ジャパリまんのおかげか、これは素直に受け取ってくれた。やはりジャパリまんは万能、それは昔から変わらないのである




*




「匂いは…げっ、また面倒な所から…!」


現在、図書館への道から逸れた森の中。俺の目の前にあるのは、しんりんちほーのアトラクション『クイズの森』。ここから一層濃い匂いがする


ここもクイズが増えて、道も複雑に入り組むようになった。昔は2択だったクイズも、後半につれて3択4択と増えていく仕様に変わった。こういう時じゃなかったら、体力は使うけど勉強になるアトラクションなんだけどな…


だけど、今日はパークに人を招かない日。当然ここにもお客さんはいない。つまり、自由にやりたい放題探索が出来るってことだ



「──魔符『妖の式神』 さぁ皆、見つけるぞ!」



式神を召喚して、俺も一緒に森の中へ。案の定匂いがあちこちから漂ってきて、どのルートを通るのが速いのか分からない。だからこそ、このローラー作戦は大いに効果がある


問題をガン無視するのは、アトラクション的には寂しいんだろうけど…



━━━



『さて、この問題はどっちだと思う?』

『これは “はい” だよ!』

『私も “はい” にする!』

『んじゃ、まずはそっちに行ってみようか』


*


『おっ、どうやら正解のようだね』

『『やったー!』』

『次は3択か。これはどれだろうな?』

『私①!』

『僕は②だと思う!』

『おっと…。なら、2手に別れて行ってみよう』


*


『あ!パパとお兄!』

『シュリとママだ!』

『あらら、てことは』

『残念、どちらも不正解だったな』

『『むー…!』』

『んじゃ、③にいくぞー』


*


『最後だな。4択か…どれにするか…』

『『④にする!』』

『どうして④にする?』

『『初めて出てきたから!』』

『…まぁ、行ってみるか』

『…そうだね』


*


『出口だー!』

『正解だー!』

『オイオイオイ正解しちゃったよ』

『野生の勘というものか?中々侮れないものだな』



━━━



…この前、家族でやったから許してほしい。あの時はたくさん楽しませてもらったよ。問題も簡単なものからマニアックなものまで幅広くて、トウヤとシュリにとっても良い勉強になったしね。流石、ミライさんが長と一緒に作っただけのことはある


…解説が滅茶苦茶長く書いてあるのもあるけど、それもあの人らしさが出ている証拠だ



『キキッ!キキキキッ!』



蝙蝠の式神が何か見つけたのか、パタパタと翼をせわしなく羽ばたかせて迎えに来た。一体何を見つけたんだろうか?


『キキッキキッ!』


「…なるほど、ここに隠れているんだね」


位置はクイズの森の出口付近。蝙蝠が指したのは地面の中。あちこち穴が空いているけど、これらはおそらくカモフラージュの為に作られたのだろう。それでも、この子の超音波は誤魔化せなかったようだね


「よ、良かった、コウさんだったんスね…」

「ビックリしたでありますよー…」


声をかける前に出てきたのは、こはんコンビのビーバーさんとプレーリーさん。このクイズの森を増設したのもこの二人で、今日は点検でここに来ていたらしい。この穴もプレーリーさんが掘ったというのなら納得だ


「実はかくかくしまうま」


「それなら、ついさっきまでいたッス…」

「それから隠れてたのでありますよ…」


やっぱり、彼女達のところにも現れたのか。鏡写しにされたのはビーバーさん。木の棒を振り回しながら走っていったそうだ。確かにそれは怖いな…


「どこに行ったか覚えてる?」


「確か…へいげんの方でありますな」


「ありがとう、行ってくる。二人はまだ作業してるの?」


「はい、まだ全部は見てないっスから」


「そっか。この辺はもう大丈夫だと思うけど、一応気を付けてね」


「コウさんこそ、気をつけて行くでありますよ…」




*




「おお!コウじゃないか!ちょうどよかった、いm」

「ごめんそんな場合じゃないんだ、じゃっ!」

「ちょっと待てーい!」


なんですかヘラジカさん、武器で俺の行く手を塞がないでくださいよ。申し訳ないですが今勝負をしてる暇はないんですよ。皆も周りを囲まないでくださいよ


…昔、似たようなことがあった記憶が。懐かしいな


「話を聞け。勝負を挑みに来たわけではないぞ」


「そうなの?てっきりいつも通りなのかと」


「確かに勝負はしたい。しかし、今はそれどころではなくてな…」


ライオン城を見つめながら、いつも以上に真剣な眼差しのヘラジカさん。その主であるライオンさんも眠たげな様子はなく、両陣営の子全員が同じように城を見ていた


つまりは、そういうことだ


「…ヘラジカさん、?」


「私とライオンだ」


「…え?」


「私と、ヘラジカだよ」


もう何度ついたか分からないため息が、また懲りずに吐き出された。二人同時、つまり単独犯じゃなかったってことだ。そいつが分身出来るとかそんなことは考えない考えたくない


「自分自身と戦えるなんてないから勝負を挑んだのだが…煙を巻かれてな。見失ってしまったんだ」


「匂いがしなくて追えなかったから、まずは周りから探したんだよね。でも何処にもいなくてさ~。で、残ってる場所が~」


「あの城の中…か」


頷く皆。探索が終わって、今から皆で突撃するところだったらしい。そこに俺が来たのは、確かにちょうどよかったかもしれない


ライオンさんの言う通り、あの甘い匂いがこの辺りで途切れている。一応へいげんにいるスタッフさんにも聞いてみたら、特に怪しい者は見ていないと言っていた。この二つを踏まえて考えると、あそこを探してみて損はないだろう


「私は行くぞ!強そうだったしな!」


「私も行こうかな~。やられっぱなしだしね~」


いつも通りなヘラジカさんと、のんびりな口調ながらもどこか気合いの入ったライオンさん。他の皆には待機してもらって、3人でいざ城の中へ


…と思ったんだけど


「なんだ?進めないぞ?」


「壁…なのかな?でも見えないね~」


城の出入口に、謎の透明な壁が立ち塞がっていた。目をよく凝らさないと認識できないその壁は、叩くとポヨンポヨンと弾力のある感触を返してきた


「しょうがない、他の場所から入ろっか」


「…いや、どうやらそうもいかないみたいだよ」


式神の一体である鴉が、俺の肩に乗って調査報告。窓も他の出入口も、ここと同じように閉ざされていた。全員がしょんぼりして帰ってきたので、慰めの言葉をかけた。二人も撫でてくれたおかげで、ちょっと立ち直ってからお札に戻った


「ならば突撃だ!うおおおおおー!」


ポヨンッ


「おおっ!?」


「力業じゃ駄目そうだね~」


ヘラジカさんお得意の真っ直ぐ行って吹っ飛ばすは、見事綺麗に跳ね返された。これはまるで横向きになったトランポリンだ。ちょっと調整すれば遊び道具になりそう…それはどうでもよくて


「…ん?これ…」


「何か分かったのか?」


「うん。二人とも、ちょっと離れてて」


右手の人差し指を壁になぞらせ、ささっと描くは光の魔方陣。それを終えたら、中心に掌をかざし、もう一度力を込める



(──)



心の呟きと共に、パァンッ!となった大きな音。多少起きた煙を払うと、壁は綺麗さっぱり失くなっていたことが確認できた


「おお!流石だな!」


「それも守護けものの力ってやつ?」


「そんなところ。さぁ進もうか」


使った技は、二つのキツネの力オイナリサマとキュウビキツネが由来のもの。二度目に触った時に覚えた違和感から、これが最適だと考えた。結果は正解、問題なく消すことが出来た



(ただ、これで出来たってことは…)



…何はともあれ、これで中へ侵入成功。取り敢えず進んでいこう


「何か、変な感じがするね…」


「ライオン、お前もそう思うか」


特に変わったところは見受けられない。ただそれは、目に見える範囲で言えることだ。いつも遊んでいるはずのここから、形容しがたい何かを俺達は感じていた


「手分けして散策しよう。二人は下から、俺は上から順に見て回って、真ん中の階で落ち合おうか」


「うむ!さぁ行くぞライオン!」


「りょーかーい。んじゃまたね~。待ってよヘラジカ~」


どんどん進むヘラジカさんの雄叫びと、走り回る音がよく聞こえてくる。ストッパーという意味も込めて二人一緒に行動するようお願いしたけど、これだとあんまり意味はなさそうだ


俺は階段を駆け上り、一気に最上階へ──



「──危ないなぁ」



上ろうとした矢先、上からクナイや手裏剣が飛んで来たので叩き落とした。なんてものを設置しているんだ、ここはそういうアトラクションじゃないんだぞ


「ってこれ…そういうことか」


地面に刺さったそれらは、ポンッ!と葉っぱになった。どうやらこれを変化させて、俺に飛んで行く罠でも張っていたようだ


なんとなく、こんなことをしている理由が分かってきた。本当ならいちいち付き合う必要もないんだろうけど、あの二人に流れ弾が飛ぶのも嫌だし、ここはわざと罠にかかって解除していこう


ということで、パチンッと軽く指を鳴らして術式展開。これで気軽に突っ込んでいける



クンッ…



階段を登った先で、早速何かを踏んでしまったようだ



ヒュンッ!



「おっと、今度は岩か」



横から飛んできたのは、顔の大きさくらいのゴツゴツとした岩。当たったら怪我は必至だ



ゴッ……コトンッ



「よしよし、問題無さそうだな」



その岩は俺に触れようとした瞬間、勢いを失って下へと落ち葉っぱへと還った。当然、俺にダメージはない


展開した術式の効果は、『一定時間で張り直される俺の身体を覆うバリア』。結界術を応用したもので、直ぐに割れてしまう代わりに、どんな攻撃も一度は防いでくれるという術だ。張り直しにインターバルは必要だけど、サンドスターの続く限り効果が持続する


強力な術だけど、 勿論弱点も存在する。どんな弱い攻撃でも防いだら割れるだったり、連続攻撃や多段攻撃は防ぎきれなかったりだ


それでも便利なことには変わらない。初見殺しが出来るし、種がバレても他の能力でカバーすればいいしね。特に今回のような、不意討ちが多い場合にはもってこいだ


他にあった罠は、たらいが落ちてきたり、壁がスライドしてきたり、毒蛇が向かってきたり、トゲのついた鉄球が転がってきたりと多彩だった。最初こそ攻撃力やスピードはそこまでなかったけど、途中からどんどん上がっていった。他の子が来たらどうするつもりだったんだろうか、もう少し考えていただきたいね



「んで、ここにいるな…」



最上階の大広間、大将ライオンさんが使っている部屋。この襖の向こうから、追いかけてきた匂いを微かに感じる


さぁ…いよいよ御対面だ



『ゲヒッゲヒッゲヒッ』

『ゲラゲラゲラゲラ』


「…なんだこいつら」



俺を出迎えたのは、傘や下駄、提灯等の形をした何か。セルリアンのような目をしているけど、それ特有の匂いはなく、甘い匂いが少しだけする。まるで妖怪…付喪神のようだ


部屋は夜の闇のように暗く、そいつらをより不気味に映す。恐怖心を煽るように変化しているんだ


目的の奴等は当然見当たらない。だが気配はする。俺を試しているんだろうな、見つけてみろってさ


いいだろう、やってやろうじゃないか。こんなもの直ぐに解いてやる。幻覚幻術、こっちは月のウサギのおかげせいで見慣れてるんだよ


姿は…変えておくか。どうせ何かしら見せることになるなら、ここで先にしておこう



「──変身トランス・【ソル】」



姿をヤタガラスに変える。両手を胸の前に構え、薬指を曲げつつ、全ての指の先をピタリとつける。所謂『印を結んでいる』状態だ



「真実を映し出せ──『八咫ノ鏡』」



四方八方に鏡を展開。を映し出す


そこから放たれる、全てを飲み込む眩い光の裁きは、わらわらといた奴らを消し飛ばして元の部屋に戻した。そして残るは俺一人。建物事態に損傷はない、これはそういう技だから



「そろそろ出てきてください──?」



蛇の姿に再び戻し、フードを深く被り、フードに描かれた瞳に意識を向ける。これは蛇のフレンズの技である『ピット器官』の役割を持っている。部屋のどこに隠れていようと、この瞳から逃れることは出来ない



「フフフ、流石にバレてしもうたか」

「ここらで御開きにしておきますか」



観念したのか飽きたのか、それとも満足したのか、部屋の奥にあった掛け軸が変化した。ようやく文字通り、尻尾を出してくれた


一人は白いスーツ姿の女性。小脇にタブレットのようなものを抱えており、小さな丸眼鏡をかけ、前髪に紅葉の形をした髪飾りを付けている。尻尾が3本に分かれているのも特徴だ


一人は所々ボロボロの、焦げ茶色の制服姿の女性。頭には蓑笠があり、左手には鞄のようなものを、右手には徳利を持っている。こちらの尻尾は1本だが、前者と比べて太く大きい


そんな二人と似たようなフレンズを、俺は一人だけ知っている。だからこそ、あんな問い掛けをしたんだ



「ちゃんとたどり着いたんだし、ご褒美に自己紹介してくれませんか?」


「良かろう」



快諾し、二人は並んで立つ。その二人の正体は──



「ワシは『イヌガミギョウブ』。よろしくな、若いの」

「私は『ダンザブロウダヌキ』。以後、お見知りおきを」



──俺や姉さん達と同じ、パークの守護けもの

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