第14話 たまにはゆっくり読書でも
「ではお前達、準備は良いですか?」
「「うん!」」
「では…行きますよ!それっ!」
「わーい!」
「たーのしー!」
博士と助手に抱えられたトウヤとシュリが、雲1つない青空を飛び回る。何物にも囚われない自由の翼で、右へ左へ、上へ下へとランダムに動く。急ブレーキからの急発進にも、子供達は臆せず更なる刺激を求める
「気持ちよさそうだなぁ。あっ、その──」
「これだな?ほら」
「──流石、ありがとう」
取ってほしい物を言う前に、キングコブラは俺に渡してくれた。流石は俺の妻、まさに阿吽の呼吸だ。これは常に全集中の呼吸なので意識しなくても問題ない…まぁこれは置いといて
味見用の小さいものを2つに切って、妻にも渡して一緒にパクリ。顔を見合わせて二人で頷く。今日も完璧な仕上がりだ
「完成したのですね」
「良い出来のようですね」
「…相変わらず早いね」
「気づいたのは私達ではないのです」
「リンゴの匂いがした!」
「美味しそうな匂い!」
「…あぁ、そういうこと」
「完全にお前からの遺伝なのです」
それ皆に言われてるよ。もう言われ慣れてるよ。だからもう言わなくていいんだよ。数年前から自覚しまくってるから
作ったのは3時のおやつ、アップルパイ。その匂いは、空を優雅に泳いでいた4人(正確には2人だが)に届いたようだ。待ちきれないようなので、ちゃちゃっと切り分けよう
*
ここはキョウシュウエリアのしんりんちほー。そして、色々な本が集う『ジャパリ図書館』。そこに住むのは、この島の長であるアフリカオオコノハズクの博士と、助手のワシミミズク。時が経っても、彼女達は変わらずにここを管理している
普段ここにパークスタッフはいない。何かあればへいげんにいるスタッフが駆けつける。てっきり料理番にでもするのかと思ってたけどそこは長、仕事の邪魔をしてはいけないと弁えていた
図書館に関しては少し変わった。増築されたこと、本棚が増えたこと、本の貸し借りをする際に名前を記入するようになったこと。これで誰が何を借りているのか、何の本がないのか分かりやすくなった
俺達がここに来た理由は簡単、本の返却と物色だ。外で遊ぶのもいいけど、たまにはゆっくり読書をするのもいい。子供達も新しい絵本や漫画なら夢中になってくれるだろうし
そのついでと言ってはなんだけど、長に子供達を空の散歩に連れていってもらった。対価は夕飯、なんとまぁ楽な等価交換だ
「こちらが、今回の新刊なのです」
「中々量があるな」
「退屈しなさそうだね」
「自由に見て構わないですが、汚したり壊したりすることのないように」
「そして、図書館の中では静かにすること。いいですね?」
「「はーい」」
諸注意をした長は、本の整理に戻っていく。散らかしてそのままだったあの頃が懐かしい。こっちも種類別に並べられているから、キチンと役目を果たしているのが見て取れる
本を一冊一冊取り出し、確認しては戻していく。表紙の絵を見た方が、興味を引かれる物も見つけやすいだろうからね
「あっ、『仮面フレンズ』の本!僕これにする!」
「私も読みたい!一緒に読んでいーい?」
「いーよ!あっちいこっ!」
「こらこらトウヤ、シュリ、図書館では?」
「あっ…しーっ…」
「しーっ…」
「そう、静かにな」
そろりそろりと、二人は日の当たる、寝転んで本が読める場所に移動し、仲良くくっついて本をパラパラと捲りだした
『静かする』というのは、大きな声や物音を出さないということだけじゃなく、館内を走らないという意味も含まれている。今は他にお客さんはいないけどこれはマナー、少しずつでも知っていってほしいものだ
「すまないな、二人とも」
「今回は目を瞑るのです。まだ幼いですし、注意を受けた後はちゃんと守っているので」
「好きなものを見つけて嬉しくなる気持ちは、我々にもよく分かりますので」
「ありがとう、助かるよ」
「ただし、夕飯は多めに作るように」
「尚且つ美味しいものを所望するのです」
このことがなくてもどうせお願いしてきたよね? という言葉は心の中に閉まっておこう
リクエストは安定のカレー。明日の分も残るから、朝食べるのもよし、お昼にアレンジするもよしだ。選択肢は色々あるから、そこは長次第かな
さて俺も、何か良いのを探すとしよう
*
「…ふぅ」
息を吐いて、本を閉じる。外に目を向けると、もう夕日も沈む頃になっていた。夢中になりすぎていたようだ。そろそろ夕飯の準備をしないと、長に激しく催促されてしまうな
読んでいた本のタイトルは、『カミサマは彼を愛してる』。ジャパリパークを舞台としたタイトル通りの物語だ。まだ読み終わってないからこれは借りていこう。他にも面白そうなもの、子供達が好きそうなもの、妻と読み合いたいもの、色々見て回るかな
「…あらら」
誰かが掛けてくれたのか、毛布をしっかりと掴んで、ぐっすりと仰向けで寝ているトウヤとシュリ。長い時間読んで疲れちゃったんだね
横に置かれていたのは、動物の図鑑と、オオカミさんの新作『仮面フレンズ キマイラ』。多彩な能力で悪を倒すパークのヒーローの漫画で、現在最新刊は3巻だ。ゆっくりペースの執筆だから、本になるのも少し遅めだ
え?主人公のモデル? いったい誰なんだろうね…
「なんだ、お前達も来てたのか」
聞き慣れた声の正体はツチノコさん。今日は珍しく一人でここまで来た。いつもの他の子達は、それぞれ別の子達と出掛けているそうだ
「“あれ” はあったか?」
「あったよ。ほらこれ」
「おおっ!これだこれ!しかも増刊号か!いいなぁ!」
「ちょっ…しーっ…」
「あ、あぁ…。静かに…だな…」
口に指を当て、寝ている子供達に視線を向けると、ツチノコさんも同じ行動をした
「んぅ…パパ…?」
が、時既に遅しである
「あれま、起きちゃったか」
「む…すまん」
「…あれ?ツチノコちゃんだ…」
目を擦り、もぞもぞと毛布から出てきたトウヤ。隣にいたシュリは未だ夢の中だ
「ツチノコちゃんも絵本読みにきたの?」
「似たようなもんだな」
彼女が手に持っている本は絵本ではなく、主に昔と今のパークの施設やお土産、2つの違いや解説が載っている雑誌だ。今回のは歴史物に嵌まっている彼女にとって、この上ない書物と言えるだろう
「僕も一緒に読んでいーい?」
「なんだ?お前も興味あるのか?」
「うん、面白そう!」
「ならちょうどいいかな。俺は夕飯作るから、その間頼むよツチノコさん」
「…ま、いいだろう。これは貸しだな?」
「…はいはい」
後で何を要求されるんだろうか?物資の要求はパークが用意出来る範囲で頼むよ?両親を悩ませる必要がなくなるから
本を戻しに来た妻にシュリを見ててもらって、俺は一人カレー作り。匂いに釣られたのか、長が味見係として後に合流した。あげすぎに注意しないとね
因みに、妻が読んでいた本のタイトルは『月夜の蝙蝠』。これも俺が読んでいた物と同じく、ジャパリパークを舞台とした物語。後で俺も読んでおこう
─
「あっ!ハクトウワシちゃんにオオタカちゃんにハヤブサちゃん!トリのフレンズもいっぱいいる!」
「これはスカイレースの写真だな。色んなルールで皆で空を飛ぶんだ」
「面白そう!僕もやってみたい!」
「まだお前には早いだろ。もう少し大きくなったらだな」
「むー…」
現在トウヤとツチノコがいるのは、彼が今日泊まる予定の個室。ベッドに横になりながら、並んで特集をまじまじと眺めている。イベントのインタビュー記事や、『今月のフレンズ』というフレンズ紹介のコーナーもじっくり読んでいく
「これジャパリコイン!ツチノコちゃんが好きなやつ!」
「た、確かにそうだが…そう覚えられてるのはあれだな…」
「あれって?」
「あれってのは…まぁ、気にするな…」
苦笑いして頬を掻くツチノコと、頭に “?” マークを浮かべるトウヤ。物の名前を覚えているのは喜ばしいことだが、それに自分が結び付いているのは、彼女にとって少し恥ずかしいことだった
ページを捲る度に、トウヤからは質問が溢れ出す。それを取り零すことなく、ツチノコは丁寧に答えていく。1を聞けば、それは10にも20にもなって返ってくる
「やっぱりツチノコちゃんすごい!色んなこといっぱい知ってるんだね!」
「まぁ…な。けど聞いてて楽しいか?」
「すっごく楽しい!僕、ツチノコちゃんのお話聞くの好き!」
「…そっか、そりゃあ良かった」
難しい言葉を使ったり、少し早口での解説になったりした為、内容が伝わっているか心配になったツチノコ。しかしそれは杞憂だったようで、トウヤは笑顔で答えた。フードを被り直し、彼女も釣られて優しく微笑んだ
「はぁ…」
「どうしたの?」
「写真で見てるのもいいが、やっぱ現物が欲しいと思ってな。ま、もう残っていないだろうけどな」
次に開いたページにあったのは、昔に売られていたお土産の紹介記事。復刻した物、デザインがリニューアルされている物等、多種多様な物がスタッフのオススメポイントと共に紹介されていた
もし残っているのなら、彼女にとってそれはジャパリコインと同じく貴重なものである。デザインが同じでも、それらの価値は同じではないからだ。だからこそ、彼女はもう手に入らないそれらに想いを馳せる
「…あっ!もしかして!」
「どうした?」
ベッドから降りたトウヤは、ごそごそと自分の荷物を漁り始めた。何かを取り出すと、彼は再びベッドに登り、ツチノコにそれを差し出した
「ツチノコちゃん、これあげる!」
「これ…昔パークで売られてたやつじゃねぇか!トウヤ、お前これどこで…!」
「えっと…りうきう?で見つけたの!かっこいいよね!」
そう、彼が差し出したのは、リウキウエリアで立ち寄ったお店で見つけた壊れた懐中時計だった。掘られた数字はかすれ、傷だらけで時計の役割を果たすことのない物だ
しかし、それはツチノコにとっては二の次である。彼女にとってこれは貴重で、この上なく輝きの宿っている代物だった
そして、その価値が分かっているからこそ、彼女は受け取ることを躊躇した。価値を幼い彼でも分かるように彼女なりに説明した
壊れて役目を果たせないこれを態々持ち歩いているということは、彼にとってもこれは大切な物だということ。それを彼女は理解していたからだ
それでも、トウヤはそれをしまうことはなかった
「…もう一度聞くぞ。本当に貰っていいのか?これは本当に貴重なんだぞ?」
「うん!それにツチノコちゃんが持ってたら、この時計も嬉しいと思うんだ!」
『大切にしてくれる人が持ってた方が、これも嬉しいでしょうしね』
懐中時計をくれたカリフォルニアアシカの言葉を、トウヤはしっかりと覚えていた。自分よりもツチノコが持っていた方が、これはより幸せを感じてくれるだろうという想いが彼にはあった
そして何よりも、トウヤはツチノコの喜ぶ顔が見たかった
「…ありがとな。大切にするよ」
「約束だよ!」
「あぁ、約束だ」
ツチノコはそれを受け取り、ポケットに大切に入れ、トウヤと指切りをした。この約束は彼女にとって、絶対に破ることのない約束になるだろう
「早く食べさせるのです!」
「待ちきれないのです!」
「分かったから!今盛り付けるから座って待ってて!」
「リクエストは大盛りなのです!」
「更に具沢山を追加するのです!」
「あぁもう面倒だから自分で好きなだけ盛ってくれ!」
「…夕飯できたみたいだな。そろそろ行くか?」
「うん!」
外から聞こえてきたのは、カレーに群がるフクロウと、匙を投げた父親の声。続けて母親と妹の声も、二人の耳にしっかりと届いていた
トウヤの手を引いて、ツチノコはゆっくりと歩いていく
もう1つの手をポケットに入れる。その手には、先程入れた懐中時計が、優しく握られていた
─
月が高く昇り、風の音しか聴こえなくなった頃、俺はそっと部屋を後にした
「あれ?まだ起きてたんだ」
「お前こそ。キングコブラに怒られてもしらねぇぞ?」
「大丈夫だよ、ちゃんと分かってくれてるから」
「ハッ、惚気かよ」
「そんな風に誘導したのは君でしょうに…」
「そうだったな」
くつくつと、楽しそうにツチノコさんは笑った
「あっ、それは…」
「ん?ああ、トウヤがくれたんだ。本当に感謝してる」
「そっか。大切にしてよ?」
「分かってるって」
月明かりを反射して、彼女を照らすのは懐中時計。それは、トウヤがリウキウで諦めきれなかった結果、店員さんのご厚意でもらった物だ。その時のあの子の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる
それを渡すってことは、それ程までに彼女に感謝を伝えたかったのか、はたまた単純に彼女の笑顔が見たかったのか
どんな理由でもいいか。トウヤが自分で考えてあげたのだから。ツチノコさんがとても嬉しそうにしているのだから
「んじゃ、少し見てくる。君も遅くならないようにね」
「その言葉、しっかりと返してやるよ」
痛いことを言われつつも、俺は図書館を後にする。一応周辺からクイズの森にかけて、夜のパトロールの開始だ
それが終わったら、バレないように戻ってすぐに寝よう。朝寝坊して、妻の冷たい目を向けられたくはないしね
…本音を言えば、本の続きを読みたいんだけどさ
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