第21話 バグ大戦3
メンバーが未曾有の窮地に見舞われ、必死に抗おうとする頃、王都はまさに平穏そのものであった。
「ゴホッゴホ」
手狭な使用人の部屋でクロウダ・シクハック・オクトーブル3世が、もとい王様が寝込んでいる。幕間にて任せられた「病身の父」役を演じているのだ。
この役割の難しい所は、いつ何時カメラが向けられるか分からない点である。引用でもするかのように、サッと映されてしまう可能性があるので、延々スタンバイせざるを得ない。
それにしても彼の役者魂は本物だ。人目が無くとも、手慰みに本を読んだり、仲間たちの動向を追いかける様な真似すらもしないのだから。たゆまぬ努力が胸を打つようだが、それも電源が切られた今は虚しい行為である。
「やれやれ……。一度、皆のところに戻ろうかね」
横たえた身体を起こそうとしたその時だ。室内は突然大きな振動に襲われた。
「地震だと? 設計にない現象がなぜ!?」
そう叫んでも揺れは激しくなる一方だ。やがて轟音とともに室内が崩れだす。城の崩壊が始まったのだ。
「いかん! 皆のもの、早く屋外へ逃げよ!」
王様は叫びながら部屋を飛び出した。通路は逃げ惑う人々ばかりとなっており、その騒ぎの中で1人の女性がタンスの下敷きになっているのを見つけた。下働きのメイドCだ。
「大丈夫か、しっかりするのだ!」
「謁見の間はあちらです、謁見の間はあちらです!」
モブキャラに人格は無い。このような異常事態でもなお、与えられたセリフを繰り返すばかりだ。今の気持ちを言葉にする事すら叶わない存在なのである。
王様はそんな境遇に哀れさを感じつつも、渾身の力でタンスを退かしてみせた。体力に自信は無かったのだが、やれば出来るもんだ。
「その足では歩けそうにないな。肩を貸してやろう」
「謁見の間はあちらです……」
「その部屋も、じきにガレキの下よ」
それから王様はメイドを伴いつつ、どうにか城外へと脱出した。そこには既に大勢のモブキャラが避難の為に集結していた。元気そうなメイドを見つけるなり手当てを命じると、速やかに治療が始められた。どうやら指揮系統は無事のようだ。
だが周辺は安寧から程遠い惨状となっている。それを目の当たりにした王様は、しばらく呆然としてしまった。
「これは一体何事か……」
雄壮にそびえる居城は見る陰もなく、横倒しになって崩れていた。倒壊が逆方向であったのは幸いだが、その甚大過ぎる被害には息を飲まざるを得ない。
また城下町も酷いものだ。あちこちで地割れが起きており、大きな亀裂が何本も走っていた。巨大な獣が爪で引き裂いたかのようである。被害を受けた施設は不格好に傾き、あるいは奈落の縁に落とされようとしていた。
「異変だ。これは何か起きたに違いない!」
危機を察知した王様は、何とか状況を探ろうとした。自身のステータス画面を開き、使えそうなツールを探ってみる。そのうち、設定タブの中を掘り下げる内に「同期モード」という項目を発見した。いつの間にかアップデートされた機能であり、あまりにも目立たないために気付く者が居なかったのだ。
物は試しと、同期モードを有効にしてみる。すると王様の脳裏には雪崩のように視覚・聴覚情報が飛び込んできた。
場所は邪神の塔。辺りには身を切らんばかりの悲痛な叫び、涙混じりの怒声。そして暗闇の中に浮かぶ異様なる女。
――勇者様に何をしたの、今すぐ戻しなさいよ!
――マジで勘弁して欲しいッス! こんなん止めて仲良く酒でも飲みましょうって!
――今の内にごめんなさいしようぜ。どう考えても裁判ものだし、アレは結構辛いんだぞ!?
そんな声とともに、王様は誰かの眼を介してエルイーザを見た。視線が重なると怖気が走り、その場で仰け反ってしまう。勢い余って地面に尻を着くと、その衝撃で同期モードは解除された。
こうして今、耳に聞こえるのは、風の鳴く音と城下町の喧騒だけだ。
「あの姿、狂気は……もしや!」
さすがに統治者役を任されるだけあって、わずかな情報から全てを察知した。そう思えば居ても立ってもいられず、宝物庫を目指して駆け出した。
城と離して設えた宝物庫は、歪に傾いてはいるものの無事だった。ささやかな幸運の甘みに笑みを浮かべつつ、荒れた室内に足を踏み入れた。
「確かこの辺に……」
反物や織物が散らばる室内を漁る。お望みの品は、その独特な形状からすぐに見つかった。
バグ殺しの剣である。抜身のままで放っておかれたのは、文字通りバグを死滅させる機能しか備わっていないからだ。健康な生身には全く危険性が無いのは検証済みである。
剣の柄を引っ掴むと、また外に飛び出し、今度は兵士たちに向かって腹の底から号令を発した。
「我が勇敢なる兵士達よ、お主らには城下の救援を命ずる。1人でも多くの住民を救い出すのだ!」
「全ては英邁なる王の為に!」
自我を持たぬ兵士であるが、命令は着実かつ速やかに実行されるだろう。凛と響き渡る返事が頼もしい。
「メイド達は怪我人の治療に当たれ。必要であれば、宝物庫の物を使って構わん。遠慮はいらんぞ」
「偉大なる国王陛下の為に!」
メイド達も恭しく頭を下げた。当面の指示としてはこれで十分なものだろう。
「ワシはこれより世界を救って参る。それまで、どうにか持ちこたえるのだ!」
王は群衆の中に自分の愛馬を見つけると、その首をひと撫でして跨った。そして駆け去ろうとした所、兵の誰かが叫んだ。
「救国の英雄に女神の加護を!」
その声をキッカケに全ての兵が足を止め、王様の方を向いた。そして手にする槍を両手で握り、天を突くような構えをした。彼らにとって最上の礼なのである。
それらは本来であれば、勇者の一団に向けられるものだ。意図せず英雄扱いされた王様だが、まんざら悪い気ではなく、一層張りのある声で叫んだ。
「吉報を待っておれ。必ずや平和を取り戻してみせようぞ!」
馬上のまま立ち上がり、剣を空に向けて突き立てた。バグの剣の輝きも相まって、絵になりそうなほどに勇壮な見栄えであった。
「よし、行くぞ。駆け通しになるが頼む」
王様は愛馬を勢いよく走らせると、都を後にした。全速前進。胸に熱い想いを秘め、ただひたむきに原野を駆けていく。だがそんな心境であっても、邪念と言うか、余計な発想が浮かぶものである。
思えば、こうして彼が自由で居られるのも陰の薄さゆえである。エルイーザにすら忘れ去られたおかげで、襲われずに済んだのだ。まさに怪我の功名。勇ましく馬を駆る彼の頬には、どこか自嘲めいた笑みが浮かびあがった。
(おや、あれは確か……)
しばらく道を走らせていると、はじまりの平原にうろつく人影を見つけた。不審者同然の動きだが、顔見知りだと知るなり、馬足を落として傍に寄った。
「クラシウスではないか、そなたも災難から免れたのか?」
「ヒィヤァーーッ。喋るニンゲンだぁーー!」
彼はスッカリ恐慌状態だ。頭を抱えて震えるばかりで、とても対話など望めそうにない。
「仕方のない奴よ。ホレ」
王様はちょうどテーブル上で揺れるもちウサギを摘み上げ、クラシウスの顔面に押し付けた。もっちりとした感触が心を癒やし、やがて安寧までもたらしてくれた。
「フフッ。か弱き者、か弱き者よォォ」
「やれやれ。落ち着いたなら話を聞いてもらえんか?」
「よ……よかろーう!」
語尾にいささかの不安を残すものの、クラシウスはこれまでの経緯を訥々(とつとつ)と語ってくれた。
本来ならば邪神の塔は彼のテリトリーである。引き篭もり気質から延々と「お一人様ライフ」を堪能していたのだが、実の妹に追い出されてしまった。 全力で抵抗しても、全く歯が立たなかったと言う。
そこで王様はふと疑問に思った。なぜクラシウスは捕らえなかったのかと。主要キャラ達はひと所に集められたハズではないのかと。
だが大して思案する事もなく、無害と判断された為だと察しがついた。住処を奪われる屈辱を受けても、モチうさぎと戯れるだけの男など障害には成り得ないだろうから。王様は、自分と似たようなものかと、溜息を吐いた。
「それはそうとクラシウスよ。皆を助けに行くぞ、そなたも手伝うのだ」
「嫌だ! 断る!」
「エルイーザはバグに侵されておる。このままでは妹の命も、愛すべき仲間たちも、この世の条理すらも無くしてしまうのだぞ」
「絶対に嫌だ、絶対にだ! アイツは完全な化け物になってしまった、オレの手に負える相手じゃないんだ!」
バグは感染者に規格外の力を宿す。前作のマリウスもそうだ。あらゆるパラメーターが数値異常を起こし、デタラメな強さを発揮するのだ。ゲームバランスを意識して調整されたクラシウスでは、全くもって勝負にならない。
「あぁ嫌だ嫌だ。あの強さはとにかく恐ろしい」
余程の恐怖を植え付けられたらしい。モチうさぎに顔を埋める様などは、縋りつくようにすら見える。これではどっちが弱き者か分からない。
「エルイーザの暴挙を許してしまえば、そのウサギも消えて無くなるやもしれん」
「……何?」
クラシウスが食いついた。瞳の奥には、これまでに無かった闘志らしきものが見えるような、やっぱり見えないような。
「バグに取り憑かれた者が大人しくするものか。手当たり次第に壊し、気に食わねば消し去るというのが関の山よ」
「では、か弱き者も……!」
「十分に有り得る」
クラシウスが手元の柔っこい顔を見た。それはそれはつぶらな瞳をしており、愛らしい声で「もっも」と鳴くではないか。
「……やる。やるぞ」
「何をだ、クラシウスよ?」
「そんな無道は絶対に許せない。それがたとえ我が妹の為す事であったとしても!」
「そうかそうか、では共に往こう。邪神の塔を解放するのだ!」
こうして王様は頼もしい味方を得るに至った。これでもクラシウスは最強キャラの一角だ。少なくとも、玉座に座りっぱなしで運動不足に悩む老人よりは遥かに実戦向きである。いざ移動するとなれば、疾駆する馬と難無く並走できる程には強靭だった。息ひとつ切らさずに駆ける横顔などは、実に頼もしく感じられた。
「あぁ、怖い! やっぱり怖いよぉぉ!」
前言撤回。屈強な体に強靭な精神が宿ると聞くが、それは俗説というものなのかもしれない。王様はそんな事を思い浮かべながら、茂みの中で震えるクラシウスの尻を眺めていた。
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