邂逅奇譚

白鯨 オルカ

第1話

或る日の夏、露峰莇つゆみねあざみは妹のすみれを塾まで迎えに行っていた。

塾の近くにあるコンビニ前で待っていると数分も経たずして菫が元気に手を振り、こちらへと駆け寄る。


時刻は午後8時頃。

空が完全に暗くなり、街灯がぽつぽつと人気の無い道を照らす夜。


莇はまだ15歳の菫を心配し、塾の帰りはこうやって迎えに来ている。

「聞いてよ、お兄ちゃん!」

今日ね、と塾で習った事を愉しそうに話す菫に莇も思わず笑みが零れた。


他愛も無い会話で帰り道の時間を潰す中、ふと菫は立ち止まった。

「お兄ちゃん、声がするよ」

そう菫は言う。

莇は周りを見渡したり耳を傾けたりしても菫の言うは全く聞こえなかった。

「菫…何言ってるんだ?声なんて聞こえないよ」

莇は心底不思議に菫を見ると当の本人は血の気が引いたように真っ青な顔で莇の腕を掴んだ。


「お兄ちゃんどうしよう!女の人が助けてって言ってる!…あっちから聞こえるわ!」

そう言うや否や菫は先へ先へと走った。

莇も驚きながらも菫の後を追う。

「菫!待って、どこ行くんだ!?」


走る菫は入り組んだ薄気味悪い路地へと入る。

不気味な路地は夜のせいか更に不気味に感じ、奥が全くもって見えなかった。

「菫!…はぁ、こんな所まで来て……」

息を着くのも束の間、呼吸をすると血の臭いが鼻を掠める。

「…なんでこんな血の臭いがするんだ…?」

路地が一層と不穏な空気に包まれる。

不安を感じた莇は菫に声をかけた。

「…帰ろう。何だか嫌な予感がする」


その時、少し前にいた菫が短い悲鳴と共に尻餅を搗く。

「菫!大丈夫?!」

菫の元に駆け寄ると蒼白な顔の菫は前へ指を差した。

「あ、…あ、女の人……」

震える指を辿ると目の前には血溜まりと倒れている女性がいた。

「!?…っ大丈夫ですか!」

慌てて女性の元へ駆け寄るも女性は既に息絶えている。


「…警察、警察に連絡しなきゃ…!」

冷や汗を垂らし、覚束無い手で莇は携帯を触る。

電話のキーパッドを開いた時、奥から何か


「お兄ちゃん!!」

菫の自分を呼ぶ叫び声が聞こえる。

暗い路地の中でも


人間離れな異様に骨ばった巨大な体格。

大きな牙を剥き出す変形した顎。

そして長く尖った爪にはべったりと血が着いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る