サンダルでダッシュ!

@chauchau

摩訶不思議な天気占い


 通り雨ににわか雨、春雨夕立エトセトラ。

 一言に雨といっても日本語には四百以上の言い方があると聞いたことがある。それだけ、雨は俺たちの生活に密接していたものであり、一つひとつに昔の人は想いを込めたのだろう。


「ンなわびさびまったく感じる余裕はねえけどなァ!!」


 少し先すら雨のカーテンで遮られて見ることは適わない。これぞまさしくゲリラ豪雨に襲われながら、傘のない俺は雨宿り出来る場所を求めて逃げ走るしか出来なかった。


「あぁ、クッソ……、パンツのなかまでびっちょびちょじゃねえか……」


 塾バイトからの帰り道、近道だからと住宅街を通ったのは失敗だった。ようやく見つけた小さなお店の軒下に避難したときには一張羅のスーツも濡れ雑巾へとジョブチェンジを果たしている。べっとりと身体に張り付いてくるのが気持ち悪くて仕方がない。


 駅前に出るまでコンビニはないため、傘を手に入れる術がない。もっとも、ここまで濡れてしまえばもはや傘を買う意味すら存在はしないのだろうけれど。それよりも、早い所スーツを脱いでクリーニングに出さなければ。


 先が見通せる程度には雨足が弱くなったら意を決して飛び出そう。諦めから来る俺の意思は、


「雨宿りする気なら中に入ったらどうだい」


「ぎゃぁぁあ!?」


 店から顔を覗かせた妖怪の恐ろしさに打ち砕かれるのであった。



 ※※※



「まったく、こんな美人を捕まえて悲鳴とはなんだい」


「すいません、心の底から怖かったもので」


「謝る気ないね、さては」


 俺が勝手に雨宿りさせてもらっていた店の店主を名乗る婆さんは、見た目の恐ろしさとは裏腹に親切にもびしょぬれ鼠な俺を迎え入れてくれた。


 入る前に軽く絞ってみただけで、滝のように水が落ちる程度には水を含んでしまった服は重たく気持ち悪い。けれど、ここで脱ぎ捨てるわけにもいかない。


「傘を持ってなかったとは運がないね。悪かったよ」


「わざわざ言い直さなくても」


 ないも悪いもどちらでも良いっての。


「そうじゃない。悪かったは謝罪の言葉さ」


「どちらかと言えば雨宿りを勝手にしてた俺の台詞じゃ?」


「この雨はアタシが降らしたものだからね」


「ほほう」


 これ以外俺にどう返せば良かったと思う?


「ここは魔法堂、不思議な道具が集まる場所さ。さっき手入れをしていた時にちょっとすべっちまってこのザマさ」


 婆さんの言葉に店を見渡してみれば、確かに何屋と明言できないほどに混沌無形な品々がずらりと並ぶ店内は、まるでアニメに出てくる魔法道具の店のようではないだろうか。

 下から上に上がっていく(様に見える)砂時計、奇々怪々な文字が彫られた本、なぜか異様に駒の少ないチェス盤、幻想的だったり毒々しかったりと七色変化を繰り返す薬瓶、三本足の烏のはく製。そして強盗も裸足で逃げ出す店主こと妖怪婆。


 なるほどな。


「俺、家に帰って畳の目を数える作業に戻らないといけないから」


「信じてないね」


 愛想笑いからの大回転スタートダッシュ! いまの俺はオリンピック選手も真っ青な走りを見せてやれる!!


「ぬぉぉ!? ドアが開かねぇ!!」


「良いだろう。それじゃあ、見せてやるとしようか。究極の魔法を!」


 カギなんて見当たらないのに扉が押しても引いてもうんともすんとも言いやしない。体当たりをかましても痛いのは俺の身体だけ。

 その間にもゆっくり婆さんが力を貯めているのが気配で分かる。やばい! 何かする気だ、まじでヤバイ!!


「これぞ中国四千年究極奥義!!」


「開けぇぇぇ!!」


「親指が取れたように見える魔法!!」


「ぎゃぁぁぁ!! ……ぁぁ? ぁ?」


「ほれ! ほれほれ! ほれぇ!!」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「………………」


「落ち着いたかい」


「お陰様でな」


 小学生の時分に流行ったマジックもどきの手遊びを繰り返す妖怪婆の滑稽な姿に、慌てていた自分が恥ずかしくなりそうだった。


「つまりインチキおもちゃショップってことか?」


「せめて骨董品屋かとか言えんのかい」


 見た目が怖いだけの無害な婆さんだと分かってしまえば、本格的に雨宿りさせてもらうことにする。下は無理だが、スーツの上は脱ぎ捨ててワイシャツ姿になった俺は、婆さんが淹れてくれたお茶でひと心地ついていた。


「それでどんなインチキアイテムのせいでこの雨が降り出したんだ」


「こいつさ」


「……サンダルだな」


 それも百円均一でも売っていそうな変哲もないゴムサンダルである。ちなみに色は金色で無駄に派手。


「これは今を遡ること戦国時代が終わり」


「出だしから嘘じゃねえか」


「彼の太閤、豊臣秀吉公の弟の友達の婚約者の兄貴の飼っていた金魚が大好物だった僧侶が三日三晩呪い続けることで生み出された一品で」


「縁が遠すぎること以上に金魚が大好物の僧侶はただただ気持ち悪い」


「呪文を唱えながら天へと蹴り放ることで天候を操ることが出来るのだ」


「明日天気になれ、か」


「なぜ分かった」


 どこまで本気なんだ、この婆さん。ちなみに人をおちょくることにどこまで本気か悩んでいる。嘘なのは疑うまでもなく分かるわい。


「疑っとるな」


「信じるほうが難しい」


「では、これを履いてその辺に蹴り投げて見るがよい」


「暇つぶしくらいなら付き合うけどさ」


 雨宿りさせてもらっている礼もあるので、きっと寂しい婆さんの遊びに付き合うくらいは安いものだ。

 フィット感の軽いゴムサンダルは、履けば金色の悪趣味具合がより目立つ。


「明日天気になぁれ」


 店の中のため遠慮して放り捨てたゴムサンダルは……。


「すごくね?」


 つま先部分でまっすぐ天に向かって立っていた。


「俺、すごくね?」


「ふむ……、先っぽで立った場合の天気は確か」


「お? 雨が止んだか」


 あれほどうるさかった雨の音がぴたっと止んだ。振る時もいきなりだったけど、止むときもいきなりだな。

 それでも雲が厚いせいか外はだいぶ薄暗いけど。


「何だったかなぁ……、年を取ると物忘れが……」


「ありがとうな、これで俺も帰れるよ」


 思い出そうとしている婆さんには悪いけれど、これ以上ここに留まる理由もない。サンダルを脱ぎ捨て革靴に履き替えてから、今度は簡単に開いた扉をくぐって外へ出て、とりあえず上を見上げて……。


「隕石ィィ!?」


「あ、それだ」


 巨大な隕石が俺たちの空を覆っていた。


「なッ! な、ぁ、なななななッ!!」


「はやくもう一度明日天気になれをせんと地球が滅ぶぞ」


「インチキアイテムじゃなかったのかよ!?」


「ここにあるのは不思議な道具だと言うたではないか」


 嫌にも冷静な婆さんの態度に怒鳴る暇もない。兎にも角にも、もう一度あのサンダルを……、サンダル……、あれ?


「どこいった!?」


 確かに俺は放り捨てた方と合わせて、ここに置いたは、


「アホー」


 ず。……おん?


 甲高い人を馬鹿にする声を出したのは、三本足の烏の……。


「はく製……?」


「ああ、それは生きているはく製でな。ちなみにキラキラ光るものが大好きだ」


「サンダルぅぅぅ!!」


 悪趣味にキラキラ光る金色のサンダルは、しっかりと烏の足に収まっていたのである。

 サンダル。烏によって奪取される。


 烏がサンダル履く意味ねえだろぉ!?


「よぉし、よし……、いい子だ。いい子だからそれ返して」


「アホー」


「…………」


 烏。

 自由な空へと旅立つ。


「うぉぉおおお!? ば、婆さん!!」


「こんな言い伝えがある」


「なんだ!!」


 この際役に立つならなんでも


「にーまるにーまる七の月。空から恐怖の大王が」


「二十一年前だよ、それは!!」


 役に立たない婆を放置して、俺はダッシュで烏を追いかけた。

 サンダルのためにダッシュだなんて、俺はいったい何をしているだ。


「こんちくしょぉぉお!!」

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