JS5、クマと一緒に皆様を悪夢からお守り致します!

志賀福 江乃

第1話 クーくんと私


 おっとそこのおじょうちゃんにおぼっちゃんはじめまして。そうだ君たち知ってるかい? 人には誰しも怖いものっつーのがあるんだ。怖いもの、トラウマ、悪夢。お前さんは何が怖い? たくさんの脚を持った蜘蛛くもか? 夜にヒュードロドロなんつって出てくる幽霊ゆうれいか? それとも、へんてこな顔をして追いかけてくるピエロか? それとも……いや、なんでもねぇ。怖いものは人それぞれだからな。

 ククク、なんだい、俺も怖いってか? そりゃそうか。なんせ俺は喋るクマのぬいぐるみだからなぁ。珍しいだろう? まぁそんな怯えなさんな。俺はその怖いものやトラウマからいろんな人を救うために活動してるんだ。なぁに、ちっとばかし危険だが、楽しいもんだ。大好きなご主人サマと一緒にいれるしな。まぁ、時間に限りはあるがよ。

 これはな、99年間大切にされてきたしゃべって動くクマのぬいぐるみと、その持ち主のごく普通の女の子の話だ。その女の子の名前は、石上あやめ。小学五年生で、特になんの趣味もなく、ぼーっと毎日を過ごす友達のいない子でな。けど、部屋の中から懐かしいクマを見かけたその時から彼女の運命は変わっちまった。ぼーっとした毎日が終わり、忙しくてちょっぴり楽しい毎日が始まろうとしているんだ。

「ムリムリムリムリ! こんなの本当に無理だって!!」

 ちょっぴり楽しい……はずなんだけどな。

「絶対許さないからね!! クーくん!!」

「ククク、それはクマった」

 俺のご主人様は普通で地味でなんの取り柄もないけれど、俺にとっては可愛くて大切で唯一無二ゆいいつむに――かけがえのない存在なんだよ。良かったら、ゆっくり見守ってくれや。いつかあんたたちの怖い夢も消しに行ってやるからさ。

 そうだあと一つききてぇことがあるんだ。お前さんたち、小さい頃から、ずっと大切にしてるものはあるかい? 今も大切にしているなら結構。きっと、お前さんを守ってくれるさ。だが……雑な扱いはしたりしてたら……気をつけろよ。モノには想いが宿るからな。優しさや楽しさはもちろん……恨みや妬みも、な。


******


 ただいま、と声をかけるとおかえりなさい、と声が聞こえた。お父さんとお母さんがニコニコと私のことを見つめている。ドン、とランドセルをほっぽって畳の上にゴロン、と転がる。ふわりと部屋いっぱいに香るお線香の匂いが嫌いだった。

「こーら、あやめ。きちんとランドセルお部屋において、手を洗ってうがいしてきなさい」

 はぁい、と返事をして起き上がる。まったくもう、とおばあちゃんが私を見て顔をシワシワにして笑った。ぱぱっとランドセルをおいてきて、手を洗ってうがいをする。面倒めんどうだけど、やらないとおばあちゃんがうるさい。

「今日のおやつはドーナツだよ」

「本当!? やったぁ」

 テーブルには美味しそうなドーナツが並べられていた。イチゴのチョコがかかったやつに、細かいカラフルなチョコのかかったやつ、それにもちもちしてるライオンみたいなやつ。どれも可愛くて迷ってしまう。

 ドーナツってなんで真ん中開いてるんだろう? そこも生地があったらきっと美味しいのに。でも穴が開いてるから向こう側が見れて楽しいんだよ、ってお母さんがよく言ってた気がする。迷って迷ったのち、イチゴのチョコのかかったドーナツを手に取った。

「沢山あるからお友達も呼んだら?」

「友達いないし……」

「きょうちゃんは?」

「きょうちゃんは多分弓道の練習」

「精が出るねぇ」

 私は同級生どうきゅうせいからみたらごく普通でつまんないニンゲンらしい。オシャレも別に好きじゃないし、スポーツもできないし。ゲームはまぁそれなりにやるけど。テレビはついてるものをなんとなく見てるだけで真面目に見てないから、次の日にあの芸人さん面白かったよねー、なんて言われても覚えてない。そんな私に家まで遊びに来てくれる友達なんてできなかった。

 毎日朝起きて、ご飯食べて、学校いって、かえって、おやつ食べて、宿題して、夜ご飯食べて、ゲームして、寝るだけ。つまんないけど他に何かやりたいこともなかった。習い事も何個か通っていたけれどちっとも楽しいと思わなかった。運動キライだし、ピアノは手がこんがらがるからキライ。

「そうそう、こないだきょうちゃんを見かけたんだけどね、凄く大人っぽくなってたわねぇ」

 だけど一人だけ、そんな私を見捨てずに、いつも一緒にいてくれる人がいるの。それがきょうちゃんこと那須野響なすのきょう。近所の弓道場きゅうどうじょうの娘で、ここらへんじゃ有名な美人さん。学校でも1番可愛いと思う。おまけに勉強もスポーツもできて、弓道もすっごく上手。こういうのなんていうか私は知ってる。才色兼備さいしょくけんびっていうんだって。

「きょうちゃんはいいなぁ〜」

「きょうちゃんは努力してるから、あんなに立派なのよ。あやめもなにかやってみたらいいのに」

「面倒臭い」

「お隣のれいくんだって、たっくさん努力したからあんなに立派になったのよ。今年は受験だから、凄くいっぱいお勉強していて、一番頭のいい学校を目指しているのよ」

 でた。おばあちゃんは最近すぐに自分の知ってる、私と年の近い子たちと比べるの。私は今はなにも頑張りたくないってずっといってるのに、これはどう、とかあれをやってみなさいってもううんざり。本も読んでもつまらないし、運動は嫌いだし。隣に住むれい兄は中学三年生で、すっごく背が高くてかっこいいの。大人っぽくって優しい。イケメンって、本当にいるんだ! ってみんなが思うような人。

 私が小学校に入ってすぐくらいにお母さんと一緒に引っ越してきた。その時から仲良くしてくれて、私が泣いていると優しく慰めてくれて、本当に大好きなんだ。れい兄はお母さんのためにたくさんお勉強していて、お母さんに楽させてあげるために立派になるんだって。凄いよね。

 でも、それに比べて私は……。ううん、いいもん。だって頑張るとかダサいし。

「私は何も頑張りたくないの!」

「まったく……誰に似たんだか」

 ドーナツを食べ終わって、またグチグチとおばあちゃんがいい始めそうだったから、早々と自分の部屋にこもる。片付けるのが面倒くさくてついついいろんなものをほっぽりだしてしまう私の部屋は散らかっていた。まぁ、お部屋に呼ぶ友達はいないからいいんだけど。

 ふと、積み重なったカバンの奥からもふもふした茶色い足が見えた。引っ張り出すと、小さい頃にお父さんとお母さんにもらったクマのぬいぐるみがいた。茶色くてお腹が少しだけクリーム色。目がくりくりしてて可愛い。首に巻いてあげた真っ赤なリボンは、確か私が好きだったお菓子についていたリボン。

「うっわ、懐かし。昔はどこに行くにも持ち歩いていたっけ」

 確か、お母さんがお仕事で海外に行った時にもらったんだっけ。お土産ね、って私のいない間も寂しくないようにってくれたんだ。私はこの子のことが大好きでずっと、持ち歩いていたから、毛並みは昔よりもふもふじゃないし、ところどころ糸が出ている。けど、可愛らしい見た目は変わらなかった。

「確か、名前はクーくん」

 クマだからクーくんと適当に名前をつけてしまったけれど、ひびきが可愛くてお気に入りだった。ぎゅ、と抱きしめると昔と変わらない懐かしい匂いがする。お父さんとお母さんとお出かけしたときにこの子を連れて行ったら、失くしちゃって、大泣きで探し回ったこともあったっけ。

 ときにはごっこ遊びで、ヒーローになってもらったりとか。他のおもちゃを与えられたとしても、私はこの子だけは絶対に手放さなかった。懐かしいけれど、私はもう小学5年生。今年から高学年の仲間入りなのだ。こんなクマさんのぬいぐるみを大切にしてるなんてクラスメイトにバレたら馬鹿にされるに決まってる。

「でも、ほんの少しだけならいいかなぁ」

 懐かしい匂いと、懐かしい感触。昔の思い出がよみがえってきて、心がギュ、ってなった。クーくんもぎゅうと抱きしめて、ゴロン、とベッドに寝っ転がる。私はいつの間にかすっかり寝てしまっていたのだった。


******


 これは夢だ。みんなでドーナツをかこんだときの。

 お母さんが箱を広げて、どれがいい? と笑っている。お母さんはね~と楽しそうにしていて、私もうきうきと中をのぞき込んだ。ドーナツに夢中になる私とお母さんをみてお父さんもいっぱい食べろ、と笑った。おばあちゃんがお茶を入れてくれて四人で食べる。

 結局私とお母さんは迷ってしまって、違う味を半分こすることになった。イチゴのチョコのドーナツともちもちしたライオンのたてがみみたいなやつ。半分こって、なんだか得した気分にならない? 一個の量で二つの味が楽しめるなんて、幸せ。

「ふふ、あやめはおいしそうに食べるわねぇ」

「あんたそっくりだよ」

「本当!? 私とお母さんと似てる? おばあちゃん」

「ああ似てるさね。かわいそうに」

「えー、おばあちゃんひどいわ」

「あやめはおしとやかで素直な子に育ってほしいの。あんたみたいなやんちゃ娘じゃなくてね」

「あら私も海外にいるときは、『オウ、ジャパニーズニンジャ!?』っていわれるのよ」

「忍者なんておしとやかさあるのかしら」

 もう、とぷりぷりとするお母さんはすごくとかわいかった。お母さんは、考古学者とかいうやつで、お父さんはカメラマンだった。各地のいろんなところをめぐって、いろいろな調べごとをするんだって。いつも楽しそうにお話してくれたけど、理解できないお話ばかりだった。でもウソかほんとうかわからないお話を聞くのは楽しかった。石像に追いかけられたとかは流石にウソだと思うけど。

「そうそう今日はね、お土産があるのよ」

「ほんとう!?」

「じゃじゃーん」

 お父さんが背中から、クマのぬいぐるみをひょっこりと出した。かわいい! と飛びつこうとすると、ぴた、と頭をお父さんの手に止められた。

「ちょっと待った。ちゃんとお名前付けてあげような」

「えー、わかった! クーくんね」

「雑だなあ。いいかい、モノはね、長い間大切にしていると、魂が宿るんだ。その考えを日本では付喪神つくもがみっていって……」

「かわいい~」

「聞いてるかい、あやめ!?」

 新しくもらったそのぬいぐるみに私は夢中で、あまり話を聞いてなかったけど、ツクモガミという響きはなぜか覚えている。

 それよりこの子どこで、とおばあちゃんが聞いた。確かこないだまで、フランス? にいっていたと思うんだけど。

露店ろてんみたいなところで日本語のしゃべれるおばあちゃんに出会ってね、昔ドイツでこのクマさんを買ってそのあと日本で数十年一緒にくらしていたらしいのよ。20年前くらいかしら、フランスにかえってきてから日本には行けてなくて、自分のお孫さんに日本にこの子をつれていってあげないかと相談したんだけど、子供っぽいとか言われて仕方なく誰かに譲ろうとしてたら、私とパパを見つけたんだって。日本につれて帰ってあげてって凄く必死にお願いしてくるんだもん。つい預かってきちゃった」

「全く……相変わらず不思議なえにしを連れてくるねえ」

「おばあちゃん、えにしってなに?」

「そうだねえ。ご縁とか、絆とか、あるいは運命みたいなやつだよ」

「むう、難しいなあ」

「大きくなったらわかるよ。とにかくそのクマ……クーくんだっけ、その子と仲良くしてあげてね」

 その日から、クーくんは私の友達だった。お買い物やお出かけはずっと一緒にいたし、幼稚園まで持って行こうとして怒られた。ひとりぼっちにすると、なんだかかわいそうで、トイレも一緒に入った。お風呂はぬれちゃうから、脱衣所に置いておいた。お父さんとお母さんはそれから一ヶ月もたたないうちにお仕事に行くことになった。いない間も寂しくなかった。クーくんがいたもん。でも、




 モフ。

「ぶはあ!」

 途端に息ができなくなって、起き上がる。その時、顔の上からゴロゴロと何かが転がっていった。そして、ボフ、と音がした。

「いってぇ!」

 え、なに、と声のしたほうを覗き込む。ベッドの下でいてぇ……と頭を抑える、クマのぬいぐるみがいた。ポカン、と私はソレを見つめる。

 え? クマ? クマのぬいぐるみ? あれクーくんだよね?

「よっこらせっしゃぁい! ひでぇよぉ、あやめ。急に起き上がるなんて」

 よっこらせっしゃぁい! なんておっさんみたいな声を上げながらクーくんは立ち上がると、こちらをみてパクパクと喋り始めた。

「おい、聞いてるかあやめ?」

「しゃべってるぅううううう!?」

 ひぃいいい、と情けない声を上げながら、ベッドの端っこまで後ずさりをする。ぬいぐるみって喋らないよね? クーくん喋るぬいぐるみじゃないよね? なに、化物? 妖怪? おばけ? あ、これ夢か、まだ夢の中なんだな! と再び布団を頭からかぶった。

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