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※
あれは俺が小学五年の時だった。
クラスでキスマークを付ける遊びが一時期だけ流行した。誰が始めたか、どこから伝播してきたのか、全然知らない。最初は自分で自分自身の腕に付けたりするだけだった。それがいつの間にか誰かに付けるようになり、広まっていった。男子同士、女子同士、異性間、そんなこと関係なく、ただ目立つように体にマークを付け合うのが楽しかったんだろう。子どもの無邪気さなんてそんなものだ。
そんな遊び、俺は大嫌いだった。
そもそも小さい頃から女みたいと言われ、それはこの「花」っていう名前の所為もあったんだろうけど、とにかくよくイジられた。それも男子よりも女子からのイジりの方が酷かった。
当時みんなに「ミッツ」と呼ばれてるボス猿的存在の女子がいて、実際身長も百六十くらいあったんじゃないだろうか。何度も学校に親が呼びつけられる程度には、みんなから恐れられていた。
確か梅雨の時期の、珍しく蒸し暑い日だった。
俺は女子に手を引っ張られて体育倉庫に連れ込まれた。昼休みだったと思う。
ドッヂボールやバスケットボール、バレーなんかで賑わっていた声が、鉄の重い扉を閉めると遠くなって、そこで待っていたミッツが何を言ったのか、はっきり聞こえたよ。
「花も欲しいでしょ、キスマーク」
また標的になった。
そんな気分だった。
しばらく他の男子に対象が移っていたのに、どうしてまた自分に戻ってきたんだろう。とにかく我慢していれば、時間が過ぎれば、チャイムが鳴れば、先生が見に来れば、終わる。そうとしか思わなかった。逃げるとか抵抗するとか、そんな無意味なことは考えなかった。
さっさと、やればいい。
「気に入らないんだよ」
知ってるよ。
「服、脱いでよ。キスマークつけれない」
ミッツ以外に五人、だったかな。じっと俺を見て、へらへらとしてる。スカートから伸びた足で何度か蹴りつけて「さっさとしてよ」って。誰も助ける気なんかない。
俺は諦めてボタンを外し、上着を脱いだ。
「それも」
下着も、脱いだ。というか、頭で引っかかってなかなか抜けないから、苛ついた誰かが脱がした。
ズボンだけになった俺をミッツが押し倒すと、背中に跳び箱が当たった。そのまま右手で押さえつけて、右のここ、鎖骨の下に口を付けた。ちゅうっ、と吸われる。唾液と唇が、温かい。それが熱になり、やがて痛みに変わる。
俺が顔を
「これでわたしのモノ」
そう笑って見下ろしてから、他の女子たちにもキスマークを付けろって命令して、手や足に同級生の女子の唇が張り付いた。チュッチュと音をさせて、時にはキュゥって吸い込んで、うまく付かないともう一度とミッツに言われる。
いくつ付けたら終わるんだろう。
そんなことを考えながらぼんやりしていたら、チャイムが鳴ってみんな倉庫を出て行った。
それからも事ある毎にどこかに連れ込まれ、キスマークを付けられた。
教室に戻ると首筋や手首、頬や額のそれを見て、誰ともなくヒューヒューって
巻き込まれるのが嫌だから?
違うな。あれは共犯者だからだ。楽しいんだよ。そんな目してる奴しかいなかった。
たぶん泣いて喚いて困らせてやればよかったんだろう。けどそんなことをする気力もなかった。
夏休みに入る、少し前だった。
放課後になって帰ろうとしていたところを、ミッツたちに捕まった。ランドセルを抱えたまま連れて行かれたのは中庭にあった一輪車倉庫で、誰がくすねてきたのか知らないが、鍵を開けて、中に押し込まれた。
ああ、またか。
そう思って目を閉じたら、その日はミッツが自分で俺の服を脱がし始めた。ランドセルを放り投げられて中の物が散乱したけど、誰一人それを気にする様子もなく、倒れた俺の上に跨ってボタンを無理矢理に引きちぎってシャツを剥がし、
「脱げよ! さっさと裸になんなさいよ!」
やけに苛立って、シャツを頭から引き抜いて、それでも飽き足りずにズボンも引っ張って脱がせた。俺は白いブリーフだけになって、けど、ミッツは他の女子に手足を押さえつけさせて、全部脱がしてしまった。
情けない小さなものを見て、それを靴の裏で踏みつけたよ。
「キスマーク付けてって、言いなさいよ」
言わなきゃ終わらない。
でも言ったところで、終わらない。
黙っていたら、首筋に
他の女子にもやらせるのかと思ったら、そのまま胸の上を吸って、それからお腹の上、徐々に下半身の方に降りていって、彼女は俺の股間のモノをぎゅっと握ったまま、内側の腿に吸い付いた。その生温かい手に、思わず白いものが飛び出てミッツの頬に付着した。髪にもたぶん、掛かったと思う。
彼女はそれを手で掬い取って、俺の口に突っ込んだ。苦くて、あんなもん初めて食ったから、訳分からなくなって涙が出てきて、それでもミッツは止めなかった。
笑いながらキスマークを付けて、そのうちに馬乗りになってがむしゃらに首の辺りを何度も吸った。俺はそんな中で勃起して、何度も出したよ。
狂気だね。
「ねえ、ミッツ。もうやめようよ」
あまりに怖かったんだろう。仲間の女子が言い出して、けど彼女は聞く耳なんかもたずに、息が荒くなるのも構わずにキスマークを作り続けて。
「これヤバイって。ごめんだわ」
そんな彼女からは、流石に取り巻きたちも逃げ出した。けれどミッツはやめなかった。それをしなければ自分自身がどうにかされるんじゃないかってくらいの勢いで、荒い息をさせながら何度も何度も俺にキスをした。
いつまで続けてたのかは知らない。どこからキスマークじゃなくなったのかも分からない。力がなくなっても彼女はただただその行為を続けた。
俺は泣きながら気絶していたみたいで、声を掛けられて目を覚ましたら救急隊の人がいて運び出されるところだった。
そのまま俺は学校を休んで、二学期の途中から少しずつ登校を再開した。
けどもう学校に、彼女はいなかった。ミッツはいなくなっていた。
あとで他の女子から親が離婚して色々あったんだって聞いたけど、ほんとかどうか俺は知らない。
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