一生のお願い

三駒丈路

一生のお願い

「しまった。しくじった」

と思ったときには、もう遅かった。後頭部に衝撃を感じて、意識が遠のいていく。

気がつくと、俺は椅子に座らされ後ろ手に縛られていた。そして眼前には銃口が。

「よぉ。お目覚めかい?まぁ、またすぐ眠ってもらうことになるけどな。今度は永遠にな。…遺言でも聞いといてやろうか?聞くだけだけどな。ぐひゃひゃ」

…これは助からないな、と思った。交渉の余地もなさそうだ。うーん、ここで使うしかないのか。死んじゃったら元も子もないしなぁ。でもなぁ…。


物心ついたころから、うちは貧乏だった。父は、やることなすことうまくいかない人だった。そして失敗するたびに「これも運命だからなぁ。しょうがないんだよなぁ」なんてことばかり言っていた。子ども心に「そんなこと言ってるからダメなんじゃないのかな」と思っていたものだ。

しかし、母によれば若い頃の父はやり手の経営者で、やることなすことうまくいっていたのだという。うまくいかなくなったのは、俺が生まれた頃からなのだと。


「俺が生まれたのが悪かったのかよ?!」と冗談半分に聞いてみたら、実際に半分はその通りだった。

俺の家系の嫡男には、成人すると特殊なチカラが宿るのだという。それは「何でも願いが叶うチカラ」。そんなチート能力…と思ったが、それが発動できるのは「心の底から願った思いに対して、一生に一度だけ」ということらしい。そしてその反動として、発動以降は願いというものが一切叶わなくなってしまうのだという。


 それは代々受け継がれていて、うちの家訓には「一生のお願いするべからず」というのがあったのだそうだ。俺は知らなかったが。

 確かに、ひとつの願い事が叶ったとしてもそれ以降は望んだことが裏目に出るのだとしたら、マイナスの方が大きくなるのだろう。仮に使い切れないほどの大金をお願いしてそれを得たとしても「生活を守りたい」と願ったら守ることはできないのだ。

「不老不死になりたい」と願ったとしても、そのあとは自分の願わないことばかりおこる地獄のような生活が永遠に続くことになるのだろう。


 だから、先祖は代々その能力は死ぬ間際に遺言として使っていたらしい。「次の世代が幸せに暮らせるように」というような願いとして。

 まぁ、実際に死ぬ間際にそんなキレイな「心からの願い事」をして死ねるものかどうかはわからないけれど。


 親父ももちろんそれは知っていたわけだが、俺が生まれるときに難産で母子ともに危険だというのを聞いて、思わず「一生のお願いだから、妻と生まれてくる子を助けてくれ」と願ってしまった。いい父親だ。

 しかしそれで生まれてきた俺にとっては、何をやってもうまくいかないダメ親父にすぎない。

 貧乏暮らしに嫌気が差した俺は、グレた。悪の道に踏み込んだ。いやひょっとすると、それは親父が俺に対して「まっとうな道を歩んでほしい」と願っていたからなのかもしれない。


 そして数々の悪事を働く中…しくじったのだ。今は銃口が目の前にある。長々と回想している場合ではない。もしかしたら、走馬灯だろうか?いやいや、まだだ。俺には切り札がある。一応。


 しかし、何を願えばいいだろう。

「殺さないでくれ」とか「助けてくれ」か?

 この場を切り抜けることはできるかもしれないが、その後の人生が裏目ばかりになるのは避けたい。

「願い事を増やしてくれ」とか「末永く幸せに過ごせるようにしてくれ」というのはどうだ?

 そんなことができるなら先祖がやっているだろう。それに、今現在のピンチを切り抜けられない。

 でも、うまい願い方があるはずだ。もう少し考えれば思いつきそうな気がする。もう少し、もう少しだ。


 俺が頭を巡らせていたのは、実際には数秒に過ぎなかったのかもしれない。しかし、しびれを切らしたかのように、目の前のヤツが口を開く。

「遺言、言わなくていいか?せっかく聞いてやろうかと思ったのによ。聞いても忘れるけどな。ぐひゃひゃ」

 引き金にかかる指に力が入る。しまった!もう遅かったか!

 思わず、最短で出た言葉が心からの願いとなった。

「ちょっと待ってくれ!」


 …しまった。今度こそ本当にしくじった。ヤツは「ん?なんだ?」と言って、ちょっと待ってくれた。しかしそれも五秒ほどだった。

「なんだよ。なんでもないのかよ」と言ってヤツは再び引き金を引く。俺にはもう切り札もない。

「くそ。せめて痛いと思うこともないようにさっさと殺してくれ」

 そう願い、目を閉じた。


 俺は、死ななかった。銃弾は急所を外れた。その直後、警察が踏み込んできて、ヤツを取り押さえた。

 俺は奇跡的に死ななかったのだが、銃弾は急所近くに留まっており、摘出は不可能だった。そしてそれは俺から身体の自由を奪い、死んでしまいたいと思うほどの激痛を常に俺に与え続けることになった。

「ああああっ。もう死にたい!」と願い「いっそ、世界が滅んでくれればいいのに!」と心から願わない日はない。

 世界は、これから永遠に平和なのかもしれない。永遠に。

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