【ラブコメ】焼き鳥が登場する物語を語るラブコメ ~お題は「焼き鳥」じゃなくて「焼き鳥が登場する物語」だよね?~

※KAC2022 お題:焼き鳥が登場する物語



 上司の送別会で居酒屋に来ている。


 三月――年度末のクソ忙しい時期で、この課長のことは正直好きじゃなかったから、別に参加しなくてもよかった。


 のに、こうして律儀に参加しているのは、俺が長い物には巻かれるタイプだからである。流れにあえて逆らうこともない。


 コースと飲み放題で約五千円。端数が幹事のふところに入るのは手間賃だからまあいいとして、ちょっと高過ぎやしないだろうか。千円とまではいかなくても、あと五百円は下げられただろう。


 そんな文句も、もちろん口に出したりはしない。


 せめて新たな出会いでもあれば、と思っても、部署内の飲み会なのだから、参加者は全員とっくに出会っている面子めんつだ。


 向かいで焼き鳥を串から外しているのも、普段から大変お世話になっている事務の須崎すざきさんだ。契約書締結のための社内手続きから経費清算に至るまで、事務関連業務を一手に引き受けていてくれて、俺たち営業は彼女に頭が上がらない。


 その須崎さんが飲み会にいるのはとても珍しかった。どれだけ忙しくても爆速で仕事を終わらせて帰っていくので、定時後の姿を見ることすらまれだ。どういう風の吹き回しだろう。


「焼き鳥が登場する物語って何がありますか?」

「え?」


 須崎さんが突然話しかけてきた。目線は焼き鳥に釘付けのままだ。


「焼き鳥が登場する物語です。焼くのでも、食べるのでも」


 焼き鳥? なんで焼き鳥? なんで物語?


 焼き鳥、焼き鳥、焼き鳥――。


「『マッチ売りの少女』かなぁ?」


 思い浮かんだ作品名を告げると、須崎さんが顔を上げてぽかんとした。


「え、知らない? マッチ売りの少女。マッチが燃えてる間だけ夢が現実になるグリム童話」

「グリムではなくアンデルセンです」

「あれ、そうだっけ?」


 童話の作者なんて覚えてない。


「マッチ売りの少女に焼き鳥なんて登場しましたか?」

「ご飯の願い事をしたときに鳥の丸焼きの絵があったような気がするんだけど……俺の読んだやつだけだったのかな?」


 おっかしいなぁ、と頭をかくと、須崎さんがぷっと小さく吹き出した。


「七面鳥の丸焼きが描かれていた可能性は高いです。でも、鳥の丸焼きを焼き鳥だと思うなんて……面白い発想ですね」


 ふふっと須崎さんが笑う。


 あれ? 須崎さんってこんな顔だったっけ?


 なんか、いつもより――。


「他には何かありますか?」


 もっと笑わせてみたい。


「そうだなぁ……『火の鳥』とか?」

「手塚治虫の? それ、焼けた鳥っていうより、燃えてる鳥じゃないですか」


 やった。ウケた。


 くすくすと笑う須崎さんの顔は――というか雰囲気がやっぱりいつもと違う。


 白いブラウスと紺のカーディガンに膝丈ひざたけの黒いスカート、という服装には違いないのだが、少し華やかなような……。


 気になってじっと見つめていたら、須崎さんと目が合った。


 バチッと音が鳴ったかと思った。


「何です?」

「え、あ、いや、なんでも、ない、です……」


 なんだこれ、なんだこれ。


 ドッドッドッドッドッと心臓の鼓動が速まった。


 いぶかしげに見る須崎さんの前で、赤くなっていく顔をそらせる。口を片手で覆うが、隠せている気がしない。


 ちらっと須崎さんを見ると、もう俺の方なんか見ずに、焼き鳥を串から外す作業を再開していた。


「あ、髪……」


 後ろに一つにくくっている須崎さんの長い髪。横から前に垂れているその先が、くるくると巻いてあることに気がついて、思わず声に出る。


 パッと須崎さんが顔を上げた。


 わずかに見開いたその目がパッチリとしていて――。


「メイクも違う?」


 いつもよりも顔立ちがくっきりはっきりしているように見えた。


 俺の指摘を受けて、須崎さんはビクッと肩を震わせたあと、かぁぁぁぁっと赤くなっていった。


 耳まで真っ赤だ。


「あ、あー……そういうこと……」


 いつもは参加しない飲み会に、いつもはしていないオシャレをしてくる理由。


「そんなんじゃ……ない、です……」


 目をそらしてもごもごと言う様子を見て、胸の中がもやっとした。


 課長には奥さんもいるのに。


 なんだか気に入らなくて、話題を戻すことにした。


「須崎さんの思う焼き鳥の物語って何ですか」

「私は『山賊さんぞくダイアリー』ですね」

「山賊?」

「はい。狩猟免許を持ってる人が描いている漫画です。実際に体験した狩りの話が描いているんです。鳥とか鹿とか。その中に、ヒヨドリの焼き鳥が出てきます」

「へぇ。そんな漫画があるんですね」

は正直上手ではないんですけど、すごく面白いです。猟期の間は休載になるんですよ」


 楽しそうに話す須崎さんが、急に可愛く見えて困る。今までこんな風に見たことなんてないのに。


 俺は周りを見渡して、誰も自分たちに注目していないのを確認した。


 少しだけ顔を近づけて、こそっと言う。


「あの、今度、焼き鳥を食べに行きませんか。ヒヨドリ食べられるとこ、探しておくので」


 精一杯の誘い文句だった。なぜかこの機会を絶対に逃してはいけないと思ったのだ。ヘタレだから、二人で、とは言えなかったけれど。

 

「えっ?」


 須崎さんは驚いたような顔をしたあと、また顔を赤くさせて、こくり、と小さくうなずいた。


 あれ、これ、期待してもいいのか?



 * * * * *



「あの時は、何でもいいから話しかけようと思ってて、目の前に焼き鳥があったから、それで……。言ってから、そりゃないよって自分でも思った」


 ふと思い出して当時のことを聞いてみると、妻からはそんな答えが返ってきた。

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