【SF】 寄生されたら能力者になった件 ~ある日私は小さな生き物に寄生されました~

※KAC2020 お題:拡散する種



 私は生まれた時から海底で暮らしていました。


 地球はだいぶ前に天変地異に見舞われ、オゾン層のない地上は紫外線や宇宙線が飛び交っていました。海水はそれらを緩和するため、海底は最も安全な場所とされていました。


 しかしその海も安全とは言えなくなってきたきたのです。よりによって私たちの居る海から、猛毒ガスが生まれるようになりました。


 かといって、地熱から細々とエネルギーを得ていた私たちには、他の場所に移動する選択肢はありません。


 防壁が毒ガスにやられ、死んでいった仲間を何度も見ました。


 毒ガスの届かない場所を求めて、地下へと居を移すことを決めた仲間もいました。地面の中はそれはそれで危険だとされていたので、私はついて行きませんでした。冒険はできなかったのです。


 その後その仲間たちがどうなったのかは知りません。生き残ってくれているといいのですが。


 毒ガスに侵されていく防壁を直し、獰猛どうもうな怪物の目を盗んで食べ物を探し、時には仲間の死体をも利用して、私たちは何とか生きていました。




 ある日、私は小さな生き物に寄生されました。


 その子は海の中を悠々と漂っているような、毒ガスにめっぽう強い特別変異した生き物だったのですが、私は食べ物と一緒に食べてしまったのです。


 おなかの中にその子がいるのがわかりました。しかも増殖しています。何度も吐き出そうとしましたが、徒労に終わりました。


 どうやらその子は私が食べたものを栄養源としているようでした。そして特に私に害はなさそうでした。腹の中でうごめいているのが気持ち悪いだけです。


 吐こうとするのも体力を消耗するので、悪影響がないなら、と放っておくことにしました。


 私はその子をペットだと思うことにしました。そうだ、名前をつけましょう。


 私は、その子に名前をつけ、ミィと呼ぶことにしました。




 ミィに寄生されてしばらく経ったとき、私は体の異変に気がつきました。


 体にエネルギーに満ちあふれているような気がするのです。実際体の動きが速くなり、普通だった私は体力面で仲間たちを凌駕りょうがするようになりました。しんどい作業も楽々とこなせるようになったのです。


 そして一番の変化が、毒ガスに耐性がついたことです。どうやらミィが毒ガスを中和しているようなのです。それどころか、そこからエネルギーを取り出し、私に渡してきているのでした。さしずめ家賃というところでしょうか。


 能力者となり食料確保が容易になった私は、子どもにも恵まれました。子どもを作ることは奨励されていたので、有り余る体力を使ってそれはそれは励みました。


 ミィはちゃっかり子どもたちの体の中にも子どもを住まわせていて、私の子どもたちも能力者になりました。孫が生まれ、ひ孫が生まれ、年を取ってからも体力の続く限り私も励み続けたこともあって、私の子孫はどんどん増えていきました。


 子どもたちは互いに手を取り合い、他の仲間では到底できないことを成し遂げていきました。やがて地上の環境が整ってきたこともあり、子どもたちは地上へと居を移すことを決めました。


 子どもたちはひと所に留まったのち、徐々に勢力範囲を広げていきました。


 こうして私の子孫は地球中に散らばって行ったのです。もちろんミィも一緒に。

 



 ミィの本当の名前はミトコンドリア。


 動物、植物、菌類といった私たち真核生物が地球上で繁栄できたのは、ミィのおかげです。毒ガスだった酸素を取り込み、エネルギーを生み出すことができるようになったからなのです。









~~解説~~


 ミトコンドリア(=ミィ)及びミトコンドリアと生物との関係について解説します。



 ミトコンドリアとは、私たち人間を含む真核生物の細胞の中にある一器官の名前です。呼吸によって得られた酸素からエネルギーを取り出し、二酸化炭素を排出します。


 真核生物とは、遺伝子が細胞の中の「細胞核」の中に収まっている生物のことです。


 遺伝子とは、いわゆるDNAです。つまり「真核生物=DNAが核に入っている生物」です。核がなくて、遺伝子が細胞内に漂っているだけの生物を「原核生物」といいます。核ないんだから無核生物とかにすればいいのに。


 この世界のありとあらゆる生物のほとんどは真核生物です。哺乳類ほにゅうるいは元より、動物や植物、きのこなどの菌類、ミドリムシやゾウリムシなどの原生生物もそうです。


 じゃあ逆に原核生物って何よっていうと、細菌(バクテリア)やアーキア(古細菌)です。真核生物はアーキアから生まれたそうです。


 本編の「私」は「アーキア」です。



 

 生物が地球に誕生した頃、地球にはまだ酸素が存在していませんでした。オゾン層は酸素原子でできていますから(O3 ※3は下付き)当然オゾン層もありません。


 しかし、しばらくして、太陽の光と二酸化炭素から酸素と炭素を作り出す原核生物、シアノバクテリア(藍藻)が生まれました。つまり光合成が行われるようになったのです。


 シアノバクテリアは爆発的に増えました。


 その結果、地球上の酸素も爆発的に増えました。これにより海水中に存在していた鉄分が酸化鉄となり、海底に降り積もって地層を作ったりしています。


 この酸素、実は生物にとっては毒です。


 酸素は非常に反応性の高い物質で、鉄が「びる」ように色々なものにくっつこうとします。水も酸素と水素がくっついたものですね。


 活性酸素はお肌に悪いとか言いますよね。食品にも酸化防止剤としてビタミンCが添加されていることがほとんどです。生物……というか、物質にとって、酸素は物質を変化させてしまう厄介な物なんです。


 中学の理科で習った記憶はありませんか。傷口に消毒液(オキシドール)をつけるのは、血(の赤血球のヘモグロビン)に含まれる鉄分とオキシドールを反応させて酸素を作り出し、それが細菌を殺すのだと。じゅわっと生まれる泡が酸素です。


 今では有用な細菌も殺してしまうので消毒液をつけないのが正しいらしいので、体験したことのない方もいるかもしれませんね。


 とにかく、酸素は生物を殺すことができます。


 ここでミトコンドリアの出番です。


 ミトコンドリアはこの活性の高い酸素を逆に利用し、炭素と酸素から二酸化炭素を作り出すことでエネルギーを得ることに成功しました。


 そしてこの小さなミトコンドリア、いつのまにやらまだまだ単細胞だった真核生物の中に入りこんでました。たぶん食べちゃったんでしょう。真核生物も、あれ、こいつエネルギーくれるじゃん、ということで、そのまま体の中に住まわせることにしました。


 寄生――というか、共生関係になったのです。


 効率よくエネルギーを得ることができるようになった真核生物は、生物界の覇者となりました。ちっさな細胞でしかなかった真核生物は、進化を重ね、多細胞生物となり、長い長い年月を経た結果、今の生物が生まれたのです。


 ちなみに、光合成をする小さな緑色の細胞器官の葉緑体も、シアノバクテリアが入りこんじゃったものと言われています。植物が光合成(光と二酸化炭素から酸素と炭素を取り出す)と呼吸(酸素と炭素から二酸化炭素を取り出す)の両方をするのはミトコンドリアと葉緑体の両方を持っているからです。




 解説がないとわからないお話というのはだいぶかっこ悪いですね。読んでみて「???」と思った方、これで本編を少しでも楽しんでもらえると幸いです。

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