麻雀を極めれば天下を取れる異世界なんてどうでしょうか? ただし捨て牌でも攻撃できます。
蝶知 アワセ
一章1 『九種九牌』
四人の襦褲(じゅこ)を着た男が、正方形の机の四辺にそれぞれに座っている。
襦褲は所々当て布をされており、生地もよれてかなり使い古されている。髪も適当に布で巻かれているだけで、誰も見た目には大して気を遣っていないようだった。
パンっ、小気味いい打音が響き、続いてパラララララと雨音を整列させたようなリズミカルな音が鳴る。
「ロンッ! 断幺九(タンヤオチュー)、ドラ三は4翔30符、11600だぜ!!」
狭い一室にカバっぽい顔男の胴間声が響く。
カバ顔の前にある机には牌――麻雀(まーじゃん)に使う文字や数字の書かれた直方体の小道具や点棒、賽(さい)に起家札などが置かれている。
同席している他三人の視線は、カバ顔が自慢げに両手で示している十四枚の札に向けられていた。
そこには漢数字で書かれた萬子と呼ばれるものと、竹串もしくは縄がデザインされた索子と呼ばれた二種類の札、計十四枚が並べられていた。
仲間の一人、猿じみた顔のヤツが頭を掻いて言う。
「うわっ、リャンソウ単騎待ちかよ。よくそんなんで突っ張ったな」
「グハハハハハ! 俺様の豪運があれば、絶対に上がれるんだよ!」
「よく言うぜ。お前さっき、オイラの満貫に振り込んでただろ?」
「う、うるせえよ! とにかく次だ、次」
カバ顔が洗牌しようとしたところ、トサカ頭の男が申し訳なさそうに言った。
「あ、ワリ。俺っち、今日はもうそろそろ帰らにゃならんのさ」
「んだよ。じゃあこれで終局ってことにすっか」
男達はガチャガチャと自分達の点棒を数えて点数計算をしだす。
その様を俺はカウンター越しに眺めていた。
「くっそ、あと二千ありゃ、俺様がトップだったじゃねえか!」
カバ男が悔しがるのを、トサカ頭が笑う。
「悪いねえ、結果的に俺っちが勝ち逃げってことか」
「おいおいお前、わざとじゃねーだろうな!?」
「まさか。んじゃ、そういうことで」
トサカ頭はひらひらと手を振って去っていく。
卓にはカバ顔に猿顔、それとゴリラみたいにごつい男が残された。
「あー、一人欠けちまったな。どうする、三麻にするか?」
「三麻かあ。まあ、悪かぁないけど……」
カバ顔が振り返って俺のことを見やり、大声で言ってきた。
「なあ、マスターさんよぉ! ちっとばかし、付き合ってくんねえか?」
「……俺か?」
「ああ。前から一度、マスターとも打ってみたいと思ってたんだよなあ」
「お、そりゃ同感だ。オイラもマスターがどんな打ち方すんのかとか、気になるぜ」
俺は一度肩を竦めて、かぶりを振った。
「おいおい、ここの店名を忘れたか?」
「九種九牌(きゅうしゅきゅうはい)ってか? グハハッ、縁起の悪い名前だな」
「でもよ、上手くいきゃ、役満が狙えるかもしれねえだろ?」
「っす」
ゴリラ男が猿顔に同意するようにうなずく。
それをカバ顔がひらひら手を振って否定する。
「ないない。だってよ、役満だぜ? そう簡単に上がれるかよ」
「ハハハ、だよなあ!」
彼等は俺のことをすっかり忘れたように、洗牌して三麻を始めようとしていた。
俺も盃を洗うのに戻ろうとした時。
「イヤァアアアアアッ!」
外から空(くう)を震わせる女性の悲鳴が聞こえてきた。
男達はビクッと体を竦ませて互いに顔を見合わせる。
俺は悲鳴の聞こえてきた方角から、大体の位置を特定する。
……おそらく悲鳴の主がいるのは、あの陰気な裏道だろう。
しゃがみ込んでカウンターの下の桐箱から、あるものを取り出す。
それを手に、俺は駆けだし、店を飛び出した。
背後でカバ顔達が何かを言っていたようだが、それは無視した。
外は深夜の深い闇に覆われ、視界が悪かった。
俺は割に夜目が利くが、それでも慣れるのに時間がかかりそうだった。
裏道前の角まで辿り着き、そっと顔を覗かせ様子を窺う。
大人の男が二人、手前に地面にへたり込んだ少女が一人。
その男達が身に纏っている袍(ほう)のデザインに、俺は思わず「あっ」と声を上げそうになってしまった。
胸元に鳳凰の刺繍をあしらっている。
アイツ等多分、王宮関係の人間だ。
さっき店でさんざっぱら見てた男と違って身なりもいいし、間違いない。
しかし王宮の人間がこんな貧民街に一体、なんの用だ?
徴税にはまだ時期が早いはずだが……。
俺が考え込んでいると、男の二人の内、太っちょの方が口を開いた。
「おいオメェ、よくもまあ逃げ回ってくれたでごわすな」
のっぽの方も続けて言う。
「ったく、手間ぁかけさせやがって。大人しく捕まってりゃ、今頃のんびり晩酌できてたってのにっす」
すかさず少女が口で反撃に出る。
「なんでアンタ達のために、大人しく捕まんなきゃなんないのよ!? ってか追っかけられれば普通逃げるでしょうが!」
なかなか気丈である。
へたり込んだとさっきまでは思っていたが、もしかしたら転んで足を捻ったせいで立てなくなっているのかもしれない。
「チッ、反抗的なヤツでごわす」
「可愛げもありゃしねえっす。どうして陛下は、こんなヤツを捕まえてこいなんて命令なされたっすかねえ?」
「んなこたあ、考えたって仕方ねえでごわす。オラ達はただ陛下のご命令に従ってればいいでごわす」
「それもそっすね」
男達はじりじり少女に迫っていく、彼女は地面に尻をついたまま後ずさっていく。
「こっ、来ないでよ!」
「来るなと言われれば、逆のことをしたくなるのが普通じゃないでごわすか?」
少女の焦りがにじみ出た声に、愉悦に顔を歪ませた太っちょ。
助けが来る気配はない。
できればこのまま見なかったことにして引き返したいが、それじゃあ寝覚めが悪い。
俺は覚悟を決めて、角から躍り出て少女と男達の間に割って入った。
ヤツ等は不機嫌さを丸出しに、俺に噛みついてくる。
「なんでごわすか、オメェ」
「邪魔すんじゃねえっすよ!」
「俺も見なかったことにしたかったんだが……、お天道さんと美女の面(つら)を胸張って眺めるのが生きがいなんでな」
手に持っていた扇子を、男共に突きつけて俺は見栄を切った。
「今すぐこの場から立ち去れ。無用なケンカは、お前達もしたくないだろう?」
俺のセンスをしげしげ眺めた男達の顔に、次第に笑みが広がってくる。
さながら、獲物を見つけた肉食獣がごとき残忍さ溢れる顔面だ。
「へえ。まさかこんな廃れた街に、家宝(チャーポー)を持つヤツがいるたあ、驚きでごわす」
「それを持って帰れば陛下も大喜びで褒美をくれるかもしれねえっすね」
「もしかすると、重鎮(じゅうちん)に取り立ててくれるかもしれんでごわす!」
男達は同時に腰に吊るした剣を抜き放ち、構える。
「にっ、二体一なんて卑怯よ!」
少女が言うも、男達は下卑た笑いを浮かべるだけである。
「だったらオメェも参戦すればいいでごわす」
「まあ、家宝を持っていればの話っすけどね」
少女は歯噛みをしてヤツ等を睨みつける。
どうやら俺一人で戦わねばならないようだ。
こうなったらもう、腹をくくるしかない。
俺は息を吸い、高らかに開戦を宣言した。
「开天辟地(カイ・ティエン・ピー・ディー)!」
直後、宙に十三枚の牌が出現した。
男達の前にも同様に牌が現れる。ただし向こうの牌はこちらには見えない。
太っちょの前にだけ、十四枚の牌がある。ヤツが親というわけだ。
宙に一枚だけ浮いている牌には八萬と書かれている。ドラ表示牌だ。
九萬つまりチューワンを持って上がれば翔が上がり、点数が加算される。
俺の手元にはそのチューワンが一枚あった。
運がいいわけではない。
牌はまったく並んでおらず、一と九、字の牌が並んでいる。
九種九牌と呼ばれるものだ。
これは牌の並びが悪く、上がることが困難な手牌を指して言う。
かけっこに例えるなら、向こうが30丈|(約100メートル)地点スタートなのにこちらは1里|(中国では約500メートル)と倍以上の差をつけられているのに等しい。
端(はな)から負けを覚悟していたとはいえ、いざ現実を突きつけられると心に来るものがある。
降伏をしようか、そう思った時。
少女が言った。
「聴牌(テンパイ)ね」
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