4.
その晩、光はふつふつとした怒りを抱えたまま眠りについた。
次の日の朝。自転車を漕ぎながら、隣の拓馬に言う。
「どうしよう、拓馬。野々花と先輩の仲を取り持つつもりが、私が野々花とケンカしちゃった……」
一晩明けると光は言い過ぎたことをすごく後悔していた。
光は拓馬と付き合うとき、野々花が間を取り持ってくれた。つまり、すごくスムーズに付き合いだしたのだ。だけど、野々花と紘道先輩は違う。学校が同じという以外の共通点はない。光の場合、拓馬が告白してくれたけれど、野々花の場合は会うことすらいつも一瞬だ。
「野々花の気持ち考えずにずけずけ言っちゃった」
いつもの道なのに、いつもより自転車のペダルが重く感じる。
「野々花に謝るのか?」
「謝りたいけど、野々花は会ってくれないかも」
野々花は意外と頑固なところがある。だから、レイアとも会っていない。昨日、怒らせたからきっと今日も食堂には来ないだろう。
「分かった。俺に任せろ」
拓馬が前を向いたまま、しっかりと言う。
「任せろって言っても」
「俺が今日、野々花を食堂に連れて行く。隣のクラスだしな」
拓馬は口の端を僅かに上げて笑う。それを言うなら、光だって野々花とはそんなにクラスは離れていない。でも、野々花と顔を合わせると、光はまた言いたいことを我慢できずに言ってしまいそうだ。
「お願い」
きっと拓馬が間に入っていれば、野々花と仲直り出来るはず。そう思って、光は頷いた。
授業中も、光は集中できなかった。四時間目は時計の針が十二時に来るのが待ち遠しいような、来ないで欲しいような。そわそわとシャーペンをノートに滑らせながら、時間を待った。
授業が終わるベルが鳴る。光は勢いよく立ち上がり、食堂へと走った。途中、サッカー部員とすれ違う。
「そんなに腹減っているのかよ、光」
「違う!」
別に急いで食堂に行っても、野々花が来るのが早くなるわけではない。それでも光は早く席に座って、万全の態勢で野々花を迎えたかった。
食堂に入るとほとんど人はいない。光はどうしようかと迷ったけれど、調理場でカツカレーを注文する。何かの話題にいいかと思ったのだ。拓馬がいるけれど、いつもの四人で食べるのは久ぶりだ。自分もレイアも早く野々花に謝って、楽しくご飯が食べられたなら、また野々花の恋バナに花を咲かせよう。
それから少しすると、レイアと夕美が並んでやってきた。二人には野々花とケンカしたことを今朝、メッセージで伝えている。
「光、カツカレーって、誰に勝つつもりよ……」
夕美が呆れたように言う。
「別に、誰に勝つつもりもないって。ただ、いつもの野々花なら笑ってくれると思ったんだけど、あれ? 謝らないといけないのに不謹慎かな」
「いいえ。二人で野々花ちゃんに謝って勝利を掴みましょう!」
レイアが両手に拳を作って、気合を入れた。なんだか頼もしく思えた光は、うんと頷いて右手で拳を作る。
「はあ。まあ、私がどうにかするから、二人とも安心していいよ」
本当に頼もしいのは夕美の言葉だ。
席に座った光とレイアは、目の前の昼食には手を付けずに、ソワソワと野々花が来るのを待つ。
「もうちょっと落ち着きなさいよ」
「いや、夕美は野々花とケンカしていないから、落ち着いていられるけどさ。野々花って、普段怒らない分怒ったら中々元に戻らないんだよね。……やっぱり、私、仲直り出来ないかも」
「私もちゃんと謝れるか自信ありません」
「いや、レイアの場合は大丈夫。問題は私。――レイア、スマホ震えているよ」
レイアが机の上に置いていたスマホを手にして操作した。
「あ。紘道先輩です。野々花ちゃんは今日も食堂に来ないのか、ですって」
「……ちょっと待って、レイア。まさか、紘道先輩とやり取りしているの?」
光は自分の口元がヒクヒクいっているのを感じる。
「はい。数回ですけれど、やっぱり紘道先輩も野々花ちゃんが来ないと調子が狂うみたいです。パン屋さんでもほとんど話すことがないそうで、心配ですね」
ケロッとした顔でレイアは言うけれど、光は我慢ならなかった。
「レイア、本当に野々花に謝るつもりあるの? 連絡先、消すって言っていたじゃない」
「えと、やり取りって言っても、本当にほんの少しですよ。紘道先輩にはソフトクリームもごちそうになりましたし、お礼を言わないといけなかったですし」
「ソフトクリーム⁉」
初耳な情報に思わず光は立ち上がった。
「なんで、紘道先輩とレイアが一緒にソフトクリームを食べるの!」
「光、落ち着いて」
興奮している光に夕美も立ち上がって、肩に手を置く。
「それは、その……」
レイアはうつむいて、肩を震わせている。すぐにはっきりと言えないということは、何かやましいことがあるのではと思ってしまう。まさか、本当に紘道先輩はレイアに近づくために野々花に近づいたのでは。
「拓馬くん! 待って!」
そのとき、野々花の声が聞こえた。
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