社会に殺された少年。

ためひまし

 なんだか街の中が騒がしい。数人がこぞってスマホを持っている。なんだか珍しいことでもあったのだろうか。そう思って、近寄ってみる。大人の壁はどうも高かった。見ようにも隙間から覗いてみる。人が、女性が倒れている。

 倒れている女性を囲んでフラッシュを焚く雑踏の群れを割いてぼくは飛び出した。見るに耐えなかった。息はしていない。AEDは飛んでは来ない。最善は尽くしたつもりだ。

 ぼくは人命救助に失敗した。見つけたときはもう遅かったのかもしれない。遺族の方には申し訳ない気持ちで張り裂けそうになる。高校生で助けに入ったぼくのせいだろうか。ろくに勉強もしてなかったからだろうか。けれど、助けられなかったことは事実だ。ぼくの腕が足りなかったから、ただそれだけで片付けられる問題だ。

 ぼくの腕の中で冷たくなっていく一人の女性。ぼくよりよっぽど充実した生活を送ってきただろうに。彼女はぼくに殺されたのだ。


 記者会見が開かれ、両親は街の中で誰一人として助けなかったことに触れ逆鱗だった。他にも医療ミスだなどとほざいていた。

 あれからというものぼくには触覚がない。味覚がない。嗅覚がない。五感の大半は感じられなくなっていた。何をするにしても実感の湧かない生活。どうしても宿ってしまう罪の意識。『自分がもっと』という考えに苛まれる。

 この頃の部屋の暗さ、部屋の汚さはぼくの心の中を投影してたのかもしれない。


 いつの日か遺族の方がぼくのもとへ現れた。ぼくは合わせる顔もなかったが、どうしてもと言うので仕方なく会うことにした。


 「あんたが! 私の娘を殺したんだ! 呪ってやるからな!」


 頭に血が上り顔の血管が浮き上がっていた。遺族の母親が放ったその言葉によって埃かぶっていた記憶が繊細に思い出される。胸骨圧迫の黒いシルエットが浮かび、そのシルエットが首を締めている図と重なり吐き気がする。しゃがみ込むぼくにまだ何か怒鳴り続けているようだったが何も聞こえない。ぼくには反撃の余地はないのだろうか。正義が粛清されるこの世ではなにが正義だろうか。ゆっくりと貧血にくらみながら立ち上がる。


 「分かりました……今から死んできます。遺書に『罪の意識に苛まれ続け、耐えられなくなった』とそう書いて死んできます。

 「物事の側面も見れないバカに言われたので死んできます。せいぜい人を殺した感覚に苛まれろよ」


 ぼくには地獄が似合うんだろう。そうだ似合うんだろう

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社会に殺された少年。 ためひまし @sevemnu-jr

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