第6話 エミールのこと
エミール。
彼は、僕の
はっきり言おう。
セックスフレンドだった。
いきなりこんな告白をして申し訳ないけど、最終的にはその関係が主体になったのだからそう言うしかない。十四歳でこんなこと覚えるなんて非常識だというのは分かってる。でもどうか責めないで、少しだけ言い訳させて欲しい。
僕は、小さい頃から化粧の好きな子どもだった。鏡の前でこっそりと母親の口紅を塗ってみたことは数知れない。男の子の服よりも女の子の服の方が可愛くてうらやましかった。そういう子どもだった。
いわゆる思春期というやつになった頃には、自分が女の子にときめかないのも分かっていたし、どうしたって男の体の方に妙な興奮を覚えるのも自覚していた。
でも僕はまだそれをはっきり認めたくなくて、それは誰にも言えない秘密だった。きっと第二次性徴期のせいでホルモンが不安定な時期で、だからもうちょっと大きくなったら本当に男になって、きっとこういうのも治るんだろうって思おうとしていた。僕はクローゼットの中に隠れるさらにその前の段階にあった。
それをひっかきまわして僕に自分の本質を認めさせたのがエミールだ。
エミールと僕は地元のコレージュで三年間同じクラスにいた。バス停の屋根に上ったり、急に道端で歌い出すような変な奴だったけど、そういうエキセントリックで突拍子もないところが僕は好きだった。あと、変人なのに顔だけは妙に端正だったから。
三年目には僕たちは一番仲の良い友達同士になっていて、学校が終わったら一緒に宿題をするという名目で僕はしょっちゅう彼の家に行った。
彼の両親は共働きで帰りが遅い。お姉さんは大学生でもう一緒に住んでいない。だからエミールは親が帰って来るまで王様のようにアパートを好き放題に使っていた。といっても、彼の部屋でゲームをしたりマンガを読んだりして過ごすだけなんだけど。
僕の家はなぜかゲームやマンガが禁止で(母は禁止事項の多い人だった)、だから彼の家でしか、そうやって遊べる機会もなかった。僕はエミールの勧めてくるアクションや冒険もののマンガよりも、お姉さんの本棚で見つけた「ベルサイユのばら」にひとめぼれした。それが日本のマンガであることにもっと驚いて、それならいつか日本語で読みたいと思った。
話が逸れた。
あれは春のバカンスの前ぐらいだった。ある日エミールの部屋に行くと、彼はどこから仕入れたのかエロ雑誌を二冊、マットレスの下から引っ張り出した。なんだよ、それ? と訊くと、エミールはへへへ、と変な顔をして笑った。
「競争しよう」
彼が言いたいのは、それぞれが自分のおかずを前にマスターベーションをして、どっちが先に終わるかを競おうという、非常に中学生的な幼稚な提案だった。
「やだよそんなの」
「いいじゃん、やろうよ。どうせお前とおれだけなんだから」
僕はまずいことになったと思った。だけどあんまり頑固に断ったらかえって怪しまれるんじゃないかと変に先回りして考えてしまい、結局その競争をすることになった。
分かってる。どんな豊満な女性の肉体を見ても僕はまったく反応しない。どんなに胸が大きくてもどんな恥ずかしいものを見せられてもダメなんだ。僕は自分も同じことをやってるふりしてエミールが終わるのを待ち、彼が勝ったってことで満足させてその場をなんとかやり過ごそうと決めた。
無邪気にその競技に集中できない人間にとっては、相手がいかに心を許した親友だろうとやっぱり心地が悪かった。お互いに背中を向けていても、エミールの気配を感じる。彼が背後でなんかやってる。そう思うとそっちの方がムラムラしてくる。僕はそっとエミールの背中を振り返ってみた。右手がせわしなく動いている。その隙間からそこだけ別の生き物みたいなものが見える。その途端、僕の体が急激に反応した。
その時、エミールが突然振り返った。ぎくりとした僕の目を見て、
「やっぱりな。そうだと思ってたんだ。おれ分かってたんだ」
賭けに勝ったような得意げな顔をして、ニヤッと笑った。
試された、正体を見破られたと焦った瞬間、彼は僕にキスをして──これ、初めてのキスだったんだけど──、僕の手を引き寄せ、
「触らせてやるよ」
雑誌をそっちのけにして、不器用に唇をぶつけながら、彼は僕の手の中で終わった。
それが始まりだ。
それからはゲームやマンガの代わりにそっちが遊戯になった。一度覚えたら僕たちは味を占めた。自分ひとりでは扱いきれない幼い性欲を満足させるためにお互いの体を使った。僕が日本に引っ越すまで、その関係はこっそりと続いた。
クローゼットにすら入っていなかった僕は、こうしてはっきりと自分の性的指向を認めさせられた。
その時から現在に至るまで、僕はホモセクシャルである。
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