三章7 『学園長室での対談』
「女子ってのは恐ろしいものだな」
四限目が終わっての昼休み。
俺はエンジュに呼び出され、学園長室にいた。
今は彼女と向かい合わせに、艶やかな木目のマホガニーでできた机を挟んで座っている。
無駄に西洋風に洒落た内装は、大層値の張る品々によって構成されているのだろう。趣味はいいが、関心はしない。
テーブルの上には二つの有田焼(ありたやき)のカップ――それは職人が手描きで作った品で、花弁(はなびら)の一枚一枚まで丁寧に彩(いろど)られた桜の花が美しかった――が置かれており、琥珀の湖面から薄っすらと湯気が立ち上っている。
砂糖を絡めた落花生を頬張っていたエンジュは、口と腹を押えて笑い出した。
「なんだ、柄にもなく。『可愛い女の子は最高!』がお前の信条だろう?」
「まあ、そうなんだが。でもその、今日更衣室で……」
俺は一部始終、ことの発端(ほったん)から顛末(てんまつ)まで簡潔に彼女に話した。
「ふはっ、ハハハハハハッ!」
「いや、笑うなよ!? こっちは大変だったんだぞ!」
「ふっ、はは……。まあ、だとしてもさ。よかったじゃないか」
「何が?」
「嫌われたり避けられるよりかは、マシだろ?」
「確かにそうだけどさ。でも、ビックリした」
「自分のモテっぷりにか?」
「……そういうことになるのかもしれないが。言い方を変えれば、境遇の変化だな」
「どういうことだ?」
俺は一旦、ダージリン・ティーで唇を湿らせて続けた。
「手の平返しだよ。前まで腫(は)れ物扱いだったのが、今日はマスコットキャラクター的な扱いだぞ。戸惑わない方がおかしいだろ?」
エンジュは「なるほどね」と一回うなずいた。
「あたしには、女子達の思いはわからなくはないよ」
「聖霊領域を救ったヒーローだから?」
「ヒーローというよりは、ヒロインだけど。ま、それはいいさ」
落花生を手の中で弄(もてあそ)んで――砂糖で手がベタベタになりそうでイヤだなと俺は顔をしかめた――エンジュは言った。
「おそらくは、天神に愛洲っていう正妻(せいさい)がみつかったからさ」
「……とせがらは好きだが、俺とアイスはそういう関係じゃないぞ?」
「とせがら?」
「知らないのか? とせがらっていうのは、男が女体化して女の子とイチャイチャするっていう超極上のカップリングの一つなんだぞ! 特に男が女の体に慣れてないところを、女の子が手取り足取り乙女としての作法を教えていくところが萌えポイントで……」
「ああ、はいはい。わかった、わかった」
雑に理解の意の返事をしてくるエンジュ。まだまだ不完全燃焼ではあるが、嗜好(しこう)の押し付けはよくないので大人しく引き下がることにする。
「とせがらねえ。まるで天神とポテンみたいだな」
「え? ティアが……」
急に出てきたティアの名に、俺の心臓はギュッと縮み上がる。
「ああ。だって最初に女になった日に、保健室でスカーフの結び方を教わってただろ?」
「み、見てたのかよ……」
「いいや。ポテンの方から言ってきた。『さっき天神さまに、スカーフの結び方を教えてさしあげたんです』って」
「……へ、へえ」
「『天神さまったら、ぽってお顔を紅く染められて。ふふ、すごく可愛らしかったんですよ』とも言ってたぞ」
「う、うう……」
「今みたいに」
「あ、紅くなんかなってないって!」
「いや、なってるから。鏡見せてやろうか?」
コンパクトを取り出そうとしたエンジュを俺は一喝(いっかつ)によって制した。
肩で何度か息をする。
「……なあ、エンジュ」
「なんだ?」
「ティアは、今はどうしてるんだ?」
「さあね」
「さあねって……お前の助手なんだろ?」
僅かに声が険を含んでしまっていたが、エンジュは気にした風もなく返してきた。
「軍がポテンの件には介入してきたんだ。元々外交関係に関しては無効に分(ぶ)があってねえ。その方面の話になっちゃ、あたしはお手上げってわけさ」
「……どうしようも、ないのか?」
「ないね」
両手を上げるエンジュ。ふざけた格好だが、その目は笑っていなかった。どこか寂寥感(せきりょうかん)のある光を湛(たた)えている。
「……本当に、どうしてこうなっちゃったのかね」
「すまん。俺が悪いんだ……」
苦渋の思いで唇をかみしめた。
「あの日、襲撃者が来た時に捕らえることができていれば……、今頃――」
「天神ッ」
すぱっと空を断つような声で、エンジュは名を呼んできた。
「あんたのせいじゃない」
「でも……」
「あまり自分を責めるな。……ポテンだって、望んじゃないさ」
そう言ったエンジュの声も、徐々にしぼんでいく。
俺はしばし悩んだ後に、話しを変えることにした。
「そういや、俺の身体検査の結果はどうだったんだ?」
「あんた、自分で聞いたんじゃないのかい?」
「いや……なんというか、心ここにあらずって感じで聞き流してた」
「あんたねえ……」
白い目で見られるが今回ばかりは弁解のしようもないので、口笛を吹いてごまかしておく。
エンジュは溜息を吐いた後に、面倒くさそうに説明してくれた。
「結果は良好。どこにも異常はなしだってさ。あと、生理用ナプキンを持ち歩くようにって言われなかったか?」
「生理……?」
「知らないのかい?」
「いや、保険の授業は真面目に受けてるが」
「……男子って大抵、保険の成績だけはいいよねえ」
「ほっとけ。でも性転換手術しただけだろ? 生理が来るはずが……」
「来るんだよ。あんたの体は」
思わず俺は自分の体を見下ろしてしまった。特に着物の下に隠れた腹を凝視(ぎょうし)する。
「……マジで?」
「ああ。妊娠も出産もできる。最先端の医療技術のおかげさね」
「そこまでする必要あったか?」
「完璧に女性になれたのに、不満かい?」
「いや、俺も何も美味しいとこどりするつもりはなかったが……」
「妊娠と出産、それに生理が悪いことかどうかは、人生次第さ。そもそも男であること、女であること――そうでないこと。どれが幸福かは、自分で決めることさ」
自分のお腹をそっと擦(さす)った。
いつか子供を授(さず)かる時が来るかもしれない――急に降ってわいた話はあまりにもショックが大きく。俺は呆然とした思いに襲われた。
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