第66話 戯言

「ほれ、好きなものを頼め。お代は儂が持つ。遠慮するな」

「は、はぁ」


 妖艶なお姉さんが沢山居るお店に連れて行かれた。これはどう行った意味で京で一番美味い店なのだろう。とりあえず、適当に頼む。


「さて、まずは互いの出会いに」


 そう行って盃を掲げる。俺も濁り酒の入った盃を掲げた。普段は治郎左衛門に止められているが少量であれば、まあ良いだろう。舐めるように酒を飲む。そんなに度数は強くないな。気をつけないとするする呑んでしまう。


「京もだんだんとまた、きな臭くなってきおったわ。六角のやつが死に、大樹殿が何処を頼るか。何か聞いておらんか?」

「さて。それより三好様の主家である細川右京様も反三好として動きましょうな」

「然り。出家して若狭に落ち延びる準備をしておるわ」


 松永が愚痴を溢す。俺もそれに合わせた。うむ、確かにここの飯は美味いな。調理法を聞き出せないだろうか。すると松永が妙なことを呟き始めた。


「京から若狭へ。だんだんと其方に近づいてきたな」


 若狭と但馬の間には丹後一国しかない。そして若狭には小浜がある。それが使えなくなると気軽に京へと向かうことは出来んぞ。しかし、また面倒なことを。溜息が出てしまうわ。


「なにやら随分な海賊を養ってるらしいではないか」


 それからまた変なことを呟く松永。おそらくは奈佐日本之介のことを指しているのだろう。一体、どこまで俺を調べ上げているのだ。


「さあ、彼の者の力は未知数ゆえ。随分かどうかは」

「そんなことはどうでも良い。そうなるとそう遠くないうちに筑前守様は丹波に出兵なさるだろう。若狭の武田と我らで戦よ」


 我らと言う言葉の中に俺も入っているのだろうか。いや、それはないはず。あくまでも三好筑前守と松永弾正のことだろう。


 確かに細川と公方様も対立している。つまり、足利と三好と細川は三つ巴の争いをしているのだ。敵の敵は味方。ただ、お前も敵だぞ。


「何が仰りたいので?」

「かーっ! 其方が若狭を攻めるのよ。それで儂と挟み撃ちにする。それで良いではないか!」


 また大胆なことを好き勝手言うものだ。そう簡単に攻め取れるわけがないだろう。そのために、まずは但馬国を奪い取らねばならぬのだぞ。


「申し訳ござらんが、それは能いませぬ。但馬国すらままならぬというのに如何して若狭に攻め入れと」

「今すぐにとは申しておらん。其方なら二、三年あれば但馬くらい獲れるであろう」


 いや、無理だろ。どうすれば俺が奪い取れるというのか小一時間ほど問い詰めたい。しないけど。んー、でも奪うとしたらどう攻めるだろうか。


 山名は先の戦での被害が大きいだろうから直ぐには動けまい。その間に田結庄と垣屋を争わせ、八木と太田垣を争わせる。火種はあるがそれは能うか。いや、難しいだろうな。


「どうした。黙り込んで」

「あ、いえ。どうすればそれが能うかを考えており申した。申し訳ございませぬ」


 しまった。松永を無視して考えに耽ってしまった。これはよろしくない。切っ掛けがあれば飲み込めるやもしれんが無理だ。そう結論付けよう。


「そうかそうか。で、どうであった?」

「色々と考えましたが、能いませぬ。申し訳ございません」


 深々と頭を下げる。金も兵も足りておらん。四面楚歌になって終わりよ。機は熟しておらんのだ。これが但馬ではなく丹後や丹波であれば下克上の芽があったものを。


「そう早合点するでない。何が足りず諦めたのだ」

「金と兵でございます。因幡も安定しておらぬゆえ、東西から攻められてしまえば我が家はあっけなく潰されるでしょう。せめて因幡を潰せれば……」


 そこで言葉を区切り食事に戻る。これで松永が諦めてくれれば良いのだが。こちらをジッと見ていた松永も諦めたのか酒を盃に注ぎ始めた。宴もたけなわ、ここらでお開きにしたいものよ。


「わかったぁ!」


 傾けていた盃をダンッと置くと、そう叫ぶ松永。思わずビクッとしてしまった。恥ずかしい。松永はフーッと息を吐くとこっちを睨め付けるように見て来た。


「彦五郎! お主に五百貫渡そう。その代わり、今年中に因幡山名氏を潰せぃ!」


 松永は相当酔っているな。おそらく明日には覚えてないだろう。であれば、そうだな。条件付きで承諾しよう。少し難しい内容の条件を。


「条件が二つあります。まず一つ目、因幡の岩井郡と邑美郡は我らの物に。そして二つ目、因幡の武田三河守が我が方に靡くよう手配いただければそのお話、お受けいたしましょう」


 この二つが確約されれば攻め込むのも吝かではない。尼子、武田、塩冶で攻め込めば因幡山名は落ちる。問題は芦屋城の守りだな。それは兵を増やして応じるしかない。また山衆を増やすか。


「あいわかった。その条件を忘れるでないぞ。儂が武田を動かす! ともに若狭に攻め込むぞぅ!」


 そこまで言ってヘタリと倒れ込んでしまった。どうやら寝てしまったようだ。面倒な口約束をしてしまっただろうか。いや、そんなことはない。攻め込むにしろ、どちらに転んでも我らに旨味はあるのだ。うむ、煮付けが美味しい。


 その後は松永の兵が来て、それから細川兵部大輔の兵が俺を迎えに来てくれた。それで俺と松永の飲み会という悪巧みはお開きになったのであった。


 しかしなんでまた俺を若狭攻めに用いたがるのか。これもきっと何か裏があるに違いない。うまい話に罠があるのは身を以て理解した。特に今。


 いくら尼子民部少輔の依頼とはいえ、やはり京には来るべきではなかったな。

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