第24話 海賊

天文十八年(一五四九年) 四月 若狭国遠敷郡小浜の湊 塩冶彦五郎


 なんとここまで本願寺の僧が見送りに来てくれた。と言っても僧は僧でも僧兵なんだが。帰りも四郎兵衛が用意してくれた船で芦屋まで戻る。


 正直、帰りは楽だった。だって荷物がないんだから。伊助たちには行き道で重たい荷物を持たせて悪いことをしたなと思ったのだが、本人たちは至って気にしていないようだ。


 どうやら弥太郎の訓練に比べればどうってことないらしい。どれだけ過酷な訓練をしているんだ、弥太郎は。


「帰りは吐くんじゃないぞ」

「うぅっ、気をつけます」


 田七が顔を青くして意気込みを告げる。こりゃ吐くな。確かに船は慣れないと酔うからなぁ。幸い、ここまで野盗に襲われることがなかったから良いものの、少し不安はあるな。


 とは言え、この船に乗ってしまえばもう芦屋の浜坂の港だ。実りある行脚だったな。公方様とも本願寺とも誼を通じることができた。万が一の時は助けに入ってくれるだろう。


「殿、船の用意ができたようにございます」

「うむ」


 久作に案内されて船へと乗り込む。俺たちと一緒に俵物も大量に積み込まれていた。もちろん、それを守る武士も一緒にである。


 今回は四郎兵衛は一緒ではない。ただ西へ向かう船に乗せてもらえるよう、渡りを付けてくれただけに過ぎない。それだけでも感謝だ。


 あとは坂浜に着くのを待つだけだ。そう思っていたのは俺だけじゃないだろう。だが、ここからまた一悶着が起きることになるとは、俺も予想していなかった。


 津居山の辺りを航行中、岸からいくつもの船がこちらに向かって来ていたのだ。それを見つけた下人が大声で叫ぶ。海賊が出たぞ、と。


「源兵衛!」

「はっ、此処に」


 源兵衛は四人を連れて俺の前に現れた。と言っても、船上。逃げ道などあろうはずもない。と言うか、そもそもだ。ここは津居山の辺りなのだろう。それであれば既に但馬国の領海だ。


「此処に海賊は出るのか?」

「いえ、そんな話は聞いたことございませぬが……」


 源兵衛も首を傾げている。但馬国のことであれば少なくとも源兵衛の耳には届いているはず。それが届かない理由はなんだ。ここ最近になって海賊が出るようになったのか?


「はっはぁ! オメェら! 気合い入れて奪うぞ!!」


 海賊の頭領が大きな声で部下を煽る。頭領は具足をつけていないどころか、上半身が裸である。水上で戦う場合、その方が良いのだろうか。歳は二十そこそこと言ったところの若武者だ。


 船の数は五隻。海賊の数は合計で五十人くらいだろうか。対してこちらは頭数は居るものの戦えそうな人間はせいぜい二十人かそこらだ。


 それを聞いた伊助たちが身を強張らせる。無理もない、揺れる船上が初めての戦場になるのだ。普段の実力も出せなければ敵の数も多い。これで本来の力を出し切れるわけがない。分が悪いな。


「ん?」


 ここで、源兵衛が訝しそうな顔をしていた。が、それも束の間。海賊たちが俺たちの乗っている船になだれ込んでくる。源兵衛が敵の頭領めがけて走り込んでいった。


「源兵衛!!」


 思わず声が出てしまう。確かに敵の大将首が獲れれば戦は終わるが、源兵衛にしてはあまりにも浅慮過ぎる。海賊の頭領も源兵衛を視認したようだ。もうすぐぶつかるっ!


「もしや、奈佐殿か?」

「これは……雪村殿じゃねぇか!」

「へ?」


 思わず情けない声が口から漏れる。どうやら源兵衛は海賊の頭領と知り合いのようだ。何やら話し合うと、奈佐と呼ばれた頭領が撤収の合図を出していた。源兵衛がこちらに戻ってくる。


「源兵衛、知り合いか?」

「はい。田結庄殿の元に身を寄せている男でして、名を奈佐日本之介と申します。とりあえず、このまま田結庄殿の元へと向かいます」


 日本之介とはまた剛毅な名前だ。しかし、そんな男がなぜ海賊のような振る舞いを行なっているのだろうか。田結庄左近将監の元では満足に食わせてもらっていないのか?


 此処で考えていても埒が開かん。まずは田結庄の話を聞いてからだ。しかし、厄介なことになったな。あそこは垣屋を敵対視しているようだから巻き込まれなきゃ良いのだが。とりあえず、彼が居城としている鶴城へと向かうことにしよう。

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