第23話 石山
門番に名前を告げる。
「某は塩冶彦五郎と申す」
「お話は伺っております。此方へどうぞ」
名前を告げただけで門番は俺を奥に案内してくれた。やはり事前に俺が来訪することは伝わっていた様だ。石山本願寺。これは本当に寺なのだろうか。俺には大きな要塞にしか見えない。
あたりは川だらけで大群が布陣できず、さらにいくつもの塀に囲まれている。そして石山の名に漏れず山になっているのだ。これは敵に回しては行けない。
「此方の部屋でお待ちください」
本願寺の一室に通される。どうやら証如上人はまだ来られないようだ。お忙しいのだろう。というか俺も突然の来訪だったしな。公方様のお力で捻じ込んでもらった感が否めない。
「お待たせいたしました。拙僧は顕如と申しまする」
小一時間ほど待ってやってきたのは顕如と名乗る同い年くらいの少年であった。この時代は顕如の父である証如上人が宗主のはずだ。そして顕如の後ろに十才くらいだろうか。お付きの男性も居た。
大方、俺の年齢と顕如の年齢が近いのでその方が良いとでも判断されたのだろう。こちらとしても顕如に会えるのは都合が良い。
「お気遣いは無用にござる。某は但馬国の塩冶彦五郎と申す。証如上人のご子息である顕如上人に御目通り叶い、恐悦至極にございまする」
「いえ、拙僧などまだ修行中の身。まだ仏の道は厳しく険しいものにございますれば」
「いやいや、それを理解しているだけでも他とは一線を成すもの。某も見習いたく存じ上げまする」
顕如と他愛もない会話をする。正直、今の顕如には良い顔をしておきたいのだ。そして塩冶彦五郎という武士が居たということだけ覚えていただければそれで良い。
「遅れて申し訳ありませぬ。拙僧が証如と申しまする」
「某は但馬国の国人である塩冶彦五郎と申しまする。此度はお忙しい中、お時間を割いていただき恐悦にございまする」
頭を下げる。それも深く。俺は証如と顕如に伝えたいのだ。本願寺を恐れていることを。確かに統治においては邪魔になる部分も出てくるだろう。だが、今は排除できない。むしろ逆に食われるだろう。
「これはご丁寧に。本日はどういう趣で?」
「はっ。これを」
そう言って干し椎茸を一貫と銭を百貫お渡しする。正直、堺を抑えている石山本願寺にとっては端金も良いところだろう。だが、それでも俺は寄進する。
「これはこれは」
無表情で受け取る証如。額が低いと侮っているのか、それともこちらの意図が読めないので訝しんでいるのか。後者であれば早めに誤解を解いておきたいところだ。顕如は干し椎茸に喜んでいる。
「某は恐れておりまする」
「はて、なにを?」
「一揆衆、ひいては石山本願寺をにございまする。是非とも、良しなに取り持ちいただきたく」
「なるほど、確かに承りました。今後とも良き関係を築いていきたいものですね」
ここで漸く証如の笑顔が見てとれた。こちらの意図を察してくれたのだろう。俺は証如を戦国大名としてみているぞ、という意思表示でもある。
「ははっ。某の領地では椎茸が採れますゆえ、お贈り致したく」
「それは助かります。我々は僧ゆえ肉食は禁じられております。ご好意、有り難くいただきましょう」
「それをお伝えしたく参上仕った次第。貴重なお時間にお礼を申し上げまする」
「なにか困りごとがあれば遠慮なく申してください。拙僧が微力ながらお力になりましょう。お客人をお送りなされよ」
こうして俺の本願寺訪問は恙無く終わりを迎えたのであった。後は自分の城に帰るだけだ。どうやら本願寺の門徒が小浜まで護衛してくれるらしい。これで関も楽に通れるだろう。
◇ ◇ ◇
天文十八年(一五四九年) 三月 摂津国東成郡石山本願寺 証如
塩冶殿が退出してからほぅと一つ息を吐き出す。こちらを察して用を簡潔に終わらせてくれたのだろう。未だ元服前と言うのに。
田舎者であればもっと自分を売り込んで来ように。しかし、それを行わずにあくまでも余裕を持って退席された。これは出来ることではない。
「なかなかどうして。児子と侮っておりましたが頭の切れる児子だ。あれで顕如と同じくらい、いや下だと言うのだから末恐ろしい。其方はどう見ました、虎寿」
「はっ、中々に強かにございますな。あの年で当主となれば後ろ盾が必要なのでしょう。そこで我らに頭を下げにきた。そんなところかと存じまする」
「ふむ、何はともあれ彼らを亡くすのは惜しい。良くしてあげましょう。あくまでも戴いた分くらいは、ですが。よろしいですね、顕如。虎寿」
「「はっ」」
これは安芸の門徒にも伝えて損はないでしょう。危うくなれば塩冶の領地へ逃げ込めと。まあ、毛利殿も信仰心の篤いお方。滅多なことはないでしょうが、念には念を入れましょう。
塩冶彦五郎殿か。公方様とも誼を通じているようだし、仲良くなって損はないだろう。が、しかしだ。所詮は但馬国の国人領主。搾り取るだけ搾り取るとしよう。
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