異世界ファンタジー
魔人と少女
魔人と少女
坂口航
魔人。それはダンジョンや洞窟、廃屋などに封印されている存在。そしてその魔人の中にはとてつもなく強大で、危険な力を持ったものも存在している。
その中でも特に恐れられ、幾多の神話にもその名を知らしめた魔人『グロリアス』。この存在が封印されているとされるダンジョンはあまりに深く、探索者のことごとくを返り討ちにしてきた。
そしてこの過酷なダンジョンを踏破し、封印を解き、魔人を目覚めさした者には巨万の富を、絶大な力をグロリアスから与えられると語り継がれている。
その伝説は古よりこの地で途絶えることなく話続けられたものである――――
「――――と、言う話は当然知ってるはずだよね」
「はい、それは当然」
壁も床も、全て石で造られた部屋で二人は向かい合っていた。
片方の者は赤い目をしており、その背丈は軽く二メートルを越えているだろう。
かたやもう一人はあまりに小さく、その男の前だと余計に小さく見える。茶色の髪をもったどこにでも居そうな少女である。
彼らを照らすのは壁に備え付けられた蝋燭のようなものの光。だがそれは、蝋燭の火などよりも煌々とあたりを照らしていた。
男はゆっくりと息をつくと「もう一度言うぞ」と前置きをして少女に問いかけた。
「お前の願いは何だ」
「私に友達を数人用意して下さい」
男は頭を抱えその場に伏した。
そうこの男こそが何世代にも渡り語り継がれ、恐れられた存在グロリアス本人なのである。そしてここは、幾多の人間を死に追いやった狂気のダンジョン、その最深部なのである。
つまりこのか弱そうな少女こそが、このダンジョンを踏破し、封印を解き、願いを叶えんとしている者なのである。
しかし、彼女の口から出たものは、金でもなければ力でもない。友達、それを用意してくれなどと言っているのだ。
これにはさすがの魔人でも頭を抱えてしまうのである。
それもそうだ。このダンジョンを進むだけでも一体何日かかると言うのだ。
そして最奥にこれたとしても問題の封印がある。幾年もの月日が経っても決して緩むことはなかったこの封印。解こうものなら数年は間違いなくかかるであろうもの。
それを少女は解いたのである。そして聞くことによると、たった一週間程度でダンジョンを進みきり、着いたそのそばから解除を始めて数時間で解いたと言うのである。
「だというのに何だ貴様は! 友達が欲しいなどと、なめた願い事を叶えにこんな場所まで来て、頭狂ってんじゃないのか!?」
「なめたとは何ですか! こちとら友達の有無は死活問題なんですよ」
激昂する魔人を前に、負けずと声を張る少女。あまりにも堂々としながら、自分の願う理由を語りだした。
「いいですか! 私は生まれてこのかた一度も友達と言える人物はいませんでした。色々な方法を試しに試し。ついに打つ手がこの最強の魔人復活しかなかったのですよ!」
「ちなみに何年生きてるのだ」
「十七年ですが」
グロリアスは無言で蹴りを入れた。
たった数十年で、あまりにも無謀過ぎる。だが、そのふざけた動機もさることながら、たった数年の少女がこのダンジョンを制した、そのことにも驚いた。
生半可な実力では一階すら降りることもできない場所なのである。
それほどの力を持っているのなら人望もありそうなものだが、一体何をしているのだろうか。
何万年ぶりに目覚めたグロリアスは、単純にそのことが気になりだした。
「小娘、貴様はどこで力を得たのだ?」
「小娘じゃなくリーシアというちゃんとした名前があるのですが」
「なら、リーシア。ここまで来ることが出来たその力はどこで手にしたのだ」
するとリーシアは平然とした様子で、さも当然とばかりにこう言い放ったのである。
「別に独学で。友達を作るために独学で学んでただけですよ」
「…………貴様は一体黒魔術のどこに友達が出来る要素があると思ったのだ」
そうリーシアが使っていた魔法はただの魔法ではない。高等魔術と肩を並べ、そして高等魔術とは違い禁忌とされている魔法。それが黒魔術。
今、この世の中がどのようになっているのかグロリアスは分からないが、一番最後に封印を解いた時では、すでに黒魔術というものは禁止されていた。
「いやいやよく考えてくださいよ。だって黒魔術だったら一生離れられなくなる魔法や、無理やり相手を魅力するものだってあるのですよ。これ程友達作りに向いた魔法そうそうないですよ」
「恐らく貴様の言ってるそれは呪いに近いものだと思うが。むしろそんなものをしてるから友達が出来ないのではないか? まさか実際に使ったりしていないよな?」
「使いましたけどすぐ教会に連れていかれて解呪されました」
だろうな。そしてそんなことをされた人間は一体どう思うか。呪われていい気になるやつはいつの世も存在していないだろう。
まったく、コイツはどうしようもないバカだ。魔法や封印を解く頭は誰よりも高いがバカでしかないコイツは。
現にこうして我輩の封印を解いたにも関わらず友達を作れなどと、頭がおかしくなければ出来ることではない。
今まで解こうとした人間は何人もいた。それこそ国をあげて攻略に来た輩どももいた。
例え封印されていようとも、ダンジョン内を見渡すくらいのことを出来る力は持っていた。そのどいつもが金か力か名誉を求めてきていたのだ。
実に浅ましいとは思っていた。そしてそんなヤツが道半ばで倒れるのを見て清々しい思いをしていた。
だがコイツは今までのそれとは違う。願いこそ自分のためだが、ここまで純粋に、ただ純粋に友達が欲しいなどと願うやつはきっといないだろう。
例え地上で友達を作るにしても、なんかしらの打算や目的をもって絡むものだろうが。コイツは友達でさえいれば十分だとでも思っているのだ。
「しかしそのような願いをなぜわざわざ我輩の所でしようと思ったのだ? 魔人なら他にもいるだろう、なぜに一番困難な場所に来たのだ」
「えっ、だって調べたら一番優しそうな魔人が貴方だったから」
一番、優しいだと? グロリアスは目を丸くして驚いた。優しい、この我輩が。今まで語り継がれてきた人物の物語。
知っているものだけでも全て悪の総大将のような姿で描かれてきたはずだ。それを優しいだと。
その思いを知ってか知らずか、リーシアはアイテムが入ったカバンから一冊の本を取り出していた。
あまりにも古びた外装は所々剥がれており、紙もパリパリに乾いていた。そしてその本はグロリアスも見覚えがあった。
「リーシア。貴様それを一体どこで手にいれたと言うのか」
「どこって教会ですよ、魔人を調べるのに適したのはここぐらいですし。まぁ不法侵入でしたので読んでる最中にバレそうになってそのまま盗んじゃったのですが」
この時代にどれほど教会が力をもっているのかは分からないが、間違いなく大事であるだろう。それを平然とした様子で話続けていた。
「で、この本によると貴方は自分の力を悪用しよとした人間に見切りをつけて自分自身を封印したと。それを伝えたのはこの本を書いた、えっとジョージア……カーセンさん? にだけ伝えたあとここに籠ったとか」
ジョージア・カーセン。ずいぶんと懐かしい名前が出てきた。そうかヤツが本を書いていたのか。
そう思うとコイツに懐かしい雰囲気を持っていることに気づいた。なるほど、アイツも確かバカみたいに純粋だったな。
そんなヤツが書いた本を今、この目の前のバカが持っているとは、運命のようなものを感じた。
「良かろう、汝に友人を幾人か用意してやろう」
「……ッ、ホントですか!」
見て分かるほどの喜びようだ。だが、その前に伝えておくことがある。
「喜んでいるところ悪いが、封印から解き放たれたばかりで力が完璧には戻っていないのだ。人を生み出す力が今はないのだ」
「えっ、じゃあどうするんですか?」
当然の疑問を投げ掛けてきた。それを聞くとニヤリと俺は笑いを見せた。
「その間は貴様の近くにいさせてもらうぞ。友人を作るには趣味思考をすることが必要だろ? それに貴様には興味がある」
「つまりお泊まりですか! 私の部屋でお泊まり会をするんですね! いいですよ、むしろ来てください!」
どうも変な解釈をしているようだがこのままにしておこう。
しかし何万年もの目覚めで、再びこのようなヤツと出会えるとは。生きているかぎり、何が起こるかは分からないものだな。
リーシアが目の前で喜びあまり小躍りをしている中、グロリアスも密かに喜んでいた。
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