雑多な短編集

坂口航

恋愛

校舎裏のヒマワリ

小学校三年生であった話である。お昼休みでは、校庭で多くの生徒がはしゃぎ回り、近隣に響き渡るほど遊んでいる時間。

 そんな中で俺の幼馴染みは校舎裏の静かな場所で、スコップを持っていそいそと穴を掘っていたのである。スカートが土で汚れているのにも気がつかずに。


「何やってんの」


 思わず俺がそう聞くとビクッと肩を震わしたかと思うと、すぐにケロッとした表情で笑い汚れた手を振りながら近付いてきた。


「なんだ健ちゃんか。驚かせないでよね、それで何か用?」

「別に用はないけど、それより何をやってんだよ。こんな場所で」

 

 すると彼女は握っていた掌を開くと、その中にある物を見せびらかしてきた。

 それは流線型の小さな粒であり、白と黒の線が交互に入っている種であった。


「ヒマワリの種か? なんでこんなの持ってんだよ」

「あのね。この間の理科の時間でさ、みんなでヒマワリを育ててみようってなったんじゃん。でもそれって花壇で育てることになるでしょ?」


 確かにこの間の理科ではそのような授業が行われた。下駄箱を少し出た所にある細長い大きな畑みたいな場所で植えたのだ。

 しかしだとしたら何故今その手の中にあるのかが分からない。

 すると彼女は目をキラキラと輝かせながら語り始めた。


「でもさ、花壇で植えたら咲いて当然じゃんか。ならただの何にも弄ってない地面に植えてもちゃんと咲くのか……、面白そうじゃない!」


 汚い手で触れようとしてきたので少し離れる。

 彼女は鼻息を荒くしてまだ見ぬ可能性に胸をときめかせていた。きっと尻尾がついていたら引き縮れんばかりに振り回していることだう。

 しかし校舎裏で、あまり日当たりも良くないうえ土も乾いている。そんな場所で咲くとは到底思えない。

 だがこうも楽しそうにしている前でそれを言うのは野暮という物だろう。まだそれほど賢くはないがその辺の空気ていどなら読める。

 それに彼女はテンションの落差が激しい。ほど前のことだが、お互いの家族と一緒に遊園地に行こうとなったのだが、あいにく雨が降ってしまった。

 雨が降ったのだからどうしようも無いとは分かっているが自分もそれは少し残念だった。

 だが彼女の落ち込み様はとんでもなかった。

 回りの雰囲気が質量を持ったのかの様に重たくなり、目は死んだ魚みたいなり、部屋の隅っこで膝を抱えていたのだった。

 その時は親が出前を取ってくれ、小さなパーティーみたいな物を開いてくれたから元気を取り戻せたものの、今これ程までに上がっているテンションを下げた時に、元の状態へと戻す方法は知らない。

 ここは何も知らないフリをしておこう。


「そうか、何か知らんないが頑張れ。次の時間までに手は洗っといた方がいいからな」

「応援ありがと! もし咲いたら健ちゃんにも花の種あげるから一緒に植えようね!」


 ハイハイと適当に返事をしその場を離れたが、もしこれで咲かなかったらかなり面倒なことになるのではと不安になってきた。


 ……仕方ない、もしもの準備をしておこう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ――あれから四年の月日が過ぎた。


 小さかった背は驚くほどに伸びて、もうすでに母親よりの身長は越えてしまっている。

 そして小学校を卒業し、今日から新しく中学生としてこれから三年間を過ごすことになるのだ。

 色々変わったことはあるが、未だに幼馴染みとの縁は切れておらず、そしてあの思い立ったら何でもしてみる性格も変わることはなかった。


「ホントに中学になってもやんの?」


 俺が訝しげな目で彼女を見つめるも、そんなことは全く気にせず、胸に花の飾りを付けたまま校舎裏で穴を掘っていた。


「エエやりますとも! だって最初からここまでずっと成功してるのだよ、その記録を途切れさすのは勿体ないじゃない!」


 そう言いながら手には数粒、ヒマワリの種を持っていた。

 あの時植えてから三ヶ月が経った頃、花壇に植えたヒマワリが咲いたと同時に、朝早くから俺を連れて彼女はそこに見に行ったのだ。

 するとそこには一輪のヒマワリが煌々と小さいながらも立っていたのだった。

 それに彼女は興奮して何度も俺の肩を叩いたのだったが、実を言うとその時にあった花は自然に咲いた花ではなかったのだ。

 そもそも水もやらずにあんな悪立地な場所で育つ植物など雑草しかない。そんなのは既に分かっていた。

 だからもしもの為にと自分の家でコッソリヒマワリを別に育てていたのだった。

 そうして育ったヒマワリを、だいたい花壇の花が開きそになったタイミングで朝早くに例の校舎裏に植えて置いたのだった。

 今考えるとそんな面倒なことをよくやったのと感心するほどだ。

 それと自分の植えたヒマワリと花壇のヒマワリは後で分かったことだが品種が違った。成長した花の高さを見れば誰でも分かりそうなものだったが、幸いその時は幼かったのと幼馴染みこいつが馬鹿であったお陰でバレることはなかった。


 ――しかし困ったことに、その俺が代わりに植えたヒマワリを見て調子づき、彼女は毎年毎年ヒマワリを校舎裏で植え始めたのだった。

 勝手に植えてるのを注意した担任も、幼馴染みこれの熱意に圧され何も言えなくなり、校長も面白いことをしていると喜びヒマワリを植える許可を出してしまった。

 そして二年目からは俺が何の手も加えていないのに普通に咲いてしまったのだった。しかもそれは一輪だけじゃなく、五つ六つと咲いたのだった。

 以来そこで倍々ゲームの感覚で植えていると、軽いヒマワリ畑の様になり、今では図工のお絵かきの時間で使われたりするようなちょっとしたスポットになってしまった。

 以来俺もそのヒマワリの増殖に付き合わされており、中学生になった今でも入学と同時にこんな場所に連れられているのだ。


 しかしどうする今までは何とかなったが、新しいこの地面で咲くことなど出来るのか? 一応毎年、念のために家でヒマワリを育てているが一輪だけだ。こうも一帯が穴ぼこになるほど植えられては生産が追い付かない。俺がもしものことを考えていると、汗を拭いた時についた土を顔に付けながら満面の笑みでこちらを向いた。


「健ちゃん。私はこれかもずっとヒマワリを植え続けるからね! そして何時か子どもが出来た時、その子にも学校でヒマワリを植えて貰おうと思っているから!」


 その言葉を聞き一気に不安がこみ上げてきた。どうする! 俺の軽率な行動で将来生まれてくる子どもにとんでもない枷を作ってしまった。

第一ここで植えていい許可など一つも取っていない。もしこれで花が咲いてしまったら確実に問題なる。しかしここまで来て止めさせるとなると数ヶ月は面倒くさいモードに入ってしまう。どうすれば!


「……それにせっかく健ちゃんが植えてくれた花だから咲かせないとね」


 ポツリと何かを呟いたが、頭を抱えて悩んでいたせいで聞き取れなかった。


「ん、今何か言ったか?」

「うーん、別に? それよりも早く植えようよ。きっと夏には凄いことになって先生たちも腰を抜かすからね!」


 きっと腰を抜かすにしても勝手にヒマワリを植えたコイツの行動に驚いて腰を抜かすだろうなと、そんな事を思いながら嫌々種を一緒に植える。

 ……まぁ、それでも。コイツが馬鹿みたいに笑う姿が見れるのは別に嫌ではないけれど

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