現代ファンタジー

Killer:A

(プロローグ)

――化物とは何か。真面目に考えると案外分からなくなるものだ。人間に害をなすのが化物のなら蚊だって化物だし、人間以上の力を持っているのが化物のならほとんどの動物が化物になる。なんなら人間の中からも化物は生まれる。結局何が化物でそうじゃないかなど定義できないと言うことだ。

 もし絶対に化物の定義を明らかにしなければならないと言うのなら――


「コロ、コ、ブッコロロ……テメをブッコロロロス」

「こちら一条。現在『のっぺらぼう』と接触中、一体倒したけど他にも複数体いたので応援を求む」 


 人気のない路地裏で、牙の生えた胃袋を口から捻り出したおんなじ顔のサラリーマンや女子高生たちが並んで俺を睨み付ける。近くで同じ顔の小学生が胃袋を口から垂らしながら下半身を吹き飛ばされた状態で転がっている。


 ――もし定義をハッキリさせろと言うのなら、間違いなく目の前にいるコイツらに違いない。


(1)


「コロロセ、ヌガスな! バララバにしろ!」


 胃袋をまるで蛇のように動かしながら二体俺に絡み付こうとしている。残りの四体は壁や電線に張りいたりぶら下がったりしながら追ってくる。動きも気持ち悪いが、何より全員同じ顔なのが一番気持ち悪い。

 彼は路地をあちこち曲がりながら逃げ続ける。もちろんただ単に逃げ回っているだけではない。

 また一条が曲がり角に体を入れると、しつこく四体の人間擬きは追って曲がり角に入った。すると目の前から何かが飛んできた。サラリーマンの見た目をした一体は思わずそれを掴んだ。それは楕円形の黒いゴツゴツとしたボールだった。


「そいつはただの照明弾だ。こんな場所で爆弾なんか使えばこっちだってまきこまれてしまうからな。ただし……、ちょいとその光はアンさんらには厳しいものかもな」


 逃げながらそう吐き捨てると爆弾は破裂した、その瞬間に青白い光がそのサラリーマンに当たると、風船が割れて中に入っていた液体がこぼれるように体が溶け片腕と頭だけを残し地面に落っこちた。

 光の余波に煽られて、近くにいたセーラー服を着た化物の腕も一緒に溶け落ちた。

 追っていた内の一体が消滅、そしてもう一人も腕が溶け落ちたことに、残りの白髪の方と主婦に似た格好の二体はほんの少し動きを止めた。


 一条はその隙をも逃さなかった。


 走っている身体にブレーキをかけ、地面を滑りながら上半身だけ振り返ると、腰に提げた拳銃を五発、間髪入れずに撃ち出した。

 その弾丸は、先ほどの照明弾と同じ光の残像を伸ばしながら、止まった二人の眉間へと一直線に進んだ。

 この出来事はほんの数秒の間に迅速に行われた。それを驚いた状態で対応できる訳がない。それぞれ二発ずつ頭にめり込むと、弾丸は青白い光を放ち小さな爆発を起こしながら彼らの頭を完全に溶かし切った。

 一条が撃った弾は五発。残りの一発は片腕を失ったセーラー服へと進んでいた。それはブレなど存在しない完璧な弾道だった。

 セーラー服の残党は口から胃袋出すと、先に倒された主婦の体に纏わりつくとそれを盾にし弾丸を防いだ。

 盾にされた体は腹部に当たり胴部と脚部を分かつ形で破裂した。その体が地面に落ちるときには、セーラー服は出した胃袋をロープのように使い移動していた。


(マジか今まで何体か同じタイプの奴と相手したが、こうも頭を働かせる奴は初めてだ)


 予想外の動きに驚いたがすぐにその場を移動した。今倒したのは三体、ちょうど半分を片付けたことになるが、残り半分の一体が怪しい動きをしていた。

 残りの二体も深追いせずに胃袋を伸ばしていたこと考えると知能が高いのかも知れない。とにかく一人で殲滅するのは難しい。まずは応援とすぐに落ち合えるようにと、路地を抜け大通りを目指すことにした。

 周りには細心の注意を払いながら路地を走り抜ける。だがそれでも、ビルの屋上を伝って追いかける二つの陰には気づいていなかった


(3)

三体を倒した場所から二分ほど駆けると大通りが見えた。ここからでは近くに仲間が来ているかは分からない、背後に気を配りながら進む。

 やがて片足が大通りを踏んだ瞬間、屋上に潜んでいた一体が彼の頭に齧り付こうと落ちてきた。

 意識の外からの攻撃に、拳銃を構えるのが遅れた。奴に照準を合わせる前に頭が噛み切られてしまう、そう覚悟した時だった。

 落下する一体の頭を光が通過したかと思うと、発砲音が遅れて彼の元に辿り着き化物の体を吹き飛ばした。

 その攻撃が何なのかを一条が理解したのと同じタイミングで、耳につけていた無線にザザとノイズが走った。


『一条さん、大丈夫でしたか? かなりギリギリでしたけど』


 軽い調子で聞こえてくる若い男の声、何度も聞いた鬱陶しい仲間第一号だ。


「四谷……お前もう少し早くに来ることは出来なかったのか? お陰で今俺は死にかけたぞ」

『えー! なんで文句言われてるのですか。俺かなりベストタイミングだったと思いますよ! 何なら一番早くに到着してますからね』


 その言葉とほぼ同時に黒のワゴン車が彼の近くに到着する。運転席にはスーツがはち切れそうなほど発達した筋肉を持つ男が、日本刀の柄の部分だけを近くに置いて座っていた。ドアを軽くノックすると、ゆっくり窓をその巨漢は開けた。


「よう五代、運転ご苦労様。今日来たのはお前と四谷の二人だけか?」

「いや俺たちだけじゃあない。後ろにお嬢も乗っているぞ」

「えっ、マジで」


 一条が明らかに嫌な顔をしていると、ワゴン車の後方から扉を開き、長い髪を結んだ団子を揺らしながら静かに一条の背後に近寄る。そして手にしていた巨大な銃をその後頭部へと突き付けた。


「どうした一条。何か不満でもあるのか、それとも後ろめたい事情でも? そういえば貴様昨日飲みに行った時、トイレに行くと言ってそのまま帰ったな。十杯もジョッキを頼んでツマミもかなり食べていたのにな」


 突き付けられたその銃は、おおよそ二メートルはあり、もはや銃と呼ぶより大砲と言った方がいいであろう代物だった。そして奇妙なことにその大砲には銃口がなく、代わりに八センチほどのレンズが付いた筒が五本ほどⅩの形で並べられていた。


「あのな二宮。悪いとは俺も思っているからね、一回その銃を下ろして貰っていいかな? 人間に効果がないと知っていても心臓に悪いから」

「そうか悪いと思っているのか。なら仕事を早く終わらせよう。前々から行きたいイタリアンの店があってだな――」


 すると頭に突き付けていた銃を空に向けると引き金を押し込んだ。空間が歪んだような高音が辺りに鳴り響くと、先端のレンズから青い閃光が真っ直ぐ放たれた。その光は周りの風景を屈折させながら屋上に潜んでいたもう一つの化物を吹き飛ばすと、空中で四散させた。


「――今日はそこに一人で行く。だから貴様は財布だけを渡せ」

「分かったよ、金は出すから。だから得物を俺に向けるな!」


 一条が銃口を手で押し退けると、無線にノイズが再び走った。


『先輩方、聞こえますか! 今回の奴が妙な動きをしてる理由が分かりました、ってかそっちに向かってますよ!』

「そうか。お嬢と一条よ、早く後ろに乗れ。なるべくすぐに移動できるようにしよう。して何が来ている?」


 一条が乗り込もうとしている所を、早く行けと蹴り込まれていると、中で転んだのとは違う揺れが辺りに響く。

 その揺れは一定のリズムを持って、徐々に大きく近くなっていく。


『あいつです『石像』です! そしてモデルは……、えっと何か羽のある奴です!』

「のう四谷、良いことを教えてやろう。この石造は『サモトラケのミケ』じゃ。よーく覚えておけ」


 焦る四谷に対し豪く落ち着いた反応を示す五代。車に乗り込んだ後に姿を現したため、その姿まだ一条は確認できていない。


「おい五代、何が見えてんだ。ミケかタマか知らないがそいつがボスか!?」

「多分そうだと思うぞ。『石像』はもれなく頭が良いからな。でも安心しろ、この辺り半径三キロは封鎖してある。だから全力で行くぞ」


 全力で行く。その一言を聞いた車内の二人は同じ顔でドン引いた。無線で聞いていた四谷ですら思わず顔を青くした。


「おい待て五代、お前の全力は……!」

「じゃ舌は噛むなよ。お嬢もできるだけ迎撃できる準備をしてくれよ」


 一条の制止など聞く耳を持たずに、五代はアクセルをこれでもかと言うほどに踏み込んだ。その瞬間、一条の体は勢いよく吹き飛ばされ、座っていた二宮ですら座席から振り落とされそうになった。

 あまりに急な発進、一条は二言三言、終わったら必ず文句を言おうと思ったが、窓の向こうで先ほど車が停まっていた場所に大穴ができたのを見ると、終わったら缶コーヒーでも奢ってあげようと考えを切り替えた。

 そしてその時に一条もボスの姿を確認した。腕の代わりに天使のような翼が生えている。肉体は女の形をしているが、どんな顔なのかは分からない。というより頭がないので分からないもクソもないのだ。

 だというのに、そのヌルヌル動く石像からまるで睨みつけるかのような威圧感を放っていたのだ。


(4) 

「ヤバいな……、今回の石像はかなり強そうだ。確かにこれじゃあ俺の装備では狙うのが難しいぞ」

「だから五代さんは私にやれと言ったのか。だがどうだ? 速度はどれくらいだ」


猛スピードで走る車の揺れになんとか耐えながら、二宮は立ち上がり巨大な砲を担いだ。石像の表面は堅い、そしてのっぺらぼうを倒すのに使った光の耐性が高い。一条の使った弾丸の光では光量が低すぎるのだ。照明弾でようやく表面を焦がせる程度。だから二宮のように高火力で一気に叩かなければ倒すのは難しい。


一条は後方の扉から迫る天使を確認する。車もかなり飛ばしてある、だがそれに追いつく速度で石の翼をはためかせるのだ。そして頭のない首に石膏のように白い光を集めると球体に圧縮していたのだ。


「おい五代、なんかアイツ飛ばそうとしているぞ!」

「安心していろ、ちゃんと見えている。それよりお前はお嬢のサポートをしろ」


バックミラーを見て五代は迫る奴を確認する。そしてほんの少し羽のはためきが乱れたのを察知すると、素早くハンドルを回した。その勢いで再び車内の二人はよろめき、近くの地面は破裂した。


このまま逃げても埒が明かない。不安定な足場のまま、二宮は天井の扉をずらし上半身だけ身を乗り出す。そして銃を浮遊する対象に向けて引き金を引く。光の波が辺りの風景を歪ませながら直進する。しかしその光の波は石像に当たる寸前にかわし、光はそのまま関係のないビルの壁へと染み込んでいったのだった。その行動に思わず二宮は舌打ちを打った。


速度が速く、他の個体を従わせるほどの知能もあった。そして高い防御力に攻撃性、このまま逃げ続ければ封鎖範囲を越えてしまう恐れもある。それ以前にもこの場所を破壊され続けるのもだ。

しかしこのままでは決定力に欠ける。確実に追い詰められる手段が彼らにはまだないのだ。

一条もこの状況で文句だの減らず口を叩く余裕はなかった。今も石像は緩やかに滑空し隙あらばエネルギーを溜め撃ち飛ばしてくる。その度に五代はハンドルを力強く回してその弾を避けるのだった。


「あと残りは七発ほどあるわよ。ただ……命中させるにはあの機動力を何とかしなければまず無理よ」


二宮は静かな声で伝えるが、その頬には冷たい汗が垂れていた。よほど焦っているというのもあるが、自身が言った「機動力をどうにかする」方法が全く浮かんでこないのだ。今目の前にいる敵とは違うが彼女らは以前にも似た敵と戦ったのだ。当時の姿は眼光鋭い八メートルほどある木製の仏像だったが、その体表の時ですら一条や四谷が使った弾丸を弾いてしまっていたのだ。そして倒すことが出来たのは仏像の顔面に直接光を照射したことで頭の八割方を吹き飛ばすことが出来たのだ。


その敵よりサイズは小さいが、今度は石製だ。強度も以前より高くなっているとしたらまず弾丸の光では不可能。残る手段としては光の直接照射しかないだろう。だが奴はあのスピードだ、足止めしない限りは当てるのはほぼ不可能だ。


しかし問題は、どう足止めするかなのだ。


弾丸は通じない、光も当てる前に奴はすぐに回避するだろう。そのことに二宮は苦悶してあり、そしてその意味も一条は先ほどの言葉から理解していたのだ。

今この状況では逃げるしか策はないのか。そう思っていた時だった。耳元でザザッと音が鳴り、そして若々しい声が鳴り響いたのであった。


『先輩方聞こえますか! なにかそちらで爆発が起きているのですが一体どういう状況なのですか』


困惑と焦りが両方まじったその声の持ち主は四谷だった。先ほどライフルのスコープで目視していたのだったが、車の急発進と爆発でおきた砂埃のせいで、彼はこの逃走を見逃していたのであった。


「聞こえるか四谷。今は成すすべもなく空飛ぶ石像から逃げてるところだ。そっちからは見えないか?」

『爆発があったのはわかりますが、さっきから他のビルの死角に入っているので見えないのですよ』


お互い必死な声で通信を取っていたその時、今まで直接車を狙っていた石像は、再び生まれた光を、これから走り抜ける道に放ったのであった。

狙いが違うことを五代はすぐに感知した。だが同時に避け切れないことも感じとってしまったのだ。


「お前ら衝撃に備えろッ!」


普段温厚な彼から信じられないほど野太く力強い怒声を出したとそのすぐに、道は消え失せ、彼らの車は宙を舞ってしまったのであった。


『先輩? 応答してください、先輩!』


四谷は一人ビルの屋上で、大きな爆発が起こった場所を見つめながら叫ぶも、だれもその声に答える者はいなかった。


(5)

ガソリンと鉄が焦げる匂いが辺りに広がる一条たちが乗っていた車は横転し、地面にぶつかった部分は半分に折り畳まれていた。

その大地に天使の羽を生やした化物は降り立った。

無い首を回して辺りを注意深く観察する。そしてガチャリと地面に何かが落ちる音を聞くと素早く飛び立ち、物音へと跳びかかったなだ。


「グハッ……」


重いその銃を手放さずに握り、頭から血を流していながらも倒れずにいた二宮の腹を強く踏みつけると、念入りにとばかりにさらに強く押し込んだ。肋骨が音を立て、口からさらに血が溢れ出してくる。

だがそれでもこの至近距離。千載一遇のチャンスを逃すかと、銃口を腹にあて引き金を強く引こうとした。


――その瞬間、何もない首から灰色の触手を突如として伸ばし、目の前に向けられた銃と二宮の首と腕に絡みついた。

触手は腕を軋ませ、無理やりに銃を手放させると奪い取ったその銃を幾本にも絡ませ高くに、もう二宮の手には届かないように自分の背後へと隠してしまう。

もうなにもこの体を傷つける物はないと化物は確信すると、倒された仲間の分だと言いたいのか、ゆっくりと足に、触手に力をいれ始める。

その痛みに呻き声をあげ、血は腹からも口からも噴き出しているがそんな些末なことなど化物にとっては関係なかった。ついに限界を迎え、彼女の目からも生気が失われ始めてきていた――。




――空気を裂き、鋭い唸りをあげ破裂音をたてる。


突如として鳴った音に化物が振り返ると、そこには満身創痍の一条が震える血だらけの手でピストルを差し向けていた。このピストルからは硝煙が立ち上っていたが、化物の体にはホコリ一つついていなかった。そう化物には……


弾丸が突き刺さったのは二宮から奪っていた砲台の動力部分。弾丸の熱で溶けた表面は徐々に青白い光を高めていっていた。

それに化物が気づいたのは、光が膨張し、弾丸の栓が光を抑える限界に達したその時であった。


すぐに投げ捨てようと触手を振りほどいたが時すでに遅し。一度漏れだした光は誰にも止めることが出来ずに、この天使を跡形もなく吹き飛ばしたのであった。


一条は息絶えそうになりながらも、彼の後ろで気を失った五代が息をしているのを確認すると、二宮の方を見つめた。


「武器の弁償、何で払えばいいか?」

「……そうだな。今日のイタリアンは今度にする。だから次行く時は貴様が財布を持ってこい」




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