第28話 年越し

コンビニで数年働いて驚いたことの一つに、ガチ常連は大晦日おおみそかも変わらない、というのがある。

普段と同じような弁当を買い、普段と変わらない詰まらなそうな顔をしている。

中には立ち読みをしながら年を越す人もいる。

いや、アンタら、ちょっとくらい贅沢ぜいたくしたり、なんか工夫して年末年始気分を味わえよ、と思わないでもないが、仕事をしながら年を越す俺には言われたくないかも知れない。

「なあ穂積」

「なんすかー」

「あと五分だな」

穂積は店内の時計にチラリと目を向ける。

「そっすねー」

最初っからやる気は無いし、年越しの瞬間にも興味は無さそうだ。

「……田中さん」

「ん?」

「俺、セフレと別れたんすよ」

「ふーん……えっ!?」

先週、彼女と別れたっていう話を聞いたばかりだが?

「なーんか俺より上手い人に出会っちゃった、とかワケわかんないこと一方的に言ってきて」

いや、めっちゃワケ判りやすいのだが?

「そんでムカついたんでフッてやったんすよ」

フラれたのでは!?

「ほーんと、女って勝手っすよねー」

お前が言う!?

「しかも最後には、キミもいいコ見つけてね、とか言ってきて、フラれたくせに強がるめんどくささに辟易へきえきっすわ」

お前がな?

「……田中さん」

「なんだ」

「あけおめっす」

「え?」

時計を見れば十二時になっていた。

……なんでこんな景気の悪い話で年を越さねばならんのだ。

「ふっ」

「どうした?」

「めでたくもないのにあけおめって、クソみたいな伝統っすよね」

一個人の極めて限定的な理由で正月の慣習が否定されてしまった!

「はぁ……」

新年早々、溜め息いちゃったよ……。

「なあ穂積」

「何すか?」

ここは先輩として、何か元気づけられる言葉をかけてやるべきだろう。

「年も越したし、今年はいいことあるよ」

気休めだが、悪い感情を引き摺っていてもいいことはやって来ない。

心機一転、頑張った方が結果は良くなるし、年越しというのはそういう切り替えのチャンスでもある。

「はあ? なに言ってんすか? 気休めなんて何の役にも立たないんすよ」

コ、コイツ、ぶん殴ってやろうか!

……まあ、バスケをやっているみたいで、俺よりずっと体格はいいのだが。

「……田中さんは、今年はどうするんすか?」

「え? どうするって、何が?」

「店長になるって聞きましたよ。元カノさんがどこに就職するかは知りませんけど、コンビニバイトよりコンビニ店長の方が、よりを戻しやすいでしょ」

「いや、別に肩書きがどうこうってことは無いんだが。って、何でよりを戻すのが前提になってんだよ!」

「いや、詩音ちゃんや亜希ちゃんを遊びに誘ったりしないし、元カノさんに未練があるのかと思ったんすけどね」

「ぐ……」

コイツ、ちゃらんぽらんなようで、結構ちゃんと見てるんだな。

「不器用っすねぇ。俺なら三人、いや四人? まとめて頂いちゃいますけど」

だから彼女とセフレに捨てられたのでは?

いや、セフレはテクニックの問題か。

「と、噂をすれば詩音ちゃんすよ」

年明け一号の客が詩音か。

葉菜は昨日から田舎に帰ったし、詩音達もさすがに元旦は来ないと思ったのだが。

「めっちゃあけおめー、田中っち!」

めっちゃあけおめされてしまった。

「明けましておめでとう」

俺は普通に返す。

「めっちゃあけおめ、詩音ちゃん」

穂積はノリがいいな。

彼女とセフレを失った今、コイツは積極的に詩音を狙ってくるかも知れない。

詩音だって、イケメンに言い寄られて悪い気は──

「あ……ども」

素っ気ない。

「こ、今年もよろしく!」

「あ、はい。よろしくです」

「そのマフラー、可愛いね!」

「ただのピンクのマフラーですけど?」

「……というわけで田中さん」

何が「というわけ」なのか判らんが、その空気から逃れたかったのは判る。

「バックヤードで仕事してきます」

「あ、ああ」

……ちょっと可哀想なので、後で何かおごってやろう。


「詩音」

「はいな!」

「塩対応すぎないか?」

「へ?」

自覚は無いらしい。

「まあ、今年もよろしく」

「めちゃよろ!」

「……そのマフラー、可愛いな」

「ま!? あっしが中学のとき、ばっちゃがんでくれたお気に入り!」

……。

「穂積、割といいヤツだぞ?」

「それがあっしと何か関係が?」

「……いや、まあ無いけど」

「そんなことより田中っち」

「なんだ?」

「彼女さんと初詣はつもうで行く?」

「いや、葉菜は実家に帰ってるし」

「喧嘩したの!?」

「実家に帰らせてもらいます的なやつじゃないからな。つーか元カノだ」

そういえば詩音は、初めて葉菜と会ったときも「彼女さん」と呼んでいたな。

「田中っち」

「なんだ」

「あれを元カノと呼ぶなら、今カノとは常に結合してなきゃいけないっしょ?」

「どんな生物だよ!」

「いや、でも、正直、二人を見た瞬間に、あっしの中でストンとに落ちたっていうか……」

お似合いとか、そういうことだろうか。

そうだとして、俺は何故、それを嬉しく思うのだろうか。

「田中っちの言うように、もし本当に別れてるなら、今ごろ田中っちはあっしを押し倒してなきゃおかし──きゃん!」

また叩いてしまった。

叩きやすい頭と、そうでない頭の違いは何なのか。

「にへへー」

マフラーで口元を隠した詩音は、それでも隠し切れない笑顔で喜びを伝えてくる。

本当に可愛いマフラーだ。

ピンク色にも色々あるけれど、それは詩音にぴったりのピンクで、お互いを引き立て合う。

ばっちゃは、本当に詩音のことを可愛がっていたんだな。

「田中っち」

詩音が、優しい声で俺を呼んだ。

「田中っちって、バカだよね」

優しい声でバカと言われると、肯定せざるを得ない気分になる。

いや、何のことをバカと言われてるか判らないけど、思い当たるフシが沢山ありすぎる。

「彼女さんが新しい彼氏を作るまで、誰とも付き合わないって決めてるよね?」

それは、沢山あるうちの一つじゃ無かった。

詩音は、俺が自分でバカだと思う要素よりも深いところを突いてきた。

「それが、彼女さんを縛り付けてるって、気付いてないよね?」

……そっか。

葉菜を傷つけまいとする行動で、知らずに俺は葉菜を縛り付けていたんだ。

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