第27話 阿吽の呼吸

何だか部屋がにぎやかで目が覚める。

昼前にデートを終え、アパートに戻って二人でケーキを食べたのは憶えている。

その後、俺はビールを飲んで……いつの間にか眠ってしまったようだ。

二人きりの部屋で、そのうちの一人が寝ていたのだから賑やかであるのはおかしい。

葉菜は滅多にテレビを見ないし、音楽を聴くにしても俺が寝ているならイヤホンを使うはずだ。

「しゅんぺー、起きた?」

あれ? 葉菜じゃなくて有希?

布団から起き上がると、葉菜と有希が炬燵こたつでトランプをしていた。

目をこする。

葉菜は子供嫌いなので、有希と仲睦なかむつまじくしている光景に戸惑う。

子供に有りがちな不躾ぶしつけな視線と、無邪気に放たれる無遠慮な言葉が、葉菜は大嫌いだ。

まあそれは俺も同じで、有希に会うまでは子供が苦手だったのだが。

「随分と小さな彼女がいたのね」

嫌味、というわけでは無いのだろうか、葉菜は微笑んでいる。

「胸はこれからー」

「胸の話じゃないわよ。というか、春平は小さ……私くらいが好きなの」

……子供相手にムキになるなよ。

「でもしゅんぺーが予約してるし」

「しとらんわっ!」

葉菜がジト目で俺を見てから、自分の胸に視線を落とす。

「……胸はこれから」

「期待しとらんわっ!」

というか、葉菜のセーターを持ち上げる、そのひかえめな曲線に俺は魅了されるのだ。

「で、どうして来たんだ?」

炬燵の上にはミカンの皮やココアがあるし、有希のくつろぎ具合からしても訪れてから随分と時間が経っているように見える。

「抜け駆けー」

「は?」

「しおんちゃんはしゅんぺーの家を知らないみたいだし、お姉ちゃんは受験勉強? だから一人でこっそり来たんだけど、元カノさんに負けちゃったー」

負けたも何も、先に来たか後に来たかの違いだけだろうが。

「さっきまでトランプで、春平の命を賭けて勝負してたのよ」

「物騒な賭けだなオイ!」

「安心して。私が勝ったから」

「そういう問題じゃねーよ!」

「安心してよ。もし私が負けていても、言葉たくみに言いくるめて勝負を無効にするつもりだったから」

「そういう意味じゃねーよ!」

「ま、どっちにしても生殺与奪の権利は私に」

……。

「殺さないわよ?」

「判っとるわっ!」

「犯罪者になるのは嫌だもの」

「そっちかよ!」

「しゅんぺー、しゅんぺー」

有希が俺の服を引っ張る。

「ん? どうした?」

「私こういうの知ってるー。あふん? あはん? の呼吸って言うんでしょー」

「ベッドシーンかよ! 阿吽あうんの呼吸だろうが!」

「おりょ?」

「春平、血圧が上がるわよ」

「誰のせいだよ!」

「ごめんなさい。一人暮らしでバイトもしてないし、最近は大学に行く必要もあまり無いし、誰かといると、ついつい饒舌じょうぜつになってしまうの」

「いや、べつに責めているわけじゃ」

寧ろ、楽しいと思っている。

葉菜としゃべっていると、ああこの感じだ、なんて自分の定位置を思い出すような感覚が甦る。

「腐女子っているでしょう?」

「は?」

いきなり何を言い出すんだコイツは。

「部屋で一人でいるとね、自分が腐っていくのを感じるの」

いやいや、腐るって何が?

「妄想で春平が男とからんでいるの」

「ヤメロ!」

「ま、相手も春平なんだけどね」

「腐っとる!」

「会話的にも肉体的にも、ツッコミ役がいないと腐るのよ」

「おい、子供の前でそういう会話は──」

「しゅんぺー、しゅんぺー」

有希が俺の服を引っ張る。

「どうした?」

「私、そういうの知ってるー。BLって言うんでしょー?」

……昨今の小学生はどうなっているのだ。

「お姉ちゃんが好きでよく見てるー」

……昨今の中学生はどうなっておるのだ。

「安心して」

「何がだよ」

「昨今の大学生も大概たいがいだから」

「不安しか無いわっ!」

……とか言いながら、葉菜が俺の心を読んでいることに、どこか喜びを感じている。

阿吽か。

葉菜とかくれんぼをして遊んだ、田舎の神社の狛犬こまいぬさんが頭に浮かんだ。


「珍しいな」

俺の向かいで葉菜はミカンを食べ、右では有希が眠っている。

「何が?」

こうして三人で炬燵に入っていると、まるで家族みたいだ。

「いや、お前が子供の相手をするなんて」

葉菜は有希の寝顔を見て微笑んでから、俺をにらみ付けた。

「それはこっちのセリフよ。家に遊びに来るほど手懐てなずけるなんて尋常じゃないわよ?」

「……」

確かに、俺自身が説明できないほど意味の判らないことだ。

「まあ春平の言いたいことも判るけど。春平は子供が苦手でも、子供が嫌いな私とは違うもんね?」

「葉菜が嫌いになった子供は、だいたい俺も嫌いだよ」

「逆も同じよ。あなたが好きになった人は、だいたい私も好きになるわ」

「いや、でも、俺の友達を毛嫌いしたり辛辣しんらつに当たったりすることもあっただろ?」

「そういう人はただの遊び仲間で、決して春平がその人を好きだったわけじゃないと思うけど?」

……言われてみればその通りだ。

一緒にいるから好きというわけではない。

よく話すからといって、そいつが大切とは限らない。

はあ……かなわんな。

「まあ、あなたに会いに来たお客さんを私が追い返すわけにもいかないし」

「そりゃそうだ」

いや、亜希が来ていたなら追い返した気もするが。

「会うなり元カノさんだ、とか言って、私のこと知ってるみたいだったし」

有希は、葉菜には人見知りしなかったようだ。

「ブラを取りに来たの? とか随分と込み入ったことまで知ってたし?」

また強く睨まれる。

でも、悪い気はしなかった。

「この子、私の手を握って言ったの」

「え?」

「しゅんぺーと同じ匂いがする、って」

……なるほど、そんな子供は今までいなかったな。

葉菜と俺に、共通する何かを見出みいだしたのだろうか。

「私ってそんなにくさいのかしら?」

「うぉい!」

「冗談よ。ただ、私の知らないところで素敵な子達と出会って、春平は春平の世界を拡げていってるんだなぁ、って思ったの」

……葉菜のいないところで、俺はちゃんと世界を築いてこられたのだろうか。

確かにいい出会いが幾つかあって、大切と言える存在が出来た気はする。

「ねえ春平」

「ん?」

「この子の寝顔を見てると、二人で子供を作りたくなるわね」

「そ……んなわけねーだろ!」

危ないところだった。

あやうく、そうだな、と言いかけた自分に少なからず驚き、戸惑う。

でも葉菜は、そんな俺を見透かしたようにクスクス笑うのだ。

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