第3話 おっぱいとは?
いつの間にか眠ってしまったようだ。
目を覚ますと外は既に暗くなっていて、雨の音が聞こえた。
葉菜の姿は無く、食卓にはラップに包まれたおにぎりと卵焼き、そしてメモ書きがあった。
『傘借りるニャ』
……。
見た目は大人っぽいのに、アイツにはこういう子供じみたところがある。
ご丁寧に猫のイラスト付きだ。
でも、綺麗な字と上手い絵は、アイツの努力と才能の
おにぎりだって、見事な
俺は朝の残りの味噌汁を温め直し、おにぎりと卵焼きを
どこか懐かしい味がしたのは、おにぎりの具が田舎の名産の漬物だったからだろうか。
二十二時に出勤してから
駅からは二十分ほどの距離があって繁華街からは外れているが、それなりに交通量の多い道路に面しているし、通勤帰りの人達も寄っていく。
初見の客は
ここで働き出した三年半前から知っている顔、マニュアル通りのやり取りしかしないお客さん。
でも、親しく色々と話し掛けてくる人もいる。
深夜は特に常連さんが多いから、日常会話や「ありがとう」という言葉に接する機会も多い。
もしかしたら俺は、それが嬉しくてこの仕事を続けているのかも知れない。
ささやかな喜びではあるけれど、一晩に十回以上は「ありがとう」という言葉を掛けてもらえる。
週五回の勤務だから一週間で五十回、一ヵ月で二百回、一年で二千回以上も「ありがとう」と言ってもらえるのだ。
そんな仕事は、なかなか無いのではないか。
「田中さん」
今夜の相方は
有名私大の二年生でイケメンだが、葉菜が嫌いそうなタイプで、女遊びが激しくセフレもいるらしい。
「彼女、来ましたよ」
え!?
一瞬、葉菜が来たのかと思ったが、「よぅ!」という声が耳に届く。
小六のくせに小四くらいにしか見えないチビが、傘を引き摺りながら店内に入ってきた。
穂積は小馬鹿にしたような目で俺を見ているけれど、正直なところ、全く気にならない。
こんな俺に懐く有希だから誰にでもそうなのかと思いきや、穂積が話し掛けても無視するからだ。
つまり穂積は、俺を小馬鹿にしているようでいて嫉妬しているのである。
つまり有希は、誰にでも懐くわけではなく、俺を好きなのである。
……多分。
「今日は一人か?」
亜希の姿は無い。
「お姉ちゃん、アニメ見てるー」
別に一人で来ることは珍しくない。
有希に限らず、亜希が一人で来ることもある。
徒歩一分ほどのところに住んでいるから過剰に心配する必要は無いのだろうが、親は何を考えているんだと思ったりはする。
「しゅんぺー、ほら」
有希は得意げに千円札を見せびらかした。
「おー、今日は金持ちだな」
俺がそう言うと、有希はニンマリ笑う。
「お姉ちゃんが、これでしゅんぺー買ってこいって」
「やっす! 俺やっす!」
「しゅーきんぺー?」
「俺をどこかの共産主義者みたいに呼ぶな!」
「おりょ?」
「いや、判らないのならそれでいい」
「今日ねー、学校でねー」
有希はその日の出来事をよく話す。
だが正直に言って、子供の話す内容などつまらないと言わざるを得ない。
脈絡なく話はあちこちに飛ぶし、石田さんが、高木くんがと、こっちの知らない名前を平気で出してくる。
俺は発注業務をしながら、適当に
「いま学校でねー、パイタッチが流行ってて」
「ふーん……え!?」
何故か聞き流せず、無意識に有希の胸元を見た。
今も貧乳の葉菜でさえ、小六の時には少しは膨らんでいた。
だが有希の胸は、男子のそれと変わらない。
「お前もされるのか?」
「私はされなーい」
……俺は何故ホッとしているのか。
そして何故、有希は唇を
「ねー、男子ってどうしておっぱい触りたがるの?」
「うっ」
俺は今、男の真理を問われている。
有希は今、小六にして
俺はいったい、何と答えればいいのか。
例えば男は、マザコンでなくても母性に焦がれる部分があると思う。
乳房は母性の象徴で、だから触れたくなるのだ、などと小六少女に語ればいいのか?
あるいはそれは、男が持ちえない存在であり、その柔らかさに対して未知なる好奇心を掻き立てられるのだ、とでも答えればいいのだろうか?
それはロマンであり、愚かな執着であり、時に
……そんな説明、小六女子に必要か?
もっと適切な回答が──
「お姉ちゃんがね、揉んでもらうと大きくなるって」
亜希、お前も貧乳じゃないか!
そもそも葉菜の胸は揉みまくったが、一向に大きくなんてならなかったぞ?
「しゅんぺー?」
頭を抱え込んだ俺に向けられる純真な瞳。
俺は
「死守しろ」
「え?」
「お前の胸をタッチしていいのは、お前が好きになって、お前を好きになってくれた男だけだ」
「うん?」
「判らなくても俺の言葉は憶えておけ」
「うん、判ったー」
本当に判っているのか不安だが、有希はニッコリ笑って俺の鼻を指で突いた。
いや、「心配しなくていいよ?」みたいな態度は何だ?
更に、無い胸を張って言い放つ。
「しゅんぺーが予約しました」
「しとらんわ!」
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