分かんないけど

悠井すみれ

第1話

 駅から出た瞬間にさ、やべ、暗えって思ったんだよね。時間は……まだ夕方の四時とかだったはずなんだけど。こっちの冬って、暗くなるのめちゃ早いのな。日本と違ってさあ。飛行機代が安いのはこういうことかって、行って初めて分かったよね。観光に向かないんだもん。すぐ暗くなるし、クソ寒いし。でもまあ暗いなりに店とかはやってるよねって思って歩き始めたの。町の名前? きっと知らないよ。っていうか俺も読めなかったし。全然有名じゃない、田舎の町。やっぱ、有名なとこだけじゃなくて、ツアーじゃなくって、現地の空気っていうか? 地元の店とかイベントとか飛び込みたいじゃん。それで、電車に乗ってさ、ふらっと途中下車の旅って、やってみたかったんだよね。ホテルもその日その日で決めてさあ……語学力アップにもなりそうじゃん? 就活のネタにもなりそうって思ってたし。ま、それどころじゃなくなっちゃったんだけどさ。


 で、暗いなあ寒いなあって思いながら、とりあえずメシ食えるとこ探そうとしたの。雪がちらちら降ってきててさあ、早く温かい料理……シチューとかかな、この辺は……食べたいなあって。でも、この国の田舎やべえの。まず人がほとんど歩いてなくてさ。ゴーストタウンかよってくらい。しかもやっと人を見つけてもさ、英語がさ、通じなかったんだよね。今時さあ。ジジイだったから仕方ないのかね。れすとらん! ふーど! あいむはんぐりー! って連呼したのに「何言ってんだこいつ」って目で見られてヤな感じだったなあ。観光客なのにさ。しかも日本人だよ? ニンジャ! ハラキリ! って言ってやったのにも無反応でさあ。あそこまで何も知らないって今時あるんだな。

 しょうがないから、引き返そうと思ったんだよ。電車はまだあったはずだし。もうちょっと大きい駅っていうか町に行こうと思って。せんきゅー、ばあい、って。ジジイに手ぇ振って戻ろうとしたんだよ。そしたら──

 囲まれてんの。いつの間にか。さすがにちょっとビビったよね。だってクマに囲まれてるみたいだったもん。ほら、人種がアレだからさあ、体格も違うわけで。外人の目って何考えてるか分からない感じだし。……そう。ガタイ良い野郎ばっか雁首揃えて立ち塞がって。で、なんかヒソヒソ言ってるの。もちろん、俺には一言もわかんないの。お前ら何なんだよ、って、もちろん言ったよ? でも通じねえもん。ぽりす、ぽりす! って叫んだけど誰も来ねえし。そりゃ誰もいなかったけど、町中だよ? しかも、そいつらが現れたってことは、俺、見張られてたんじゃね? って思うと怖くなってさ。暗い窓の中から大勢が見てるんじゃないかって思っちゃって。じゃあ声を上げても無駄なんじゃって思って──だから、そいつらに腕を掴まれても、何も言えなかったんだよね。言えるわけねえでしょ。だってこの国だと銃持ってるかもしれないじゃん。


 だから、俺は被害者なの! 観光客だからバレないと思ったんじゃねえの? だから拉致って金取ろうとしたんじゃねえの? 俺、監禁されたんだよ! なのにどうして俺の方が捕まるの? あんたさあ、取材するならちゃんとその辺書いてよね。弁護士つけたりしてさあ。ほんと、これ、外交問題ってやつだろ? なんで俺、ずっとこんなとこに……。クッソ寒いでしょ、ここ。隙間風もひでえし。ほら、今も外は荒れてるのかな? 風の音がうるさくて……ほんと、陰気臭え国。


 ああ……そんなこと言ってないで話せって? ま、報道して騒いでもらわないと始まらないよな。そう……だから俺、監禁されたんだよ。あいつらマジ頭おかしかった。町中揃ってグルになって……! 絶対ヤバいとこだよ。全然躊躇いとかねえんだもん。よしやるか、くらいの感じで、目配せして、それで俺を閉じ込めたんだよ。中世みたいなっていうか、石でできた家。壁も冷たくて……って、ここも似たようなもんだけどさ。荷物も取り上げられて、スマホもなかったから時間も分からなくてさ。パスポートもカードも……だから、殺されるかと思ったよ。身元が分からないようにして……? ってさ。この国の、それも田舎だから森が深いんだよ。電車から見えたのも、ほとんど森とか荒野って感じで。あそこに死体が転がってても誰も気づかないよな、とか思い始めちゃって。

 だって、町ごと普通じゃねえんだもん。そういう古そうな家だから、ドアもすげえ頑丈そうで、鍵もごつくて、見張りも立ってた。何か言われたけど、絶対、大人しくしてろよって感じだったと思う。しかも、ドアに十字架が三つ並んでかかってたのが怪しくて。この町、何かカルトでもやってるんじゃないかって……ていうか、やってたんだよな? 観光で教会とかは沢山見たけど、十字架を並べるなんて見たことなかったし。木の枝を組み合わせたみたいな……神聖な感じじゃなくて、雑な造りが気持ち悪くて。だから、パンとワインっぽいのが出されたんだけど食えなくて。毒とか、クスリでも入ってたら嫌だなって。


 寒い部屋で、ずっと膝を抱えてたよ。ベッドはあったからさ。眠くなんかなかったけど。眠れねえよ。ドアの外で、人がずっと行き来してるんだもん。気配も声も、足音もしたよ。多分深夜まで。時計はなかったから、体感だけどさあ。暗くなるのが早かった分、すげえ長く感じた。

 暗くて──それで、寒かった。この国の冬だからそりゃ日本とは違うんだけど、ここもそうなんだけど、それにしても寒かった。雪が降ってたからか、寒波でも来てたのか──いや、違う。おかしい寒さだったんだよ。ホラーとかでさ、幽霊が出ると寒くなるとか言うじゃん。そういう、普通じゃない寒さだったの! わかんないかなあ、そうだったんだよ!

 だから俺、どんどん怖くなったんだ。このままここにいたら凍死するんじゃないかって思い始めてさ。あいつら寒さなのを分かってて閉じ込めて、朝になる頃には俺は冷たくなってて、なんてさ。だってなんも食べてねえから指先とか動かなくなってたし。このままじゃやべえって思って、ドアとか壁とか調べたの。ドアは、鍵と見張りがいるでしょ。壁だって破れるもんじゃないし。でも、窓は──雨戸じゃねえんだろうけど、なんか木の扉みたいのがついてたけど、でも、木とガラスなんだよ。部屋も一階で、だからそこはあいつらも油断してたのかもな。とにかく、窓を破れば出られるって思ったんだ!


 そりゃ、怖かったよ。怖いに決まってるじゃん。見つかったら何されるか分かんないし。冬の深夜にって──いや、カルトな連中のが絶対怖いじゃん。終電はとっくに出てたかもだけど、線路を伝えばどっか別の町に行けるだろうし。朝が来れば電車も通るだろうし。とにかく出なきゃ、って思ったんだ。寒いのは──だって部屋の中でも寒いもん。外の方が逃げ場があるだけ良いでしょ? 変じゃないよ。外の方が良いんだってば。みんな同じことするって。それくらい切羽詰まってたの! 察してよ、もう。


 で、コート着たままだったから、脱いで腕に巻いて、窓を殴ったの。空き巣とかはそうするって、何となく知ってたから。音立てないように。その時には吹雪も激しくなってて風の音が結構うるさかったから良かった。だから、吹雪よりも人間の方が怖かったんだって。窓の外は真っ白でさ──逃げたら目立っちゃうかな、それとも紛れられるかな、なんて思うとちょっとだけ楽しかったな。ハイになっちゃってたのかも。雪ってやっぱテンション上がるじゃん?

 ガラス割れて、そこから外に出て──怪我も、ちょっとはしてたのかな。取り調べの時に包帯されてたから。でも、その時は全然感じなかったな。一面、真っ黒と真っ白でさ、うわーって感じ。すげーって。風の音が耳元でびゅんびゅんして、雪が顔に当たって痛くって、楽しかった。で、見つかる前にって走り出したんだ。方向……? うん、分かんないよな。駅に行かなきゃと思ってたんだけど、見える訳ないしなあ。でも、なんか迷わずこっちだ、って思ったんだ。野生の勘ってやつ? でもほら、とにかくあいつらから逃げられれば良かった訳だから。町を出たら荒野……うん、そうなんだけど。遭難は……するかもなあ。冬だから死んでたかも? いやでも、あそこにいたら殺されてたもん。逃げて正解だったよ。そう、正解だってば。


 だって、結局人に会えたもん。助けてもらえたもん。


 めちゃ良い人たちだったよ。焚火たいてて、あったかいスープくれたし。例によって何言ってるかは分からないんだけど、フレンドリーだった。夜中にそんなことしてたのは──だから、分からないよ。言葉通じないんだもん。でも、なんかコスプレの会とか伝統的ななんちゃらのイベント的なことだったんじゃないの? そう、なんか伝統衣装っぽいの着てたから、みんな。スープも塩と肉の旨味って感じのシンプルな味だったけど、すげえ美味かったなあ。牛でも豚でもないみたいだったけど、何の肉なんだろうなあ。あと、ヤギの角で作ったみたいなジョッキっていうか? でワインもくれてさ、一気したら盛り上がってくれたの。なんか毛皮みたいなマントみたいなのも貸してくれたしさ、ほんと、助かったよ。

 で、その人たちがこっちだよ、って感じで手招きするから、安心してついて行こうとしたんだ。馬とか犬もいてさ、コスプレならすごい手が込んでるよね。やっぱちゃんとした行事だったのかな? 地元の人なら着いてっても安心じゃん? 俺を拉致ったやつらは──地元じゃなかったのかな? あれ? じゃあ、マフィア? とかが空き家にいついたとかだったのかも? だったらやっぱ危ないとこだったんだな、俺。

 人とか馬とかいっぱいいたからかな、その時はあんま寒くなかったんだよね。視界はそりゃ悪かったけど、前の人についてけば良かったし。よく分かんねーけど歌ったり、コールみたいなのに何となく合わせたりして楽しかったなあ。ああいうのが生の体験ってやつだよな。俺はああいうのがしたかったの。


 それから──それから? ……うん、その後が曖昧なんだよなあ。その人たちについて歩いて行ったはずで……どこまで行ったんだっけ……。明るくなってきて、ああやっと朝だって思ったんだよな。いや──その前に、聞こえたかな。サイレンの音が……吹雪と風の音を切り裂いて……。それで、気付いたら警察に囲まれてたんだよ。俺だけだった。あの人たちを見失ってたのか……はぐれちゃってたのかな。


 だから! 俺が知ってるのはそれだけなんだよ! 俺は何も知らない被害者なの! 拉致られたとこから命からがら逃げるとこだったの! 窓を割ったのは器物破損になるのか? でも、

 なんだよそれ……それで捕まってるって分かったのもずっと後だぞ? あんたみたいに、日本から取材に来てくれてさ……。あれからずいぶん経ってない? なのになんで出してもらえないの? 日本で報道されてないの?


 俺は普通に観光してただけなのに……なんでだよ。クソ。出してくれよ……。

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