2
子供らしい手書き文字のプレートを貼った扉は、堅く閉ざされていた。
ノブを回しても、中から鍵が掛かっている。
「開かぬか? やはり俺が食い破るか?」
慎一は肩の
肩が激しく揺れるので、
「おお、開きそうではないか。やはりおぬしは、ここの
たぶん、と慎一は思った。
俺がここにいることを、
数度目の体当たりで、室内に転がりこむ。
顔を上げ、慎一は絶句した。
床に降りた
子供部屋ではない。
そもそも、この洋館の一室とは思えない。
炎や煙もまったくない。
「……窓の下に神田川が流れていそうな部屋ではないか」
確かに、安手の木造モルタルアパートそのものである。
「三畳一間よりはマシなようだが……」
「……2Kある。この台所の奥が六畳、横に四畳半」
「なんと、おぬしの部屋かよ」
彼らが立っている
しかし、その板の間には、二本の桃の木が奥を守るようにしっかりと根を張り、この季節らしく伸び伸びと茂らせた枝々に、鮮やかな細花を綿菓子のように咲かせている。
「日当たりは悪いが、台所いっぱいに桃の木を植えるとは、風流なことだな」
「……植えてない」
「
「しかし、なにか
「……
慎一は、
「履いたままにしろ。いつ何が変わるかわからぬ」
桃の花弁が、
慎一は六畳の居間の
「これは……」
そこはすでに、桃の密林だった。
自然の中ではありえないほど緊密に幹が重なり、慎一の腰から上あたりは、満開の枝々が桃色の海綿のようにみっしりと茂り、天井も壁も見透かせない。
ただ、足元を見れば、花弁の堆積のあちこちに居間の畳が覗いている。
見慣れたデコラの座卓も、朝食を摂ったのと同じあたりに、なんとか透き見できる。
そして座卓の横に、膝を抱えてうずくまっているらしい少女の
「
しかし、そこに近づくための
慎一が幹と幹の間に膝を突き入れても、腰でつかえてしまう。
「これはまるで六畳の桃花の
「俺だけなら抜けられるが、
「消えるってことか?」
「わからぬが、無傷では済まぬだろう。俺は
「…………」
夢と
慎一は、何年か前に統合失調症を患った同僚の苦労を思い出した。入院と投薬で無事に復職したが、寛解しても完治は難しい病気らしく、今でも薬が手放せない。
「すまぬ、慎一。俺が食い意地を張り過ぎた」
「始めに庭から上がらず、屋敷ごと呑んでしまえばよかったのだ」
慎一は
「こうとなっては
「すぐに道を開ける」
「ついてこい、慎一。その先はおぬしの仕事ぞ。惚れさせたときのように、
「…………」
「情けない顔で悩むな。そのぱっとしない
一見愛らしい姿でも妖物は妖物、かっ、と口を開けば、やはり貪欲な異形である。
異形の牙でばりばりと、瞬く間に桃花の繭を食い荒らしてゆく。
「……実が成っていたら
あまり美味くはないらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます