6.敵の敵は味方です?

「手っ取り早く金を稼ぐにはどうしたらいい?」


 ルイスに向けていたソーセージを一口で頬張ると、恨みのないはずのサラダの真ん中にフォークを突き立てる。


「そんな方法があればみんな大金持ちだよ。地道に働くか、探求者プレジャーとして地下や遺跡、海に埋れた財宝を探すか……あと、一番現実的なのは魔攻機装ミカニマギアを使っての傭兵かな?」


「どれもパッとしねーなっ」


 腹いせとばかりにルイスの皿にあったソーセージを突き刺した不機嫌なレーン。


 一晩経ったんだからいい加減整理をつけて欲しいと思いながらもそれを見過ごすと、パンを千切って口に入れるルイス。


 不機嫌の発端は昨日の夕方。帝都の西側に位置するストックヤードという町に到着し、意気揚々とこの宿に来てからの事である。



▲▼▲▼



 町に近付き速度を落とした魔導バイクは、そのまま町中へと突入した。ストックヤードは帝都のすぐ隣に位置する町だけあってそこそこ大きく活気がある。


 レーンは第二皇子殺害未遂という重犯罪者として追われる身。

 本来なら目立つ行動は控えるべきであったが、町の中心近くにある宿の前まで魔導バイクを乗りつけるという金持ちにありがちな悠々自適な立ち振る舞いには肝を冷やしたルイス。

 容姿端麗で、如何にも金持ちそうな金髪碧眼の若い男というだけでも人目を惹くのに、降りた途端に魔導バイクが消えて無くなるものだから道行く人達が唖然としていたのは仕方のないことだった。


 外観からして高級たかそうな宿。


 客を出迎えるのは広々としたロビーと品の良さそうな黒い服に身を包む従業員。一歩外の賑やかな町中とは別世界で、分厚い扉が閉まれば賑やかだった喧騒まで掻き消されてしまう。

 時間すらゆったり流れているのではないかと錯覚する落ち着いた雰囲気。深い色合いを光らせる重厚感のある室内には絵画や骨董など高そうな調度品が飾られており、一見すると貴族の屋敷に迷い込んだのかと思えてくる。


「この宿で一番良い部屋に案内しろ。それと、この町一番の女を用意しろ」


 胸の高さまであるカウンターに肘を置き、その向こうにいる品の良さげな老人に注文をつける。

 一歩後ろにいたルイスは当然のように目を丸くしていたが、それが当たり前の事のようにどこ吹く風で素知らぬ顔のレーン。


 黒いカードを取り出すのが見えたので覗いてみれば、黒地に赤色の家紋が描かれた見るからに特別なカードだった。


(そういうの使うと居場所がバレるんじゃないの?)

(ん?……まぁ、なるようになるだろ? こういう高級な宿なら寝てる間に爆破されるとかはないだろうから、逆に安全だろうよ)


 店の人がカードの処理をしている間に耳打ちしてみるが、考えなしに普段通りの行動をしているようにしか思えないルイス。

 こんな奴に道連れにされて寝てる間にご臨終とか叶わないと「別の部屋で」と声をかけようとしたその時、認識していなかった現実を見せつけられる。


(お前、分かってんのか? 犯罪者扱いされてるのは何も俺だけじゃないんだぞ?

 俺は皇子殺しの大罪とはいえ冤罪だが、お前は実際にギヨームを殺ってる。帝国からすればお前も十分犯罪者……ってか、敵対者? まぁ排除対象に代わりねぇな。

 そうなるとお前の場合は生死問わずデッド・オア・アライヴ?)


 リヒテンベルグ帝国の中核を担う宮廷十二機士イクァザムの殺害。


 襲われたから返り討ちにしただけではあるが、あちらさんからしたら重役を殺した危険人物と認定されていても何らおかしいことはない……つまり、レーン同様ルイスも帝国に追われる人間となったということだ。

 

(…………マジかぁぁっっ!?)

(ったりめぇだろ? いまさら何言ってんだ?)


「お客様、大変申し上げにくいのですが……」


 ルイスが予期せぬ現実を知って頭を抱え、それを見たレーンが腹を抱えて笑っていると、言葉通り本当に言いにくそうな顔をした受付のお爺さんが二人に声をかける。


「お客様のご提示されましたこちらのカードは、現在使用できない状態になっているようでございます。おそらくではありますが、何かしらの理由で口座が凍結されているものかと思われます。

 ですので、別のカード、もしくは別のお支払い方法をお願い致します」


「………………あんだって?」


「お客様のご提示されました……」


 じっくり五秒固まったレーンは耳の穴に小指を突っ込んでほじくると改めて聞き直す。

 だが、嫌な顔一つせずそれを見ていたお爺さんは、一語一句違えることなく同じセリフを繰り返した。



「ア〜シュ〜カ〜ルぅぅっ!あのクソ野郎がぁぁっっ!!!!」



 今度は二秒で硬直を解くと拳を握り締め、怒りで身体を震わせ始める。

 直感で『ヤヴァイ』と感じたルイスは慌てて押さえにかかるが、その程度で収まる怒りではない。


「レーン!落ち着け!逆に考えてみろっ。 アンタが弟の立場で家に残ってたら当然同じ事……ってか、もっとエゲツない事するだろ?家から絶縁されたんだろ?これくらい当然の処置だって!」


「絶縁されただとぉっ!されたんじゃねぇっ!!俺が身を退いてやったんじゃねぇか! 権力はくれてやったのに、俺から更に奪うだとぉっ!戻ってブチ殺してやるっ!!!」


 微笑みを崩さないお爺さんは高級宿に相応しい “仕事の出来る男” であった。


 静かなロビーに響き渡るレーンの怒鳴り声。ルイス自身、必死になり過ぎて何と言ってなだめたのか定かではない。

 三十分に渡る説得によりしぶしぶ矛を収めはしたが、怒りのマグマは煙を上げて燻り続けていた。


「一番安い部屋を二部屋お願いします。あと、女性はキャンセルで……」


「かしこまりました。すぐにご案内いたします」


 疲労困憊で自分のカードを差し出せば、すぐに……本当にすぐに別のお兄さんが安くない部屋へと案内してくれる。


 ぶつぶつと独り言を呟き続けるレーンを押しながらお爺さんに会釈をして逃げるようにその場を後にするが、その間、他のお客さんが店に入って来なかったのは不幸中の幸いだったと言えよう。



▲▼▲▼



 レーンの予想通り宿に気を使ったのか、帝国兵が夜分に押しかける事はなかった。

 しかし、レーンは帝位継承権を持つアシュカル第二皇子の殺害未遂という重罪を犯した犯人とされているので追手が来ないはずがない。


 もしかしたらギヨームの死がまだ伝わっていないだけかも知れないが、ここはまだ帝国の領地。いつ何処で帝国兵に囲まれても不思議ではないのだ。


「念のためだ、街道を避けて荒野を突っ切る。二つばかり町を飛ばすから今日は走りっぱなしだぞ?」


 魔攻機装ミカニマギアはただ装着しているだけでも魔力を持っていかれるので長時間の使用には限界がある。

 せいぜいもって半日なのだが、魔攻機装ミカニマギア擬きだと言った魔導バイクは丸一日走らせても問題ないくらいにしか魔力を消費しない極めて優秀な乗り物だった。


「帝国を出るのは賛成だけど、キファライオ王国には知り合いでも?」


「ああ、ダチがいるんでな。久々の顔合わせと、今後の行き先を検討するためのとりあえずの目標地点だ。

 ちぃとばかし遠いから金を何とかしないと埒が明かねぇな。こんな事ならギヨームの魔攻機装ミカニマギアをかっぱらってこりゃよかったよ」


 人間の力を飛躍的に向上させる魔攻機装ミカニマギア。たとえ性能の良くない物でもちょっとした財産になるほどの高値で取引され、戦争での傭兵から町の警備、建設現場に至るまでの様々な仕事に役立てられている。

 売れる場所は限られるが、帝国が誇る宮廷十二機士イクァザムの機体ともなれば一生遊んで暮らせるほどの高値が付いたかも知れない……が、後の祭りだ。



△▽



 天候は今日も晴れ、陽射しは暖かく心地良い。後部席に乗っているだけなのは暇ではあるが、こういうのもたまには良いもんだとゆったりとした時間を楽しんでいれば、油断を見越してワザと車体を揺らして遊ぶレーン。

 たまに休憩を入れつつ荒野を駆け抜ければ、昼過ぎには森に差し掛かったので流石に街道へと戻る。


 その後はスピードを控えめに森の中をひた走ると、ちょっとした山に差し掛かった辺りで事件は起こった。


「!!」

「えっ!?」


 突然変わった視界と身体を襲う浮遊感。突如として前転を始めた魔導バイクから投げ出されて宙を舞う二人。

 絶妙な高さに調節して張られたワイヤーに引っ掛かり、バランスを失って後輪が浮いたのだ。


 手を着き、地面を滑りながらも華麗に着地したレーンはまさに世の女性が目を輝かす “王子様” の所作である。


 だがルイスとて運動神経が悪いわけではない。


 普通なら地面に強打し動けなくだろう大事故であったが、二、三度転がっただけでそのまま起き上がり、周囲を警戒するのは大したものだった。


 森の肥えた土を抉りながら派手に転がる魔導バイク。壊れてなきゃ良いけどと少し心配になるが、魔攻機装ミカニマギア擬きであればあれくらい平気だろう。


「チッ、荷物無しで移動ったぁどういう了見だ?まぁいい。見た目は良さそうだし、こいつらだけでも売り払うか」


 少し短い剣身が湾曲するカットラスという剣を手にした顎髭の男を先頭に、鼠色をしたいかにも古そうな五機の魔攻機装ミカニマギアが姿を現す。

 その背後には二十人ほどの無精髭の男達がそれぞれの獲物を手にニヤニヤとした嫌らしい笑いを浮かべていた。


「てめぇら……やってくれるじゃねぇか」


 組んだ指を威嚇するように鳴らしながら山賊らしき集団に向かい歩み始めたレーン。

 町を出る際には昨晩の弟に対する怒りは鎮まったかに見えるほど機嫌良さげに走ってきたが、実はそうではなかったらしい。


 慌てて駆け寄ったルイスではあるが、ちょうど良い憂さ晴らしとばかりに山賊達より歪んだ顔を目にすれば、暴挙を止めるべく伸ばした手を引っ込めてしまったとて無理もない。

 今何か言おうものなら本気の矛先が自分に向けられてしまう。昨日今日の短い付き合いながらもそのくらいは理解できた。


 そして、せめてもと心の中で手を合わせる……ご愁傷様、と。


「おいおい兄ちゃん、この人数相手に二人でやろうってか?丸腰で? それにコッチにゃ魔攻機装ミカニマギアが五機もいるんだが、おめぇさん、目ぇ見えてるか?」


「上等じゃねぇか。それでも構わな……」


 言葉途中で振り向いたレーンはそのまま動きを止める。


 その理由がすぐに分かったルイスではあったが、山賊達はそうではなかったようだ。

 違和感を感じる者もいたようだが森から出てくると、仕事とばかりに二人を囲み始める。


「逃げようたって簡単には逃がさないぞ?諦めて大人しく……ん?」


 最初に気付いたのは頭領らしき顎髭男ではあったが、その時にはもう手遅れだ。




 地面を滑るように走ってきたのは七機のモスグリーンの機体。それは昨日ルイスが撃破したのと同じ機体ではあったが、機動力を高めるためか、腰につけたベルトのみならず足からも青白い光が見えている。


「て、帝国兵!?」


 急に青褪める山賊達。逃走を試みる者もいたが、頭上を飛び越えた三機が街道に散開していた山賊達の背後へと回り込むのでその機会は奪われてしまう。


「お前達が噂の山賊共で間違いなさそうだな。察しはつくだろうが、お前達に討伐要請が出された。大人しく従うか、この場で散るかは好きに選べ。

 兄ちゃん二人は被害者のようだが、運が良かっ……た……な?」


 正規兵の登場により己の末路を悟り震える山賊。

 しかしその正規兵もまた、彼等に襲われていた男の一人が形容し難い残忍な笑みを浮かべているのに気付くや否や顔を青くすることとなる。


「レ、レイフィール第一皇子……何故、ここに!?」


 一歩前に出ていた隊長らしき男の発言で騒つく帝国兵。この時すでに宮廷十二機士イクァザムであったギヨームの死は伝わっており、話題の危険人物であるレーンに恐れ慄き後退りを始めたのであった。



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