第7話 ☆夜の闖入者
「だ、だれ!?」
エディタは闖入者に驚き、思わず大声を上げた。
「シーッ! お静かに! お邪魔しますよ、エディタ様」
「あ、あなたは、マルツェ――」
「ですから、お静かに!」
マルツェルに口を塞がれ、言葉が出せない。
――なになに、いったい何事ですの! 確か、わたくしは自室として与えられた部屋でベッドに潜り込み、ゆっくりと睡眠をとって長旅の疲れを癒やそうとしていたはずですわ!
事態がつかめず、頭が混乱していた。
「せっかくオレたちは婚約者――言うなれば王国公認の恋人同士になったのです。夜にやることといったら、一つじゃないですか」
マルツェルはベッドに乗ると、エディタにのしかかる。
「馬鹿な真似はやめなさい!」
箱入りの王女だったとはいえ、エディタにもさすがにマルツェルが何をしようとしているのかは理解できた。
貞操の危機だ。
「まさか、気づかれるとは思っていなかったですよ。寝ている間に既成事実を、と思ったんですがね」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたマルツェルの顔が近づいてくる。
エディタはたまらずに、右手でマルツェルの頬を思い切りひっぱたこうとした。
しかしマルツェルの反応は早く、即座に手首をつかまれる。
「放してっ!」
「おやおや……。おいたはいけませんねぇ、エディタ様。あなたももう子供じゃないんだ。王族として与えられた義務は、きちんと果たさないといけませんよ」
マルツェルは余裕の態度を崩さず、にやついた表情を浮かべたままだ。
きつくつかまれた手首が、ギリギリと痛む。
「さて、と。おとなしくしていてくださいね」
腕を引っ張られ、マルツェルの胸に引きずり込まれそうになった。
「い、いやっ!」
エディタは叫び、無意識のうちに魔法――《エアカッター》を発動した。
エディタのつかまれていない側の手から、強烈な空圧がマルツェルの肩めがけて飛び出す。
さすがに魔法が飛んでくるとは思っていなかったのか、避けきれずに直撃を受けたマルツェルは、エディタをつかんでいた手を放し、そのまま勢い余ってベッドから転げ落ちた。
「ちぃっ! こんな状況で魔法を使えるなんて……。さすがは王族といったところか。あの魔法薬を飲んでいるんだから、てっきり《魔力飽和》で昏睡しているとばかり思っていたのに」
マルツェルは舌打ちをしながら起き上がると、恨めしそうにエディタをにらみつけてきた。
――そういえば、王宮であのお薬を飲んだお兄様も、丸一日ほど深い眠りに落ちていたような……。
おぼろげな過去の記憶を脳裏に浮かべた。
ここまでの事実を考えると、どうやらマルツェルは例の魔法薬を、エディタへのご機嫌取りとしてではなく、夜になって事に及ぶための睡眠薬代わりとして考えていたようだ。
「あなた、まさかそれが目的であの薬を?」
「さぁて、どうですかね」
マルツェルは再びニヤニヤと笑い、ベッドに膝を乗せた。
――これが、救国の英雄になるかもしれない勇者ですって? 信じられませんわ!
このような倫理観の破綻した男が、自分の婚約者……。
エディタは目眩がしそうだった。
「さぁ、婚約者としての義務を果たしてください、エディタ様。……大丈夫、オレは紳士ですから。せいぜい優しくしますよ」
マルツェルは舌なめずりをしながら、ベッドによじ登ろうとする。
――どの口で、『紳士』だなんてっ……!
エディタは手のひらに魔力を集中させた。
「ふざけないでっ!」
叫び、《エアカッター》を放つ。今度は明確に、自分の意思で。
風の刃がびゅんっとマルツェルの顔を襲う。
マルツェルはとっさに右手を突き出して魔法を打ち消したものの、衝撃でベッドからすべり落ちた。
「ぐっ! お、おまえ、何しやがるっ! 王族としての義務はどうしたっ! 王国の伝統を、……勇者の特権を、ないがしろにするつもりかよ!」
マルツェルは床に打ちつけた腰に手を添えながら立ち上がると、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
口調もかなり乱暴になっているが、どうやらこれが素なのだろうとエディタは思う。
「そのようなつもりは毛頭ございません! ですが、わたくしたちはまだ、あくまでもただの婚約者。結婚前の男女が同衾するだなんて、ありえません! はしたないにもほどがありますわ!」
エディタはベッドから降り、マルツェルの前に立ち塞がった。
――このままではお互いに冷静になれませんわ。今話し合っても無理そうですし、いったん部屋から強引に追い出して、時間をおかなければ……。わたくしも頭を冷やす必要があります。
きつくにらみつけてくるマルツェルに対し、エディタは再度《エアカッター》を放つ。
力では敵わない以上、魔法に頼るしかなかった。多少危険だが、威力には十分に注意する。
マルツェルは襲い来る風の刃を、身を翻して次々とかわしていった。
だが、エディタは接近の隙を与えまいと連続で魔法を撃ち続け、どうにか部屋の入口までマルツェルを追い出せた。
「ちくしょう、ふざけるなよ! おまえなんか、オレの婚約者だと認めないからな! 覚えてろよ!」
この場で事に及ぶことを諦めたのか、マルツェルは捨て台詞を吐きながら部屋を飛び出していった。
響き渡るマルツェルの怒声が、エディタの耳にキーンと突き刺さった。
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