第3話

 「――ですから、有坂様に死なれては困るのです」


 僕の自殺を止めたあと、久慈さんは丁寧に死神の仕事を話してくれた。勿論、僕に自殺されては困る理由も含めて。


 この世界は、一定のバランスで成り立っているらしい。空気や水、生き物から鉱物まで、森羅万象すべてがバランスによって守られている。

 例えば、空気中の窒素が今のバランスを保たなければ、僕ら人間は呼吸も出来ないのである。

 そして、人間の数――。死神的には、魂の数も一定量を越えて、この世界に存在してはならないらしい。


 つまりは――。


 「誰かが死ねば、誰かが生きなければならない――って事?」

 「そうです。正確には、誕生する事も含まれますが……」

 「それなら、僕が死んだら誰かを誕生させればいいじゃん」

 「……それなのですが、すでに誕生の順番は管理されていて、欠員は当分出ない予定となっております」

 「当分って、どのくらい?」

 「向こう二十年はありません」


 次の自殺のチャンスが二十年後とは、何とも遠い未来の話である。

 それに――と付け加えて、久慈さんは話を続ける。


 「今日死ぬ人間は、この管理調に名前のある人間から、選らばなければならない決まりになっています」

 「管理調って、タブレットじゃん」

 「それで、有坂様の名前がない以上、死なせる訳にはいきません。理解していただけたでしょうか?」


 何とも困った話になって来ました。

 僕は、自殺する事が出来なくなってしまったからです。さっき、話をしていた内容によると、久慈さんは何があっても僕に自殺をさせない様です。世界のバランスを保つ為、例外はないそうで、仮にこのバランスを崩すと、世界は破滅へと向かうそうです。


 僕は、どうしたら良いのでしょう?


 ピーピーピー。


 突然、アラーム音が聞こえてきました。

 どうやら、久慈さんのタブレットの様で、画面を見た瞬間、久慈さんの表情が一変しました。


 「これは、大変な事になりました」

 「どうしました?」

 「これから、命のオーディションをしなければならなくなりました」

 「命のオーディション?」

 「説明は道中に致しますので、すぐに行きましょう」

 「……え!? 何で僕も、行くのですか?」

 「それは――」


 それは勿論、僕が自殺しない為である。

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