第三章 元婚約者は隣国の女勇者

第33話 女勇者一行、氷の女勇者の追放を懇願される

「あ、あの! 本当にありがとうございました! し、しかも第二王女様と勇者様がいるパーティーに助けて頂けるなんて光栄です!」


俺達三人は、助けた女性にお礼がしたいと連れられてスパンズンの苺農園の応接室に通されていた。

どうやら彼女はこの農園の従業員らしい。


「というか、ダリア? さては気付いていたな?」

たまたま助けた女性が目的地の候補の一つだった農園の従業員というのも偶然だが、ダリアは俺が騎士達を拘束しようとしたのを全く止めなかった辺り、彼女の事を知っていたのだろう。


……まあ、そもそも仮に彼女が悪人だったとしても、武器を持っている訳じゃないんだからあんな大人数で拘束する必要は無いし、何よりあんなスケベそうな顔して、誤解されてもおかしくない言葉を言っていた騎士達が悪い。


「ええ、彼女はラウンドフォレストの農園の園長の娘さんですもの。 写真で見たから。綺麗な金髪に、そしてあの胸……羨ましい。じゃなくて! 忘れるわけないわ!」

「ははっ……」


やはりダリアは彼女の事を知っていたみたいだ。

しかし、園長こんな綺麗な娘さんいたのか。


……てか、金髪と胸で覚えてたのかよ。

園長の娘さんの事を。

顔で覚えろよ、顔で。

後、巨乳を羨ましがるんじゃないよ。

アザレンカが察して困ったような苦笑いしてるじゃねえか。


「あ、園長で思い出した。ダリア、例の件聞いてみてくれよ」


園長の話が出たことで俺はあることを思い出した。

そう、ここの苺農園がボーンプラントの人間に荒らされているという話だ。


「そうそう、ベリーさん。貴女のお父上から聞いた話なのだけれど、ここの農園でも果物が荒らされているのよね?」

「第二王女様は父の農園のお得意様ですから、お聞きになったんですね」


園長の娘さんは、ダリアの質問に表情を曇らせる。

……というか、園長の娘さんってベリーさんって名前なのか。

ベリーというより、あれは最早スイカだろ。


「プライス? 何ニヤニヤしてるの?」

「え? ああ、ただただイーグリット王国騎士団の警備のガバガバさに苦笑いしてただけだ」

「……そう」


危ない危ない。

ベリーさんに対して失礼な事を考えていた事がバレそうだったぜ。


「その件は、ここの園長に説明して貰った方が良いかもしれません。ちょっと呼んできますね。あ、遠慮せずにお二人も苺を食べて下さい」


そう言ってベリーさんは応接室から出て、園長を呼びに行く。


……遠慮せずに二人も食べて下さい?

そういえば、アザレンカがここに来てから一言も発していないな。


「ちょっと! アザレンカ食べ過ぎよ!」

「フルーツですからいくら食べても太りませんよ~ あ、プライス! ここの苺凄く美味しいよ! 僕もう二十個以上食べちゃった!」


後ろを振り向くと、アザレンカが幸せな表情をしながら、別のテーブルで苺を食べて満足そうに腹をさすっていた。

……あの? 俺食べてないのにもうほとんど残ってな……ってダリアに全部食われた!


「美味しいわ~ やっぱりスパンズンの苺は最高ね~ ……でも、アザレンカ食べ過ぎ! 私五個しか食べられなかったじゃない!」

「あまりにも美味しくて止まらなかったんですよ……」

「……」


ねえ、ベリーさん助けたの俺なのに。

苺一個も食べてないんだけど。


何故アザレンカが太ったのか納得しつつ、アザレンカの夕食は絶対に抜きにさせようと誓う俺だった。



十分くらい待っていると、応接室に一人の女性が入ってきた。

黒髪で眼鏡を掛けていて、スーツを着ている。

年齢は俺のお袋と同じ位だろうか。


「ベリーを助けて頂いてありがとうございました。私はこの農園の園長、ミラ・ジョイナーと申します。第二王女、勇者、そしてプライス殿」

「私達は何もしてないわ。彼女を助けたのはプライスよ」

「そうですね、僕達は周囲を警戒していただけですし」


ダリアとアザレンカの言葉を聞いたミラ園長は、今度は俺の方を見て改めてお礼を言う。


「プライス殿、本当にありがとうございました。ベリーが多人数の騎士に囲まれている所を助けて頂いたみたいで……」

「いえいえ、女勇者のパーティーの一員として、困っている人を助けるのは当然の事ですから」


正直、俺に礼を言われる資格なんて無い。

騎士達の横暴からベリーさんを助けたとはいえ、横暴を働いた騎士達のリーダーは騎士王である俺の親父だ。


騎士達の横暴がボーンプラントだけでなく、スパンズンにまで広がるようになったのに、それを放置しているのだから、親父は何をやっているのかとつくづく思う。


そのバカ親父の息子なんだから、俺は批判を受ける事を覚悟していたが、ミラ園長は笑みを浮かべながら話を始めた。


「ニールさんやグリーンさんから聞きましたよ。プライス殿がライオネルの山賊を撃退したり、超大型級クラウンホワイトを討伐したりしたって」

「……? ニールさん?」

「お会いしたことありませんでしたか? ベリーのお父さんですよ。ラウンドフォレストで農園を経営していますよね?」

「ああ……何回も会ってますね。園長って呼んでいたので忘れてました。」


というか、ラウンドフォレストの農園の園長ってニールって名前なんだな。

いつも俺は園長って呼んでたから名前は知らなかった。


いや違うな、多分名前を教えて貰っているはずだけど俺が忘れていただけだな。

そっちの方が可能性が高い。


「そういえば、ここの農園も荒らされているんですって?」

ダリアは、俺達が気になっていた事をミラ園長に聞く。

すると、ベリーさんと同じように表情を曇らせてミラ園長は答えた。


「……ええ、そうなんですよ。しかもボーンプラントの人達みたいで……」

「困ったわね、噂通りじゃない」

ダリアもミラ園長の返答に表情を曇らせる。


「……だからプライス殿の実力を見込んでお願いしたい事があります」

「引き受けるのは確定として、どんなお願いかしら?」

「ダリア? 勝手に話を進めないでくれるか?」


内容も聞かずに了承するダリアに俺は焦る。

いやまあ……引き受けるけど。


「……あれ? 僕一応勇者なのに頼られていないのは気のせいかな?」

「「「……」」」


アザレンカは困惑していた。

確かにミラ園長は勇者であるアザレンカの存在を無視して俺に頼むのはおかしい。が、ここはアザレンカの言葉をスルーの方向で行こう。


ミラ園長の顔がかなり神妙な面持ちになっているし。

余程難しい依頼なのか、あるいは命の危険が伴うのか。

懇願するように頭を下げてミラ園長は話し始める。


「お願いします。ボーンプラントにいる"氷の女勇者"をイーグリットから追い出して欲しいんです」

「……やっぱり、ただの悪い噂じゃ無かったんですね」


ノバと話していた、ボーンプラントで悪い噂になっているという氷の女勇者。


アザレンカも氷の魔法が得意なので、最初は活躍していないアザレンカに対しての皮肉かと思っていたが、ミラ園長がイーグリットから追い出してくれと言っている辺り、アザレンカの事を揶揄している訳では無いことが分かったのは不幸中の幸いだ。


……まあ、他国の女勇者がイーグリット国内で暴れていて、国民が助けを求めるレベルにまで問題が発展しているというのは、それはそれで困った話なのだが。


「申し訳ないけど、女勇者ってことは聖剣を相手に戦うって事よね? それなら、貴女レベルの人間の依頼じゃ話にならないわ」

意外にも、ダリアは難色を示していた。

ダリアの事だから、プライスが何とかしてくれるわ! とか言うと思っていたんだけどな。


まあ、その通りだろう。

勇者と勇者が対峙するという事は、国と国の代理戦争みたいな物だ。

こちらには聖剣に選ばれていないとはいえ、アザレンカがいる。


仮にそのボーンプラントの氷の女勇者にズタボロにアザレンカが負ければ、イーグリットの評判は大分落ちるし、何よりこれから先の外交に悪影響が出ることは間違いない。


イーグリットの勇者は弱い。


そのレッテルを貼られれば、イーグリットの平和がこれから先続くことは保証されないだろうな。


「た、確かに僕も自信無いなあ……。他国の勇者と戦って勝てって言われても、聖剣無いし。……あ、だから僕じゃなくてプライスに頼んだのか」


悲しいかな。

アザレンカは自覚していた。

自分じゃ他国の勇者には勝てないと。

同じ氷同士で、相手は聖剣を恐らく持っている。

というか、勇者で聖剣を持ってないのなんてアザレンカぐらいだ。


レア度では、アザレンカの方が格上だが、実力は氷の女勇者の方が格上だろうな。


「それだけじゃないわ、アザレンカ。いくらプライスが聖剣に選ばれたとはいえ、まだ日が浅い。相手の方が聖剣の扱いに於いては上。こちらが圧倒的不利よ」


ダリアは、この依頼を受けることに慎重だ。

困っているのは分かっている。

だが、他国の女勇者に俺達が負けるような事があれば、イーグリットという国自体が危なくなるという事が足を引っ張る。


だからこそダリアは、もっと権力があり、もしもの時に責任が取れる人間が依頼をしろと。

そういう意味で、ミラ園長の依頼を拒否したんだ。


「……勿論です。だからもうすぐいらっしゃると思います。スパンズンの領主、サラキア・バーネッツ様が直々に依頼をしに」

「「「!」」」


ミラ園長の言葉に俺達三人は驚く。

領主レベルが出てくるとなれば、この依頼を受けざるを得ないからだ。

それほど本気だということ。


イーグリットから、氷の女勇者をどんな手を使ってでも良いから追い出せと。

そう、言いたい訳か。


「……ふーっ。また厄介な事になりそうだ」


ため息を吐きながら、スパンズンの領主が来るのを、俺達は待つことになった。

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