第10話 王家同士の縁談の場へ

縁談の場は、ライオネル王国の人間の歓迎会を兼ねた大宴会だった。

こんなに大人数が入れる部屋が王宮内にあったとは。

おいおい、騎士団や魔導士団が護衛でいるのは分かっていたが、まさかあの二人までいるのかよ…。


俺の父親でイーグリット最強の騎士、騎士王ロイ・ベッツ。


俺の母親でイーグリットの女王の次に権力があるとされている大賢者マリーナ・ベッツ。


「……なあ、姉貴よ?親父とお袋がダリア様の縁談の場にいるなんて聞いてないんだけど?」

最悪だ。

今回の一件だけじゃなく、修行とは名ばかりで二ヶ月間ただただサボっていただけという事も怒られるかもしれん。

恐らく、親父かお袋のどちらかにはバレてる。


「ライオネル王国も"将軍"と呼ばれる兵士の中で一番実力も位もある方が来られているんだ。ならばこちらも同等の人間を参加させなければならないだろう?」

「……うへぇ、しかも第一王子も女王も同席してるじゃん。今回は割と本気で結婚させたかったんだな」


イーグリット王国女王のマリア・イーグリットと第一王子のジョー・イーグリットがわざわざこんな場に出向くなんてな。


本気で、第一王子は次期国王の座をダリア様に奪われるかもしれないと思っているんだろうな。

だから、さっさと結婚させたいんだろう。

第一王子の自らの目的の為に手段を問わない姿勢には、俺も見習うべき所があるのかもしれん。


同時に、女王には失望した。


本気であの男を、第一王子を次の国王にすると決めたんだと。

ライオネル王国の次期国王となる王子がイーグリットに婿入りなんてするわけがない。

ダリア様を嫁がせると決めたということだ。

ダリア様をライオネルに嫁がせようとしている時点で、もうダリア様は次の国王候補からは外れている。

マジで、見る目ねえな。


じゃあ俺も、手段を問わない事にしよう。


もうイーグリットがどうなろうがどうでもいい。


あの男が、次の国王になる。


間違いかもしれない。


ダリア様の勘違いかもしれない。


まだ、ダリア様が次の国王になる可能性があるかもしれない。


そう、思っていた。


いや、そうだと信じていた。


でも、自分の目ではっきり確認してしまった。


次のイーグリットの国王になるのは、イーグリット王国第一王子ジョー・イーグリットだと。


ああ、それと親父とお袋がイーグリット国内でどういう扱いになろうがもう構わないね。


あんな男に仕えると決めた奴らは、もうどうなったっていい。


王国騎士団も王国魔導士団もライオネルの内通者がいるかもしれない奴らの集まりだ。


まあ、ライオネルともし戦争にでもなったら国の為に頑張れ。


ただ……エリーナ姉さんには、恩を仇で返すような事になってしまうな。

それだけは申し訳なく思う。


「……それで?どう謝りに行くんだよ?姉貴?」

「……プライス、ここまで連れてきてやったんだ。後はお前が一人で行け。私はとてもじゃないが処刑台にはまだ立ちたくない」

「えぇ……」


そう言って姉貴は、そそくさとどこかへ行ってしまった。

だからセリーナの方は嫌いなんだよな。

姉としても、人としても。

散々、人に色々言っておきながら、いざって時は人に丸投げするんだもん。

だからエリーナ姉さんと違って人望も無いんだよなアイツ。


「お困りかな? プライス君?」

どうしようか考えていると誰かに話し掛けられた。

声の主は、紳士服が似合う初老の男性。


「園長じゃないですか? どうしてここへ?」

「ライオネルの王子様がリンゴが大好きみたいでね。贈答品としてウチの最高級品を届けに来たのさ。王家もウチのお得意様だって言ったろ?この間第二王女が来たのも、最高級品のリンゴが急に欲しくなったからなんだよ」

傷一つ無い、まるで赤い宝石のようなリンゴが沢山入ったかごを持って笑顔で答える園長。

ライオネル王家もお得意様になればそりゃ良い太客になるだろうから笑顔にもなるわな。


「ところで、まだ数日しか経ってませんけど、ライオネルの山賊集団に復讐とかされてません?」

「はは、心配し過ぎだよ。あれほどプライス君に痛め付けられてすぐにやって来るほど山賊達も馬鹿じゃないさ」

……いや? 恐らく馬鹿だから山賊なんてやってると思うんですけどね? と言おうとしたが流石にこんなにもライオネルの人間がいるところでそんなことを大っぴらには言えん。


しかも、今の話を聞いていたのか。

二、三人程が俺を見ていた。


「それと報酬あんなに貰っちゃって良かったんですか?」

さっきより小声で話す。

園長もライオネルの人間に聞こえたら不味いと思ったのか、同じように小声で話す。

「金貨十枚くらいで済んで良かったよ。騎士団や魔導士団に頼んでいたらもっと掛かっていただろうしね、お金」

「……え? 金貨十枚? マリア金貨も一枚入ってましたよね?」

「それは、恐らく第二王女じゃないかな? 騎士団や魔導士団の人間は頼れないからプライス君にでも頼むしかないって言っていたし」

「……」

園長の言葉に疑問を持つ。


やっぱりだ。


これで確定した。


王国騎士団か王国魔導士団かあるいはその両方なのか。


ライオネルとの内通者がいる。


「その話はおかしいですね、園長」

「え? どうしてだい?」

「俺の姉二人、セリーナとエリーナは農園がライオネルの山賊に襲われた事を知らないですし、何だったらセリーナに至ってはライオネル人が暴れていることすら、ライオネルの山賊集団の存在すら知りませんでした。ということは少なくとも王国騎士団には話は通っていません」

俺の言葉に園長は狼狽えだす。


「ちょ……ちょっと待ってくれ。第二王女は騎士団や魔導士団にライオネルの山賊集団の話をして、討伐するにしても、捕まえるにしても、あまりに農園が払う費用が多すぎるから頼むのを辞めたって言ってたんだ。それなのにライオネルの山賊集団の存在すら王国騎士団は把握してないなんてどういう話なんだ……?」

「恐らく、エリーナ姉さんも知らないでしょうね。俺が農園から果物や野菜、ワインやジュースといった加工品を沢山持ってきた時に依頼のお礼か?とは聞いてきましたが、ライオネルの山賊退治をしたことについては聞いてきませんでした。つまり王国魔導士団にも話は通っていません」

園長の顔から完全に笑顔が消えた。

むしろ恐怖すらしている。


「……そ、そんな…それなら何故第二王女は頼んだけど費用が多すぎるから辞めたなんて嘘を?」

そうだよな。

園長だってその事に疑問を持つよな。


「信じられないでしょうけど、王国騎士団か王国魔導士団かあるいはその両方に内通者がいるんでしょうね。ライオネル王国との。ダリア様はそれに気付いたから頼めなかったんじゃないですか?」

「ま、まさか……そんなこと有り得る訳が……」

「考えれば農園が襲われたタイミングも丁度良すぎるんですよ」

園長の言葉を遮り俺は自分の考えを続ける。


「あの日、農園の攻撃魔法の使い手が休みだったので、農園は魔法障壁がいつもより厚くなっていた。遠目で見てもすぐに分かるぐらいには。厚い魔法障壁を壊すのは、いくらライオネル人が力に長けてるとはいえ容易ではありません。ましてや魔法が使えない人達なのにわざわざ障壁が厚くなっている日に来ないでしょう?」

「……じゃ、じゃあ何故あの日農園に?」

おいおい、ここまで話して気付かないのかよ。


「本当の目的は、高く売れる農園の野菜や果物なんかじゃなくて、ダリア様だったんですよ。恐らく今まで農園が襲われていたのは小遣い稼ぎも兼ねて農園の下調べをしていたんでしょうね」


事実を聞いた園長は少し考えて、肩をすくめて溜め息を吐いた。


「信じたくないが、辻褄が合ってしまうね。王家の護衛をする騎士団や魔導士団ならダリア様の予定が分かるからね」

話が早くて助かるよ。

すぐに園長はこの事実に納得してくれた。


じゃあ、納得してくれた所悪いけど利用させて貰うか。


「園長、今すぐ農園に戻って障壁を更に厚くし直した方が良いかもしれません。下調べされているということは農園の障壁が薄くなっている所を知らている可能性があります。今、縁談の場に王国騎士団と王国魔導士団の人員が割かれている今、盗賊はチャンスと思っていますよ?瞬間移動テレポーテーションで俺が行っても良いですけど、働いている人達に無理を強いることが出来るのは園長だけでしょ?」

「……言い方が悪いなあ、と言いたいところだがそうした方が良いみたいだね。贈答品のリンゴはどうしようかな」

そう、俺にはその贈答品のリンゴが必要なんだ。


「俺がライオネルの王子にお渡ししましょう。俺は騎士王と大賢者の息子ですから」

「……何か、企んでいるね?」

「はい、企んでいるのでさっさと帰った方が園長の為ですよ?」

「分かった。リンゴを頼もう」

そう言って、リンゴが入ったかごを俺に託して園長は急いで農園へと戻っていった。


さあ、俺もやるか。


あの縁談をぶっ壊してやるよ。

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