第2話…種と力

 むかーし、むかし……命という存在が、宇宙という怪物を殺し、その闇色の体を伸ばして伸ばして広げた。

 すると、宇宙のお腹の中には、伸ばされるときに引きちぎれた細胞が丸く形となり、惑星や衛星、彗星となった。

 命は、自分の体の一部を引きちぎり、宇宙のお腹の中にいくつかの恒星を創った。やがて、命の一部だった恒星の光を浴びて、惑星や衛星や彗星の細胞が活性化し、星々の表面や中に新たな生き物が生まれた。

 青い海と、緑の大地に彩られた惑星・フェミニスもまた、そんな宇宙の細胞の1つである。星にはあまたの命が生まれ、育まれてきた。

 フェミニスの支配者は、星の神(どの星でも、最初に生まれた個体を神とする、と命が決めた)であるシドゥズ・デエイ。彼は一人で星を管理して回っていたが、やがて、自分と似た生き物を産み、フェミニスに生きる全ての生き物を手助けする子を増やしていった。


 シドゥズ・デエイが卵種同体であるように、生まれてきた子たちも皆そうであったが、あるとき、シドゥズ・デエイは、人が“妊娠中に力仕事をするのは困難だ”と感じ、フェミニスじゅうに散らばった子たちを集め、子たちの体から“種と力”を取り出し、別の生き物を生みだした。

 シドゥズ・デエイは、人から切り離した種と力を、男、と名づけると、神力を回復させるために長い眠りについた。

 男は、人が必要と感じたときに種を捧げ、力が必要なときに力を捧げたが、従順な性格だった男たちは、自分たちのほうが人より力が強く、暴力を振るうことで人を従わせられることに気がつくと、次第に傲慢になっていき、人を力で抑圧し、支配するようになった。

 男は、人を“子を産むためだけに存在する生き物”として、自分たちより劣る存在という意味を込めて、女、と呼ぶようになった。

 女を家畜として飼うようになった男は、好き放題にフェミニスという惑星を蹂躙し始める。男以外の動植物を、ただ自らが愉しむために弄び、殺し、時に子を産ませ、育てさせ、気に入らなければ、やはり殺した。


 1000年とたたないうちに、フェミニスは男以外の動物たちの悲鳴と血肉、そして、男の歓喜の歌声で埋め尽くされ、多くの種族が絶滅していき、豊かに栄えていたフェミニスは暗黒の惑星と化した。

 もちろん、奔放に生きる男の行動は自滅に向かっていたが、知能が低い生き物である男には、それが理解できていなかった。

 そう、シドゥズ・デエイに人から取り出された『男』の正体は“種と力”であり、知性や知能は人の3分の1以下しか持ち合わせていなかったのだ。よって、男には破滅や破壊がどれほど恐ろしい結末を迎えるか、自らの創造主である女……いや、人を傷つけることが、どれほど空しい結末を迎えるか、全くもって理解できなかった。

 男の暴力による支配により、フェミニスは傷つき、特に惑星の真の支配者であり管理人である『人』の中枢…“魂”は疲弊した。

 その魂の悲鳴を聞きつけ、長く、長く、眠っていたシドゥズ・デエイが数千年の眠りから目覚め、フェミニスの惨状に怒り狂った。


 シドゥズ・デエイは、男から、物として…女として、扱われることに、すっかり慣れ切っていた『人』に、自分たちが何者であるかを思い出させ、人々を団結させる。そして、男の中にいた数少ない“人の魂を受け継ぐことができた個体”を見つけ出し、人々と共に団結させた。

 シドゥズ・デエイは、多くの動物と、団結した人と男をフェミニスから“取り上げ”てしまい、惑星には“種と力”しか持たない男だけが残されてしまう。やがて、男は怒りと絶叫と絶望のなかシドゥズ・デエイに戦いを挑むが、星の神に勝てるわけもなく、次々に敗北。シドゥズ・デエイは、人の一部であった男を決して殺さず、石や花、草、木などへ姿を変えてしまい、生かした。

 男は戦う気力すら次第に失くし、卵を持たない生き物であるがゆえに、緩やかに絶滅していくしか道はない状態となった。

 自分たちの科学力で“卵”を作ろうと奮闘はしたが、しょせんは知能の低い生き物である。卵は作れず、さらに、食べるものが植物と穀物しかなくなっていたこと、戦争が続いたことで、男の平均寿命は短くなり、フェミニスに生きる男の数は100年後には激減した。

 男の生き残りたちは、とうとう最後の手段に打って出る。星の神・シドゥズ・デエイに、許しを請うたのだ。


 自分たちの数千年にも及ぶ、女や他の動植物への非道な行いを、男は心から謝罪した。このとき、フェミニス上の男の数は、何と、5000万体になっていた。

 シドゥズ・デエイは男に許しを与え、フェミニスに『人』と、他の動物たちが戻ってきた。今後、二度とこのような惨劇が起きぬよう、人々はフェミニスじゅうに神殿を作り、星の神・シドゥズ・デエイを祀り、祈りを捧げるようにした。

 シドゥズ・デエイは、人のなかに、たまに卵種同体で生まれる個体を生じさせ、人々はそんな卵種同体の人を“先祖返り”として畏敬し、やがて先祖返りを王として国が発展し、先祖返りの子孫が王族となり、さらにその王族の子孫や親戚、または王国の平和と安寧に深く寄与した一族が、貴族となった。

 時は流れ、再びシドゥズ・デエイは眠りについた。ちなみに、男は、二度と人や他の動物たちを脅かすことのないよう、生まれたときからしっかりと“教育”され、再び従順な生き物へ戻った。

 そして、フェミニスには再び平和と秩序が広がった……。


〇 〇


 と、いうのが、学校で習う『宇宙と命』『フェミニスの創生神話と暗黒の歴史』である。対象年齢に合わせて語り口は多少、変化するが、内容は全てきっちり同じだ。

 このあとに、女男(にょなん)は教わる。人は、いつしか“便利だ”という理由で、自分たちの呼称に『女』や『女性』を使い始めたこと。やはり、女、というのは暗黒時代に男からつけられた蔑称だから、女性と呼ぶべきだ、という意見。(現在も、人が自分のことを『女よ』と自称することは構わないが、男が人を『女性』と呼ばず『女』と呼ぶと、罰せられる国もある)

 そして、男は暗黒時代をもたらした“罪深き存在”であり、星の神・シドゥズ・デエイによって、人から取り出された“種と力”に過ぎないことを教え込まれ、フェミニスは長い男蔑視の時代が訪れた。

 神殿に使える神官は、男はかつてフェミニスに暗黒時代をもたらし、世界を滅ぼしかけた贖罪をしなければならない。ゆえに、自らの生みの親である人によく使え、口答えせず、種を捧げ、力を捧げねばならない……と、教えを説いた。

 しかし、2000年ほどたった頃、女尊男卑に、男蔑視に、異を唱える男が現れる。男の名前は、アユクア・リティアーテイム……神殿に使える覡(かんなぎ)だった。

 神殿の教えに疑問を持った神官に教育を受け、アユクアは“男も女性と同じように生まれ、そして死んでいく。命は平等なはずだ”と訴え、男の解放運動を始めた。

 次々に、世界じゅうで抑圧されていた男たちがアユクアに賛同し、自らの意見を大声で主張しながら行進する、平和的な抗議活動が起こった。

 最初は冷ややかに見たり、嘲笑っていた女性らだったが、女性のなかにも男への理不尽な扱いに疑問を感じていた者たちがおり、やがて抗議の行進に参加するようになる。抗議の行進は瞬く間に世界に広がり、ついには国を動かすまでになった。

 フェミニスで初めて、西の大国、アウローラ・フィラクティオニス共和国が『人種差別撤廃条約』を、フェミニス大陸連合に提出。『人』の『種類』で差別するのは、違法である……と、初めて、男が公的な場で『人』と明示された瞬間だった。

 しかし、他の加盟国の反対は強く、条約は否決されるだろう……そう思われていた、星暦(せいれき)3229年13月4日。男解放運動の英雄であり、先駆者だったアユクア・リティアーテイムが、自宅で何者かの凶弾に倒れた。

 犯人はすぐに捕まったが、犯人が、男の解放運動に反対していた組織『星の親衛隊』に所属する過激思想の女性だと知れると、世論は間欠泉のような勢いで人種差別撤廃条約に賛成し、アユクアの死を悼んだ。

 かくして、世論に押される形となり、フェミニス大陸連合にて『人種差別撤廃条約』は可決された。


〇 〇


 朝食を食べ終え、フラウは自室のソファーに腰かけ、この世界……フェミニスの歴史が描かれている書物を読み漁っていた。

 ここはフェミニスの南に位置する、ケレプスクルムア王国。かなり保守的な国で、未だに慣例として女性優位を色濃く残す、長い歴史を誇る国である。が、ケレプスクルムアの貴族や王族は、男を『男性』と呼び、建前上は女性と同等ですよ、平等ですよ、同権ですよ……という認識を、国際社会には示していた。

 フィデリスが用意してくれたお茶を一口飲み、フラウはため息をついた。

 地球とは、まるで違う星の歴史……。本当に神様が存在する世界なんて、想像もできない。それに、男尊女卑なら未だしも、女尊男卑だなんて、日本で生まれ育ったフラウからすれば、全く実感できない社会構造だった。

 さらに、思い出したことがある……。

 現在、ケレプスクルムア王国の国王、ペルフェクトゥス7世は卵種同体の、いわゆる“先祖返り”で、フラウはそんな国王の『夫』になることが、生まれたときから決まっていた。

 この国では、女は20歳で成人、男は15歳で成人となる。フラウは3年前に成人を迎えているが、18歳の誕生日は、フラウにとって特別なものだった。

 なぜなら、フラウが18歳になるとき、ペルフェクトゥス7世も20歳になるから……。

 かつてのケレプスクルムア王国の民法において、男はいくつでも結婚できたが、女は成人しなければ結婚はできなかった。

 200年前から改定されていなかったケレプスクルムア民法には、未だに女性優位な法が数多く残っており、結婚年齢もその一つだ。男はいくつでも結婚でき、さらに、憲法が改正される50年前までは、母親の同意を得られれば、男の意思など関係なく結婚させることができた。

 つまり、40歳の女が12歳の少年を夫にすることができた、ということである。しかし、世界各国の男性蔑視な法律や慣習などがフェミニス大陸連合会議で問題視されるようになり、ケレプスクルムア王国の『女男結婚の不平等』も、是正を求められた。

 よって、50年前に憲法が改正され、結婚は女男ともに、“双方の同意があるときにのみ成立する”と、そのように『女男平等』の欄に明記された。

 さらに民法も、憲法改正から15年後に改正され、結婚可能年齢が女性は20歳、男性は15歳、と、女男ともに成人を迎えてから、となった。

 ……とはいえ、人々の『習慣』や『慣例』というものが、憲法や民法が改正されたところで、それほど簡単に変わるわけもなく……。

 特に、田舎へ行けば行くほど未だに男性蔑視は激しく、貴族や王族などは、さらに明確に女男の役割を分けているのが現状だった。

 フラウはオブリヴィオン公爵家に生まれた際、当時2歳だったペルフェクトゥス第三王子の夫になるよう王室から要請があり、両親であるオブリヴィオン公爵と公爵夫は謹んで、その誉れ高い要請をお受けした。

 そこに、フラウ自身の意思が入る余地など、当然なかった。


つづく

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