第96話『最終階層:人間』

「ッ!!……僕の命が……あふれ出る……イヤだッ!……死にたくないッ!」


「貴様の言葉だ。一歩でも引いたら敗北。敗北時は切腹。宣誓なら、守れ」


「腹を切れ……ふっざけんなッ!……切腹っていつの時代だッ! 残酷すぎるだろイカれてんのか? 時代錯誤もはなはだしいッ! 江戸時代じゃねぇッ、イマは……えっと……令……ッなんとかだッ! よくも心ない残酷なこと言えたねッ!?……自殺を命じたなッ! 殺人教唆だッ!……キミ犯罪者ッ!……何が宣誓だッ!」






 大げさに騒いでいるだけで死に至る出血ではない。

 もとより約束が守られるとはユーリも信じていない。



 一歩引かせることで目的は果たせた。

 シンが靴底で顔を踏みつけていたマキナから引き離す。

 ユーリはその目的が果たせた。



 切腹はただの戯れ言として信じていなかった。

 シンが約束を守るはずがない。ありえない。



 もし、シンの足元にマキナが居なければ。

 ユーリは七本目の武器でシンを斬り伏せていた。

 

 シンを彼女から引き離せた。

 あとは、シンを斬り殺す。  


 

 ユーリはシンに改めて決闘を申し込む。







「さっき貴様が告げた宣誓の件は目をつぶろう。……もう一度、尋常に勝負しろ。前回のようなハンデは不要の真っ向勝負だ。貴様は、スキルで常時俺よりも無条件で5倍強い、神剣使いの、剣神なんだろ? さらにパクリまくった数々の最強の武技が使える。しかも……に圧し潰される前より10倍強くなっている。……十分貴様に有利な勝負のはずだ。貴様は圧倒的に有利な状態だ。貴様が俺に負ける理由はない。全ての力を俺にぶつけろ。そして俺に勝ってみせろ。貴様も、男なら」


「価値観アップデートして、ね? 今はね。ジェンダーフリーの時代。分かる?」







 シンは前触れもなくただ右手をスッと前に伸ばす。

 シンの伸ばした先の空間に……亀裂が。

 シンは右腕をその亀裂に突っ込む。



 シン本人も、何をしているか理解はしていない。

 何となくできる気がした。だから試した。それだけ。

 そして、恐るべきことに……実際に出来た。




 シンの空間の亀裂に入った右の手首は何かを掴んだ。

 血まみれで倒れているマキナの首だ。

 

 ユーリはマキナからシンを引き離した。

 さらにシンを少しずつ後退させている。

 だから距離的には離れているはずなのだ。




 だが、どういう理屈かシンの右手にはマキナの首が。

 マキナを引き寄せるまで、――わずか0.01秒。


 

 シンはマキナの首を吊るし上げる。

 自慢気に掲げる。まるで勝利のトロフィーのように。

 シンは歯を剥き出しにしてユーリの前に見せつける。




 吊るし上げられた少女はあまりに酷い姿だった。

 こんなのは、……ただの虐待だ。



 世界、国を、誰かを守る……これはそれ以前の話だ。

 こんな暴虐は、誰であったって許容してはならない。

 








「――――そこを、動くな。動いたら、このガキを殺す。ね」









 本来は脅迫としてまったく成りたっていない。

 マキナはシンのスキル。そして世界の敵だ。



 ユーリにもムーにもマキナを救う理由はない。

 彼女はシンを蘇らせ更に強化した敵。

 更なる世界干渉が世界を危険に晒す可能性だって。




 





 ――――否。見捨てるなど、不可能。









 シンは理屈を越えた直感で理解していた。

 シンは人の善性を理解していない訳ではない。



 理解した上で、善性は人の弱みと考えている。

 今までもそうやって数々の世界を滅ぼしてきた。



 人の善性、情け、慈悲、赦し、その全て裏切った。

 善意や慈悲を見せた相手を背後から刺し殺す。



 シンはすでに9の世界を滅ぼしている。

 ソレを可能にしたのは性格と直感が大きい。







「脅しのつもりか。馬鹿馬鹿しい。貴様の言葉は脅迫として成り立っていない。ソレは貴様のスキル。世界に災厄をもたらすスキル。そして貴様の奥の手、――切り札」


「なら、キミがガキをグサッて殺してよ。ね? 僕ぁマジで邪魔しないから。うん」


「……――ッ――――」







 ユーリは奥歯をギリギリと噛む。

 出来るはずはない……そんなこと。


 人質を使った脅迫。有効だ。


 





「みっひぃっ! ヤッパ殺せないじゃんッ! あはぁっ!――僕、ちゃぁんとキミの行動しっかり見ていたんだよねッ! 僕が切ったキミの武器さぁ……キミこのガキに切っ先が当たりそうになったとき、コッソリ当たらないよう蹴りで払ってたね?……バレないようにやっていたみたいだけど僕の神眼はごまかせないんだよねぇッ!」





 シン。蛇のような男だ。

 頭が悪いのにイザとなると抜け目がなくなる。

 野生の勘という物かもしれない。





『あなた、……正気? その子……あなたのスキル……あなたの仲間でしょっ!』


「ふえぇ? 仲間? 僕のスキル壊したクソガキが仲間のはず、ないでしょっ!」






『……13回目の復活ができたのも……ユーリと剣で闘えるだけの力を得られたのも全部……その子の力でしょ!……その汚い手を離しなさいッ! 今すぐにっ!』


「はぁ? ウルセェよッ! 僕のスキル名を勝手にイジっただろ? 僕ぁ、アンヘル何とかっていうスキル名が気に入ってたんだよねッ! 全部スキルの前にって付けたせいでダサくなっちゃったじゃんッ! 何でもかんでも自分の名前を書くって、そういうのは幼稚園までだよ? 勘弁してよねッ? あぁ……あと、僕が強い理由? そんなん元からだよッ! 僕ぁね、生まれた時から最強なの! ガキにスキルをハチャメチャにされて超弱体化したけど……それでも僕ぁ強いッ!!!」






「――その手を離せ。俺はいま剣を構えている。おまえの利き手の右手はふさがっている。シン・万物創造シン・エディタモードを発動する前に貴様ごと両断できる」


「いいねぇ……殺れよッ! 殺ってみなよ? いひっ! このクソガキもハラワタぶちまけて死んじゃうけどネッ! キミが剣を振ればこのガキも真っ二つでグロく死ぬでしょ? ひぃーはぁっ! すげぇッ! いひひっ。このガキ、僕の最強の守り、不可視の城壁クリスタル・ウオールを超える最強の盾じゃんッ! やっぱ、どこの世界でも最後は、肉の盾が……はぁ、どうしても最強になっちゃんだよねぇ。いひっ!」







「貴様は俺と互角に戦える十分な力を得た。下らぬ戯れ言はやめろ。尋常に、闘え」


「えーっと、……まずは、キミが持っているそのとてもとても危険な最強のチート武器、ロングソード、今スグ捨てて。ね?……えっと……それと……ちょうど20メートルほど僕から離れて。ね?――5秒以内に。ね? 言うこと聞かなければうっかり僕の右の手のひらに力が入って殺しちゃうかも?……キミが僕の頭をグチャって潰した時みたいに、……うっかりね……天才の僕もケアレスミスはあるから。ね?」






 マキナの顔が薄っすらと紫色を帯びる。







『……ユーリ。下がって。……大丈夫。わたしを信じて』


「――――わかった」








 手元のロングソードを放る。

 ヘタな行動をすればシンは即座に殺すだろう。

 奴の観察眼は侮れない。








「スキルに人権なんてないよ。ね?……でもまぁ……そんなにキミたちが言うなら、ねぇ?――シン・万物創造シン・エディタモード歪な短刀クリスナーガ



「おいッ! やめろッ! ロングソードは捨て、距離も取った。貴様も約束を!!」






 シンは吊るしたマキナの腹部に短刀を突き刺す。

 思わずユーリは動きかける。だが、動いたら、殺される。



 少女の声にならない絶叫が階層に反響する。

 あまりの痛みでボロボロと涙を零していた。

 血と涙が混じり合っている。緊急救護が必要な状況。


 

 マキナは俺達に立ち塞がる驚異の敵だった。

 だが、外見相応の子供らしさも見せていた。

 ……子供らしい言葉で笑っていた。

 いまは囀るような小さな声と、シンへの謝罪の言葉。

 恐怖と失血で小刻みに揺れる体。

 首を締められ紫色に変色している顔。



 …………世界なんて関係なく。

 こんな幼い子どもが暴行される事態。

 ソレを見過ごすことを許しちゃ駄目だ! 






「――違う、違う。誤解しないで。ね? これは、約束をを守ったキミへの僕からのささやかな感謝の気持ち。ね? 小さく可愛らしいサプライズプレゼント。キミが約束守ってくれなければガキは殺してた。うん。キミの善意が彼女を救った。やったね! おめでと! まッお腹刺したくらいじゃ……たぶん、死なないんじゃね? 刺さってしまってごーめんねッ。ドンマイッ!て感じ? でもね。キミが動いたら、すごいサプライズ待っているよ。ね? 今の……いひっ……お腹に……グサッは……警告。ね? キミが約束破ったらもっとハチャメチャに楽しいことになるから。ね?」


「貴様は自分の行いを少しも恥じを感じないのか……貴様の行いは、善悪、人道、道徳……そんなモノ以前の話だ。貴様の行動のすべてに……、何の意味もない!」







「あっ、思い出した……そうそう、サプライズ、決めた。次は、目にする。2つあるし1つくらいなくなっても、困らないよね? そして次は足。スキルにとって足なんて飾りですよ。みたいな、ね? 尊い命を奪わない僕の優しさ。――慈悲だ。ね?」


「貴様とははなからわかりあえぬと思っていた。だが……ここまでか」







 シンは片手にマキナを吊るしゆっくりと歩みを進める。

 まるで誘っているかのように。

 クルクル踊りお道化どけながら階層の中央に進む。







「あらま? 僕ぁ、……背中見せて歩いているのに攻撃してこないんだね? 拍子抜けだなぁ?キミも義理堅い男だねぇ。江戸っ子かな? キミは価値観が古いね。価値観をアップデートして? この熾烈な競争社会、生きていけないよ? いひひっ」


「――どうせくだらないことを企んでいるのだろう。俺は貴様の言葉は、何一つ信じていない。だが、貴様の腐りきったその心根と悪性だけは、信じて疑わない」






 シンは不可視の城壁クリスタル・ウオールを展開している。

 遠距離からのユーリの投擲武器くらい防げる。



 ユーリにあえて自分を攻撃させ、その罰としてマキナを殺す。

 ただ単にユーリに罪悪感を植え付けるために。



 有利、不利、今現在企んでいる秘密の作戦。

 そのすべてを放り投げる。

 必ずソレをする。コイツは。



 自分の命や作戦より俺の悔悟かいごの顔が見たい。

 その欲求にシンが抗えるはずがない。



 常に易きに流され快楽を優先する。

 ソレは命、目的、作戦より優先されるらしい。






「あぁあ……残念だなぁ。このガキの手足を引き千切ろうと思ってたのに。……その時のキミたちのビックリした顔が見たかったなぁ。残念、残念……いひひっ」


「貴様の仲間はその子だけ。――唯一の仲間を傷つけ何がしたい。何を得たい」







「仲間? スキルだよ。スキルに手足は不要、ね? 機能すれば良いから、死なない程度にズタボロにしてあとはノリであのよくわからない暗い空間にブチ込む。ね?」


「…………もはや語る言葉はない。貴様はではない、俺がそう決めた。でない貴様に罪も罰も与えられない。ゴミはただ、処分する」

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