第79話『辞世の言葉』

「聞かせて欲しい。……私は君を怒りに任せて、殺そうとした……あの時、なぜ……見逃してくれた。あれは演技ではなく、本当の殺意……君なら、それがわかるだろ」





 ベオウルフが、頭を深々と下げる。

 それは、形式的なものではない。

 本当の心からの謝罪だった。





「あんたのご令嬢に対しての、非礼な発言は、傭兵国の王として正式に詫びさせて欲しい。あの言葉だけは、どうか、撤回させて欲しい。……懺悔室の間諜スパイを通して、あんたの心の痛みも、想いも……情報として把握していた。……だけどあんたは、それを俺の前では見せなかった。だから、最後に俺はあんたの本質を、俺のこの目で直接見定めたくなった。だから、試すようなことをした。すまなかった」






「仕方ない……悪友が、正式に撤回してくれたのだから……、許すさ……娘は、私と違って……とても、良い子なんだ……私の一番の自慢なんだ……」


「あんたの娘は、花のように可憐。淑やかで端麗な美しい顔立ち。その髪はまるで極上の絹の糸。花も恥らう乙女とは、まさしく、あんたの娘だ」


「ふふ……あの子はね、母親似なんだ……王に、私の親友に、自慢の娘を褒めてもらえるなんて、これほど、嬉しいことはない……嬉しすぎて、言葉が、見つからない」







「あんた……罪を犯す時も、自分のことなんて、一つもなくてさ……国のためとか、民のためとかさ、……それなのに、報われないなんて、神様も厳しいよなぁ」


「神様は……私の奥底にあった……妄執……見透かしていたんだろうね……ギルドマスターに対する……感情……正しくない……動機が……あったからさ」






「あんたは、まぁ……きっといろいろ、一人でぐるぐる難しく考えすぎなんだと思うぜ。真面目な人間って奴はそうやって、延々と一人で無限に考えまくって、自分の心を痛めつける。俺からすりゃ、ほとんど自傷行為みたいなもんだな」


「……友達、……できなかったなぁ……まぁ、こんな、面倒な性格だからさぁ、……心を許せたのは、妻と君くらいだったな。……娘の前では、父親、しなきゃ……いけなかった、からなぁ」






「俺みたいな野蛮で下品な友達が、あんたの隣に居てやれば、あんたの下らない毒にしかならない考えなんて、一笑に付して、酒のつまみの馬鹿話として、笑い飛ばして、そこでそんな考え、終わりにしてやれたんだろうが」


「きっと、そうだったんだろうな……一人で居ると、最初の前提を間違えたままで論理ロジックを無限に生み出してしまう。だから、いつも間違える。……もう少し早く、君のような豪快な男に、出会えていればなぁ。……いや、ふふ……まぁ……その時は、私の死期が、より早まっていた、だけなんだろうけどさ……君には、為すべき仕事があるからね……」





「そういや、あんたの名前を直接聞いてなかったな。教えてくれよ」


「……君は、私の名前など、知っているだろ。イーゲン・シュタインリッヒ・13世。それが、……採掘都市国家に残る暗君の名だ」





「いや、そっちじゃねぇ、王位継承後の王名じゃない、親からもらった方の名前だ。……まぁ、そっちの名前も、勤勉な俺は、すでに知ってはいるけどよ。でも、まぁ、……親友の名前は、その口から聞きたい。そりゃまぁ、当然のことだろ?」


「……ジーク・フリートだ。……家名が、フリート。……洗礼名が、ジーク」





「ジークねぇ……勇者の名。その意味は、約束された勝利、だったか。……そりゃ、また……人が背負うには、あまりに、重すぎる名だったなぁ」


「……まったくだ。私の親は名付けのセンスが、……なかったようだ」






「……私は、……あと、もうしばらくしたら……地獄に行く……そこには、最愛の妻は居ない。娘にも……二度と会うことは、できない。また、ずっと、一人だ……」


「俺はなぁ、気休めを言わない主義だ。あんたの行い、侵した罪、そうだなぁ、……まぁ、到底赦される物ではなかったな。だから、あんたは、地獄に行くだろうよ」




「……そうだな」




「――まぁ、だけど安心しろ! 俺もあんたと同じ場所に行くさ。だから、あんたは、一人だけにはならねぇぜ? 俺が来るまでの間、少しだけ、待ってろよ」


「それは、……最高だなぁ……」






 部屋を包む独特の冷気。……この感覚は。

 ……そうか、君か。






「あんたがこの世界にのこす、辞世の言葉。聞かせてくれるか」





 辞世の言葉。

 遺さなければならない言葉は、ある。



 大丈夫。私の思考は未だに明瞭。

 まだ砂時計は残されている。 

 出血量から計算。

 あと3分は意識混濁に陥らない。



 遺す言葉を伝えるための時間は十分だ。 

 だから、親友よ、君に伝える。








「……狂気に堕ちた暗君イーゲン・シュタインリッヒ・13世は、傭兵国の生きる伝説、不敗の王ベオウルフが……討ち取った。……暗君は死んだ……戦争は終わった……現時点をもって、全部隊の指揮権は、私から……傭兵王ベオウルフに移る。……全軍、……あらゆる武装を放棄し、撤退。生きて、自国に帰還せよ。……この戦争の首謀者は採掘都市国家の13代目の王、イーゲン・シュタインリッヒ。……よって、その全責任は13代目の王にある。……この戦争に参加した、兵にも、民にも、……一切の罪はない。……狂気に染まった、暗君を恐れ付き従った……被害者。……狂気の王は、王都の10万人の民を……犠牲に……大悪魔を召喚……王都を滅ぼそうと企んだ……狂人。……そう伝えて欲しい。……まだある、……私の死亡を確認後……ただちに……私の机の上にある、思念伝達遺物シンプレックスを使って欲しい。私の死亡と同時に、思念伝達遺物シンプレックスの所有権は君に委譲される。……君は、私に詳しいのだから……その遺物の……使い方も知っているだろう……はぁ……それを使って、……あのシン、悪魔の持つ、全てのスキル、その特徴、行った全ての悪行、傭兵王の知略……そのすべてを、王都を守護している4人の戦士に伝えて……欲しい……。忘れていた。……金貨一枚。君は、私に決闘で勝った。この金貨は……君に返す」








 この言葉がのこせれば私の役目は終わり。

 震える手で、床に転がった金貨を一枚。

 傭兵王ベオウルフに、ちゃんと返せた。







「全ての命令、承知した。必ず俺がやり遂げる。辞世の言葉が引き継ぎと、業務連絡とは、あんたも筋金入りの、仕事人間だったな。……まぁ、そういう、歩く責任感みたいな不器用なあんたが……俺は、なんだかんだで、嫌いになれなかった」


「…………本当に、つまらない人間なんだよ。私は」





 ベオウルフは扉を開け外に出ていく。

 ベオウルフは閉じた扉の向こうで、一人つぶやく。





「あんたさ、十分面白い男だったぜ。そう、俺が認めるさ。辞世の言葉が、業務命令とか、……カッコいいじゃんか。 シーユー・アゲイン・イン・ヘル。 あんたは、ちゃんと王をやれていたぜ。その事実は……歴史には記されない。だけどなぁ、最後に、あんたの隣りにいた俺だけは、それを認めてやるぜ」

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