第80話『七色英雄の物語』
ベオウルフは扉を離れる。
その横を青髪の男が通り過ぎる。
男は喉元まで上がっていた言葉を飲み込む。
だから、二人は何も語らなかった。
言葉も、目線も交わさず、ただすれ違った。
扉が開く。青髪の男が、入ってくる。
「…………そういう……、とこですよ…………」
そうだ、こいつは世界の主役。
だから、こうやって……。
……悪党の死に際にすら間にあっちまう。
ははっ……嫌な奴だな……君は。
幼い頃、最も憧れ、輝いていた
……蒼薔薇の蒼剣士。ギルドマスター。
――
そして、私が最も憎んだ男。
この男がここにいる事実。
それは任務完了を意味する。
「君に真の意味で詫びねばらなければならないことがある。――■境――の―■―の民の、殺――■来――■が―――だから――君■――罪―――■無■――」
脳が言葉の理解を拒絶する。
言葉が、聞こえない。
失血による、意識の混濁。幻聴。
私の聞き間違いだ。
……それでも。
なお、言葉を止めなければならない。
「……ごほっ……ゲホっ……その先を……言ったら……駄目です……」
……言えた。……間に合った。
この人は、何でもできる。
他人の行動も思いのままだ。
私程度であればなおのこと。
私は、今の言葉は、聞かなかった。
……だから……君も、墓場まで持って逝け。
それが、人々の希望になった君の、業だ。
「――君のこと、国の状況、知った上で」
「……それは……筋違いです…………」
「――――――――――」
「名誉、称賛は……君に………悪名、罪……は、……私が…………」
名誉も栄光もその全ては、君の物だ。
だが、悪名、罪まで、奪わせはしない。
……それは、欲張り過ぎです。
私が親友と守った、最後の幻想。
だから、あなたの告白を認めません。
あなたには、一つも与えません。
「心の苦しみ、葛藤、胸の痛み、理解してやることができなかった」
……そういうとこ。
……やっぱ、好きになれそうにないや……。
……八つ当たりだ。
彼の力で世界はよりよく成っている。
靴底を私のような悪の血で汚せども。
堂々と前へ進む。それで良い。
はぁ、やっぱり……格好いいなぁ。
憧れたのは、失敗だったな。
現実を、突きつけられると……。
……正直、きついな。
ずっと、会いたいと思っていました。
ですが、それと同じくらい。
会いたく、ありませんでした。
「決意と覚悟、
「……なんでも……できると……思うのは……傲慢ですよ……」
実際に出来てしまうのだろう。
だから、これは、負け惜しみだ。
「かつて、私達を、
――かつて、青髪の青年と六人の仲間が居た。
『
『
『
そして、『
私のことだ。
だから私は、土の色、
過去の叡智を力に、闘う者。だから叡者。
…………私は、
仲間とは、数度言葉を交わしただけ。
だから彼らが何者だったのか私は、知らない。
知っているのは、強いということだけ。
はじめは目線くらい、あわせてくれた。
『なんでキミはここに居るの?』
いつからかそんな視線に変わっていた。
私は、その目線から逃げるようになった。
実際は誰からもそんな言葉は言われてない。
そもそも、話しかけられていないのだから。
ただ単純に私に興味も関心もなかったのだ。
英雄は忙しい。私の相手をする暇はない。
実力を示すことができていれば、見返す機会もあった。
その実力が私にはなかった。
仲間の認識はその程度だったのだと思う。
そんな中でギルドマスターだけは馬鹿にしなかった。
有用性について耳を傾けてくれた。
最初は嬉しかった。
だんだん苦しくなってきた。
そして、私は、逃げた。
・・・・・・・・。
みんなが大好きな、熱く楽しい英雄譚。
そこには英雄を引き立てるための凡人が登場する。
脇役、凡人、引き立て役、それが私だった。
叡者は、蒼剣士の次に有名になった。
……なんとも皮肉なものだ。
英雄の側で、ちょこまか動く引き立て役。
物語の叡者は愛嬌のあるマヌケな男。
それがウケたらしい。
実際の私は面白い事は何一つしていない。
ただ、自分の役割を粛々と果たしただけ。
だが、……それでは、物語にならない。
だから無個性な私が面白おかしく脚色された。
私は無色透明だから、自由に脚色できた。
他の英雄は、個性が強すぎて脚色が難しい。
だから、当然の流れではあった。
私はその物語の結末を知らない。
私は、その英雄譚を読んでいない。
読みたくないし、聞きたくもない。
・・・・・・・・・・。
ギルドマスターと仲間たちの英雄譚。
――私が王に成れた理由の一つ。
英雄譚によって、私の名前は広まった。
私が王になっても脚色されたイメージは消えなかった。
『やっぱり叡者だな』、そう、せせら笑う声が聞こえた。
臣下ですら心の底では私を尊敬しない。
何とか、実績で汚名返上しようと頑張って空回り。
・・・・・・・・・・。
「――あれらは、人として優れていたのではない。ただ、壊れていただけだ。そして、唯一の友を、追い詰め、破滅させた。私も、同じように壊れているのだろう。……私は君がそばに居てほしいと、君の苦悩、葛藤を知りながら引き止めた。私のエゴが、君を苛んだ。私は、勇者の失敗作ではなかった、ただの人間の失敗作だ」
君の……格好いいところが……はぁ……。
……でも……まぁ……いいや……。
……最後に、君のこんな顔……見れたんだからさ。
私は、気力を振り絞り、親指を立てる。
少しは、格好つけられているかな。
――扉が開く音が聞こえた。
……目は霞んでいる。
それでも、見間違うはずない。
「……お父様!」
ありがとう。
「……ごめん………ごめんなさい……」
詫びなければならない言葉はたくさんある。
だけど、体がそれを許さない。
喉を逆流する血が気道をふさいでいる。
声を出そうと、口を開く。
すると、ごぽりっと、……血の塊が。
……娘に伝えたい言葉すら遺せない。
「お父様は、お母様が天に召されたあとも、一人で私を育ってくれました。私はその背中を見ていますだから……」
「……、ほんっ……とに…ごめんね………」
……約束された……明るい未来。
お父さんが壊してしまった。
謝って許されるものではない。
子供の未来を閉ざした。
私は最低最悪の酷い親だ。
「……私が、お父様の深い悲しみ、心の痛みに気づいてあげさえできていれば……」
私の愚かさが罪のない娘を不幸に。
神様。どうか、あの子を救って下さい。
「――誓う。君の一人娘のその人生、預かった。人生、名誉、その全てをギルドマスターの名にかけて、守ると誓おう」
「…………おねが、い……します…………」
まともな声を出せなかった。
だから、伝わるよう頭を下げた。
あなたの約束ほどこの世界で確実な物はありません。
折れる事も曲がる事もできないのですから。
絶対の意志は、
私の娘は、任せました。どうか、宜しくお願いします。
……言いたいことはたくさんありました。
ですが、残された時間はありません。
娘の顔も、もう、見えません。
砂時計の砂も無くなりました。
だから、ずっと言いたかった言葉。
本当に、伝えたかった言葉を。
……最後に一つだけ。
「ありがとう」
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