第67話『採掘王の激怒』

「はぁ……まぁた、城オジが大げさな褒め言葉で、機嫌を取ろうとしてる。媚を売って出世を狙う、卑屈でゴミな人間性。そーゆーのマジ要らないからっ、ね? 実力主義の僕からするとそうやって自分のために、ゴマをする無能を見ると冷めちゃうんだよね。世間知らずの城オジにあまり厳しいこと言うのも酷だとは思ってるけどさっ」


「いやいや、あんちゃんは手厳しい。説教、その辺にしとけや。王、泣いちゃうぜ? ひひっ。そういやあんちゃん、この世界のメインヒロイン、決まってんの?」





「あ~。一番重要なヤツじゃんソレ。そういや、城オジの雑用を手伝わされてるせいで、まだソレ決めてないんだよねぇっ! 本当、城オジには迷惑かけられっぱなしだよ。はは。んで、忙しい僕に変わって、ベオっち、かわいい処女、紹介してよ!」





「ひひひっ。傭兵の国の女ね。あんちゃんに釣り合う女、俺の国にゃいねぇ」


「あー。確かに一理あるね。スラムの傷物みたいな、粗悪品は、いらないかなぁ」





「そーいえば、王。今は亡き奥さんとの間に作った、大切な一人娘が居るそうじゃないっすか? せっかくだから、あんちゃんに紹介してやったら? ひひっ」


「――――ッ――――」






 グラスを握る手に、力が入る。

 割れたグラスの破片が手に突き刺さる。

 白い手袋に、じわりと赤色が、広がる。


 




「なに、ソレ……すげぇっ、いいじゃん。城オジ……よくよく見たらさぁ、美形っぽい面影あるよね。うん。ダンディーな感じもする。イケオジじゃん? バカでも顔は悪くないから、娘とかマジ、期待できそうじゃん? 一応、王の娘なら血統も悪くなさそうだし。かわいいに決まってるとは思うけど、若い? 処女?」




「がっつくな、あんちゃん。噂で聞いた限りじゃ、賢く、心優しい、すげぇべっぴんらしいぜ。採掘国の民に愛されている白百合のように儚く、可憐で、純真な乙女だそうだ。現在女学院に在籍中の才女。男の影もねぇって、噂だなぁ……ひひひっ」







「――ベオウルフ、貴様」






 

 気がつけば左手で傭兵王の胸ぐらを掴んでいた。

 右手は、腰の剣の柄グリップを、強く握っていた。 



 ……前後の行動の記憶が、ない。

 怒りに飲まれ、完全に理性を失っていた。

 ――カッとなって、体が動いた。



 剣が鞘から抜かれなかったのは偶然に過ぎない。

 いや、実際は――抜くことが、不可能だった。



 剣の柄頭ボンメルをそっと傭兵王の掌が、抑えていた。  



 傭兵王ベオウルフとの決定的な決裂。

 その口火を私が切ってしまった。

 明らかな失態。



 いや、失態ではない。元より容認する事は不可能。

 この言葉を看過するのであれば、私が生きる意味などない。

 それは、王たる資格以前の問題。

 それを許す人間、それはもはや人ですらない。



 世界、国、王位、妄執、主義、理屈、計算、命。

 その全てを天秤にかけ、なお絶対に譲ってはならぬ物。

 理屈ではない。断じて許すな。それは、私の命より重い。




 喋るゴミの戯れ言より、遥かに、許しがたい。




 使い魔の暴走を前提に用意した複数の確殺型迎撃遺物カウンター・アーティファクト

 確実に殺せるのは一人だけ。二人相手に、勝機はない。




 王手詰チェックメイトによる、投了リザイン。 

 ここで本来、私はゲームオーバー、のはず。

 いや、そうじゃなければ、明らかにおかしい。



 だが恐らく、そうはならない。



 知っている。、と。

 ここで、私が死ななければ、運命は本物。

 死ぬのなら、そこまでのこと。



 運命ダイスの出目を信じる。



 だが、ここからどうやって、私が生き残るのか。

 その道筋が、私には、分からない。

 知っているのは、結果だけだ。







「あんたも、怒ること、できんだな」







 そう、一言だけつぶやいた。





 そして、再び傭兵王は爪磨きの作業に戻る。

 目線を下げる仕草。それが詫びてるようにも見えた。



 いいや、……気のせいだ。

 このような粗野な男が謝罪をするはずなど。

 謝罪したとて、今の言葉、断じて許せない。



 傭兵王が私を殺すのを思いとどまった理由。

 それは、運命ダイスの、確率固定の力。

 それ以外に説明はつかない。



 未来の結末から逆算。

 傭兵王の行動が、捻じ曲げられた。

 きっと、そうに違いない。



 無理やりのツジツマあわせ。

 殺意を持って、殺そうとした。

 正当防衛。殺され無いとおかしい。



 確かに行為は未遂には終わっている。

 だが、怒りに任せ、殺そうとはした。

 だが、無傷。……これぞ、まさに。



 今こそ、これで確信した。

 私は、まだ確定した運命の上。

 それさえ分かれば、それで、良い。







「つーことで、王の娘、諦めろ」


「はぁっ!? なんで、神である僕が諦めなきゃいけないッ?!」



「俺がそう決めたからだ」


「……はっ?」







「ひひっ。まぁ、カッカすんな。んなことより、おもしれぇ話の続きを聞かせろよ」


「はいはい。そーゆーことね。急かすなよ、ベオっち! 本当欲しがりだなぁ! そうそう、世界を破壊する前に、一緒に冒険の旅で、ゆっくり、じっくり愛のつぼみを大切に育んできたヒロインたち。ソレを一方的に理不尽な暴力で、唐突にメチャクチャに犯すのが、さぁ。これが、すげぇ……っ……良いんだよねぇ。ベオっちも、世界滅ぼす前に一緒に試してみない? 友達限定、大サービス。特別ねっ!」





「俺にゃ、面白さが分からねぇな。一人で楽しめや。ひひひっ」





「なんだよ……ガッカリだよ。まっ、年取ると恋愛感情とかも消えちゃうワケ? 辛いねぇ? まっ、加齢のせいなら仕方ないか。仕方ないから、ベオっちの分まで、僕が楽しむよ! つーか。恋愛を楽しむため、愛のために、面倒な転移してると言っても過言じゃないからね? 女の子たちの花のような可憐な笑顔が、僕も予想つかない、いろんな、面白リアクションに変わるの、すげぇ個性的で、マジッ爆笑しちゃうんだよねっ! ベオっちも、絶対ハマるって! もったいないって! こんな経験、僕と友達じゃないと、絶対に経験できないよ? 僕の見てるだけで、いいからさぁ」





「ひひひっ。男のキタねぇケツ見んの、俺の趣味じゃねぇんだわ。おっさんにゃ、最近の若者の価値観は分からねぇや。俺も年取ったもんだぜ。ひひひっ。んで、いままでの世界で一番好きになった女の名前、覚えるんなら、教えろや? おまえ」






 「あんちゃん」ではなく「おまえ」 言い間違えか?

 いや、野蛮な男だ。そういう言葉も使うだろう。


 下劣な誘いを断ったのは、意外ではあった。

 小国とはいえ、一応は王。

 その矜持を守ったこと、それは認めよう。






「名前? んな細かいの、とっくに忘れたよ。まぁ、強いて言うなら、3番目の世界の、なんちゃら国の、えーっと、女神的立ち位置の姫? 僕的に、最推しかなぁ?」


「名前すら覚えてねぇ、と。随分、白状な野郎だなぁ。てめぇ。――ひひひっ」


「・・・・・・。さすが、ゴミ





 切り札のつもりだったが、もうゴミは不要。

 理由? 単純に存在が不快だからだ。

 ゴミは捨て、真当な代わりの駒を用意しよう。



 

 私がゴミの好みそうな夢物語で焚き付ける。

 そして、敵陣深くに突っ込ませよう。



 そして、背後から極光加速収束砲ワールドエンド・クラスターで十二の命を完全破壊。

 王都を破壊するついでにゴミもついでに焼却処分。

 ゴミの有する因果律操作スキルは、二つ。




 『主人公チーター』:因果律に干渉しご都合主義を常時自動発動

 『超神展開デウスエクスマキナ』:敗北時に自動発動。敗北を強引に勝利に改竄




 笑止。制御不能な自動発動の因果律操作スキルなど。

 所詮は、運命確定の前には、無価値。

 そんな不確定、サイコロの確率固定に勝てない。



 仮にそれでも殺しきれなければ、自らの手で殺す。

 そうだ、それが良い。面倒もない、それが最善だ。

 いずれにせよ、コイツは殺す。



 変動する不確定な未来も運命ダイスで固定できる。

 私が傭兵王に殺されなかった。

 かすり傷すら負っていない。

 その不可解な事実。

 ソレが運命の絶対性を確信に変えた。



 私が雑に動いたとて、元より関係なかったのだ。

 勝手に運命側が既定路線に、無理やり修正を加える。

 それならば、慎重に動く必要すらない。



 それが分かった。証明された。

 もう良い。もう分かった。理解した。

 もう面倒なことは考えない。






「みんながハッピーエンドっぽい感じになったとこで、一気に地面に叩き堕とす。これが、もうねぇ……いい。いいんだよ。最高だっ!「裏切ったな!」「どうして!」「理解できない!」あの間抜けヅラが、……グッとくるんだよね! ちゃんと、信頼関係を築かないと駄目なんだよね。最初の世界では、雑に殺して後悔したから、一人、一人、丁寧に殺す。まぁ、ひとり残らず殺し尽くしちゃうよね。今回は、記念すべき10番目の異世界。どんな面白い物が見れるか、僕は今から、楽しみだよ!」





 もはや、ゴミを生かす理由は何も無い。

 娘を侮辱した傭兵王、貴様も討ち滅ぼす。



 あと少しだけ付き合おう、戯れ言に。



 そして、望むならば、演じてみせよう。

 ゴミの知能にあわせた最低に低俗な茶番を。

 貴様の望む、下劣な未来、私が紡ごう。




 楽しい夢を抱いて、死ね。私が、殺す。

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