第17話『デーモン・ライセンス』

 ――勇者。その言葉の意味は重い。



 いわく、人間の完成形。

 いわく、精神性の極点。

 いわく、生物の最終到達点デッド・エンド



 希望の象徴。



 俺のような日陰者とは、対極に位置する存在。

 俺ですら、尊敬の念を持つ相手だ。




「我々は、いつの日か、勇者を超え、袋小路デッド・エンドを打ち破り、その先へと進むだろう。外海を航るわたる、きっとその日は来る」


「死の海を越え、外海に進出する。それは、万民の悲願。そして、夢です」




「そうだ。そのために、人智を超えた強靭な器が必要。万民が勇者と同等の力を手にする。その日のために、動いている」


「アルテミス、キミに私の夢物語に付き合わせてすまなかった。実情はと言えば、私も目の前の職務を処理するので手一杯だ。あくまで、番号ナンバーズは、私財、特権、余った時間で進めている事。なかなか、思ったようには行かないものだ」


「理解しております。ギルドマスターの仕事は完璧です」




「ありがとう。目の前の職務をおろそかにしてはいけない。現在いまを守らなければ、未来はない。私の目の前の書類仕事にも、何か意味があると信じたいものだ」


「意味は、あります。それも重要な仕事です。紙の上だけでも、救える人たちは居ます。ギルドマスターは先日、王都内に孤児院を新設する事に特例で許可を出しました。書類上の事です。ですが、誰かが救われます。書類仕事でも戦えます」




「私の書類仕事で救える命もある。書類仕事も戦いか。アルテミス。キミはなかなか、味わい深いことを言うじゃないか。仕事の張り合いが出るというものだ」


「私ごときが、差し出がましいことを……」




「いいんだ。……キミは、壱番実験体フラグ・シップ、漆黒の団長、シャドウ。彼が外海を航った一族の末裔だという口伝が残っていることを知っているね?」


「はい。口伝に残されているようです。ですが証明する物は、残念がら、何も……そして、外海航りパイオニアの子孫を自称する者は多いですが、実態は……」



「そうだね。キミの認識は正しい。だが、壱番実験体フラグ・シップ、シャドウ。彼だけは少し、事情が違うと、私は考えている」


「どういうことでしょうか?」




「彼を実験体とする時の手術に私も立ちあっている。その時、彼が膨大な数のマナの経路を有し、そして……瘴気をマナへと変換する器官を有することを知った」


「彼が外海を航った一族の末裔である可能性が高いと、そうお考えなのですね」




 死海とは、一言でいうならば、液体化した高濃度の瘴気。

 硫酸の海を小舟で航るわたるに等しい、自殺行為。


 死海の上空は、高濃度の瘴気に覆われている。

 だから、上空からの移動も不可能。


 死海の先は、宇宙そらより遠い場所と言われている。



 この世界の地図には、死海から先は何も記述がない。

 ただ一言、『最果て』とのみ、書かれている。


 かつてその海を航った者がいるという。

 彼らは外海航りパイオニアと呼ばれる存在。



 でも、実際どうなんだろうなぁ。

 俺としては、どっちでも構わないのだが。




「私の願いと希望、つまり、バイアスのかかった推論だ。私が望む結論から逆算して組み立てた仮説。オカルトと変わらない。笑ってくれても構わないさ」




 ギルドマスターは自嘲気味に語る。

 このように笑うのは初めて見たな。




「客観的に分析するなら、偶発的生まれた変異体。そう、考える方が自然だ」


「…………」



「私に残された時間はきっとそう長くない。だから、オカルトにでもすがりつくしか無かったということだ」


「いえ、決して、オカルトなどでは……」



「事実だ。だが、ギルドマスターとして番号ナンバーズを生み出したことに悔いはない。未来の事はともかく、彼らは現在いまを守る、王都の守護者だ」


「処刑者をデーモン守護者と名付けたのはそういう意味だったのですね」


「半分正解だ。デーモンには2つの意味を重ねている。。人を殺める悪鬼の力で、王都の民を守護する者。そういう願いをこめた」



 


 すまん。全然、知らんかった。

 なんか色々と考えてるんだな、ギルドマスターも。


 俺たちは格好いいから気にいってたけど。

 まぁ、漆黒は団長を初め、根っこが中二病ぽいところあるからな。

 デーモンとか、なんか強そうだしな。


 

 ギルドマスターのこめた理念は正しい。

 殺人に罪の意識を感じなくなったらそれは人ではない。



 殺人を完全な正義の行いだと過信する。

 これは、……とても危うい。


 悪を自覚するのは、自身へのいましめでもある。

 そして、それを理解した上で。俺たちは時に鬼になる。


 それは処刑者権限デーモン・ライセンスを持つ者の共通認識。

 団長も、マルマロも、エッジも全員理解していること。

 




「だが、ユーリくんが冒険者を引退し、廃村で過ごすと聞いたとき私は、ほっとしてしまった。これで、やっと彼も幸せになれるのではない、かと。私情で、判断はしない。だが、私がそのように感じてしまったというのも、また一面の事実だ」


「自然なことです。ユーリさんもまた、あなたが守る民の一人ですから」



「だが、番外実験体ロスト・ナンバー。ユーリくんの身体は……もう」

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