異世界転生したけど元の世界に帰りたい俺は速攻で魔王攻略する

てんこ

第1話 マジでめっちゃ迷惑

 六月になり夏が近付きつつあったが朝方はまだ涼しい。嫁も子供もまだ寝ているが、俺は朝食のプロテイン&青汁を飲んで家を出る。いつものようにネックスピーカーでグレゴリオ聖歌を聴きながら自転車を漕ぐ。別にキリスト教徒という訳ではないが、古くから伝わる聖歌だけあってその瞑想効果は高い。毎朝決まったルーチンをこなすことで、自分のコンディションの確認を行う。それによってその日の仕事の配分を決める。俺はプロのサラリーマンだからね。それも仕事の内なのだ。いわゆる意識高い系とも言う。


 会社まで後少しと言う所で、俺は嫌な予感に襲われる。安全のために自転車にサイドミラーを付けているのだが、後ろを走る車がこちらに気付いていない様子で、おまけに通話に夢中になっている。ヤバいと思った。俺は車から離れるべく退避行動を取ったが間に合わず。曲がり角を左折する車にぶつけられて、吹っ飛ばされる。アスファルトに擦られる肌。服越しでも痛い。ヘルメットで頭は守られているが、少し血が出ている。これくらいなら特に問題ないか?まずは救急車を呼ぶか。警察もか?上司にも電話して、午前の会議をキャンセルする必要もある……。ああ、クソッ!携帯壊れてやがる。それに、なんだ?段々、意識が…………。




 ……意識が戻った俺は辺りを見渡す。ああ?どこだここ。何で俺、学校の教室に一人座ってるんだ?他に誰もいない。蝉の鳴き声だけがうるさい。とりあえず部屋から出ようとするが、引戸には鍵が掛かってるみたいだし、窓も開かない。……夢、なのか?にしては、現実感が凄い。


「目が覚めたようね?」


!?

 

 声のする方を振り向くと、男なのか女なのかよく分からない美形の子供が立っている。なんだか分からないが、他に相手もいないし俺は質問する。


「……ここが何なのか、俺はどうなっているのか、もし知ってたら教えて欲しい」


「ここは、いわゆる三途川のような所ね。あなたは事故に遭って、現在は病院で意識不明の状態よ」


「……俺は、死ぬのか?」


「いいえ。外傷自体は大したことないわ。あなたにお願いがあって、寝てもらっているだけ」


 なんだそりゃ?


「お願いとやらが何なのか知らないが、それは後で聞くから、とりあえず起こして貰えないか?大事な会議があるんだ」


 非現実的な事が起きていることは分かっているが、かといってテンパっても仕方ない。いずれにせよ、この状況は脱しなければならない。


「申し訳ないけど、それは出来ないわ。先に私のお願いを聞いてもらう必要があるの。それを叶えてもらえれば、すぐにでもあなたを解放するわ」


 クソが。面倒だが、しょうがない。こちらの要求を飲む雰囲気もないしな。


「……お願いとはなんだ」


「あなたに、救って欲しい世界があるの。そこで勇者になり、魔王を討伐して欲しい」


 は?何言ってんのこの子。既に現実感がないとは言え、限度があるだろう。というか何より。


「……それには、どれくらいの時間が掛かるんだ?」


「分からない。あなた次第だから」


「……俺の有給残は30日だ。労働災害だから、最悪三年はクビにされんが、間違いなく出世ルートから外れるし、何より子供の成長も見れん。とにかく、俺は早く帰る必要がある。何とかならないか?」


 マジで勘弁してくれ。一体俺が何をしたっていうんだ。善行を積んでいた訳じゃないが、悪いこともしてないぞ。


「……毎日聖歌を聴いていたから、てっきり、神様の言うことには二つ返事で乗ってくれると思ったのに」


 え?なに?そう言うこと?敬虔なクリスチャンでもないのに聖歌利用したバチが当たったのか?っていうか、君、神様なの?


「事情は分かったわ。それにこれは私の都合だから。異世界を救ってもらう必要はあるけど、大サービスよ。あちらに行く前に、あなたに力を授けます。いつもは一つだけど、特別に二つ。今から思い浮かぶ能力の中から、お好きな物を選んでください」


 すると、頭の中になにやらゲームみたいな選択画面が浮かぶ。……色々有りすぎてどれが良いか分からん。基本的に俺は自分で考える質だが、何の経験も無いことに対して素人が考えた所で良い結果は得られない。だから俺は神様に尋ねる。


「……申し訳ないんだが、どれが良いのか分からない。おすすめの能力を教えてもらえないだろうか」


「……これまでここに来た多くの人間は、誰もが目を輝かせて能力を選んでいたわ。一生懸命持論を展開して。そもそも、異世界から帰りたいと言う人間自体、殆どいないというのに」


「俺は、今の人生で満足している。これまでの努力や、家族と今の人間関係を捨てるなんて論外だ。ところで、こういうことは始めてじゃないんだな?だったら、俺に与えてくれる能力は、魔王を早く倒せた勇者が持っていたスキル上位の第一位と第二位にしてくれ」


「……分かったわ。それじゃあ、あなたに能力を授けます」


「それと、貰った能力に関する説明も頼む。出来れば、以前の勇者の実際の使い方も」


「……ほい」


 なんか、神様投げやりになってないか?あ、頭の中にイメージが入り込んでくる。なになに?


ファーストアビリティ:【無限の魔力】

⇒決して尽きない魔力。

 単純だけど、有用そうだ。使用例は……。うわ。城もろとも魔王を大量の隕石で粉砕してる。えげつないな。


セカンドアビリティ:【質量操作】

⇒所有物の質量を任意に変えられる。

 おお、これも色々役に立ちそうだ。先程のイメージから察するに鎧とかも着る必要がありそうだし。こちらの使用例では、過去の勇者が長刀を意味不明な速さで扱っていて、魔王をバラバラにしている。刀にしたって、通常はかなり重い。それの重量をなくす事が出来れば、成る程である。


 よし。これで何とかして速攻で魔王を討伐して帰ろう。しかし待てよ?よくよく考えると、あの隕石みたいな魔法や、それになりに剣を振り回せるようになるのに要する時間はいかほどなのか。情報が全然足りない。


「神様、やっぱり別の能力についてももう少し……」


「それじゃあ、行ってらっしゃい」


 その声を聞いた瞬間、俺の意識はブラックアウトする。目覚めた俺の目の前に広がる光景は……。




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