御簾みすの内で起こることは、誰の目にも映らない。

 見えず、聞こえず、すべては風のそらかまぼろし。そういうことになっている。ゆえに、むめがいかな扱いを受けようとも、やしろの者たちは顧みない。


「ほれ――」


 公達は後ろからむめを抱き込み、顎をすくった。右手はひとえの襟をくつろげ、なまじろいむなをあらわにさせる。

 梅のつぼみめいたふたつの尖りをつつかれ、むめはわずかに息をこぼした。その戯れを、従者らが眼前で落ち着かなげに眺めている。

 むめは胸をいじられながら、じわじわと響く蝉の遠鳴きに耳をすました。

 御簾の外は白っぽく、乾いた夏の日差しがちらちらと庭を射ている。まだ、昼にもかからぬ刻限である。であるのに盛んなことだと、むめは嬌声の陰に嘲りをひそませて笑んだ。

 先ほど、本殿にて奉納舞を終えたところである。

 公達は従者にむめを連れてこいと命じ、客人が休む客殿まろうどどのへ向かった。道中それを咎めだてる者はなく、行き会った老神官は公達に道を譲りさえした。神官は脇にひかえたまま、石のごとく黙ってむめたちを通した。


――腐れている。


 あ、と喉を反らせながら、むめはほぞを撫でる公達の手を掴む。

 やしろの者らは、腐れている。

 むめを生き比売神と祀り上げ、触れてはならぬ比売神そのものの身代わりとして、ひとびとに供している。触れれば吉兆を授かるおのこと騙り、都の公達らをおびき寄せ。公達どもは寄進を積み上げ、むめの身をむさぼり喰う。


――吉兆も生き比売神も、なべて詭弁だ。


 肉は肉である。それを嬉々として喰らう男どもが、きよらなる信心など持ち合わせているはずもない。

 男たちは吉兆にかこつけて、ただむめの肌をしゃぶりたいだけである。


「……犬まろ、ながむし、ひきびこ


 公達が従者のうちたりを呼んだ。むめはすでに緋袴の紐まで解かれ、抜き身をさすられて喘いでいる。公達はとろとろと淫水ほずのこぼれる鈴口をくじり、むめの耳を歯で食んだ。


ましらが、この者を抱け」


 三人は泡を喰って目を白黒させる。

 しかし、むめは知っていた。公達になぶられるむめを見ながら、従者らは生臭い泥のごときまなざしを向けていた。いきり立つ男根はぜを押さえ、焦れる腰を揺らしてそこに座していた。公達の前でなかったら、彼らはすぐにも、むめを姦していただろう。


――主人も従者も、さして変わらぬ。


 荒い息の合間に、ものうく従者どもを見やる。彼らはぱっと頬を染め、唾をのんだ。公達が重ねて三人に命じる。


「抱け」


 従者のひとりが、べろりと唇を舐めた。そのまなこは盛った雄猿のごとく血走っている。

 むめは目を伏せ、こういう趣向らしい、と笑った。


――ないことではない。これまでも、きっとこれからも。


 身を通わせた男の中には、かようなやり方を好む輩もいた。この公達も、そうしたうちのひとりに過ぎない。


――つまらぬ男。


 むめは男たちの手に衣を剥ぎ取られながら、ひそやかに天を仰いで呟いた。

 それがむめの矜持であった。ちぶちぶと肌を吸う水音に混じり、外ではなおも、唸るように蝉の声がしぐれていた。



 *



 をろがみ

 をろがみのみて、あまくはし


 むめは頭の中で歌いながら、ぼんやりときよの海のほとりへ向かう。月のない夜である。されども空には星が広がり、銀のかがやきが天をあざやかな藍に染めていた。


 かしこみ

 かしこみふして、まをさく


 ちりちりと虫が鳴き、そよとした風が素肌を撫でる。ひとえを一枚、引っかけただけのむき身である。その隠された胸にも、腹にも、尻や股のあいだにも、あまたの歯形と吸い痕が散っていた。


――しつこい男どもだった。


 むめは昼間の狼藉をそうふり返る。

 公達は従者らに命じ、むめを代わるがわる犯させた。初めはたり、のちに五人、果ては従者らみなで。公達は上座でゆるりとそのさまを眺め、ときおり、おのれの衣をくつろげて竿をしごいた。御簾内は濃い栗花つゆの臭いと熱でむせ返った。

 公達らが退けてから身を清めたが、ひそりと鼻につく臭いは消えない。いとわしい、と水引を解いて髪をほぐした。

 湖のほとりに、枯茶の水干とくくり袴をまとった翁が立っている。比売神の随身とかいう老人である。

 むめが来るといつもこのほとりにいて、しおれた椿のにおいをさせている。翁はなえ烏帽子えぼしの頭を下げ、むめに尉面のような笑みを向けた。


「ご大儀でございます」


 むめは目礼だけを返した。翁は脇に寄せた小舟へ跳び乗り、むめを導く。むめが座したところで、水中にをさした。


 ええいおう

 ゆららさららに、舟よ行け

 ざさのごとに、さらさらと

 岩も走りて、舟よ行け


 翁がろうろうと声を張れば、舟はすべるように水面みなもを走る。湖風が重だるいからだに心地よかった。

 舟はやがて岸に至り、むめは土へ下りた。ぷんと白百合の群れがかおる。

 昨年の秋、都でさきつすめらみことの后が崩御された。そのご遺言により奉ぜられたひと株から、花がふえていったのである。百合は比売神を慕う童のごとく、梅の樹に添うように伸びていた。


「……好文比売あやこのむひめ様、」


 むめはささやき、どっしりとした幹を撫でる。手足をかけて樹に登り、まどろむ比売神の鼻先に顔を寄せた。

 比売神は、穢れなき少女の肌をして眠っている。樹と化し磔にされた手足は苦しげにも、陶然としているようにもみえた。おのれと瓜ふたつのその顔に、むめはたぎつ湯のような怒りをおぼえる。


――なぜに、おれを救われた。


 なぜに生かした。乳をあたえた。むめが問いたいのはそればかりである。

 比売神に生かされたから、むめは生き比売神となった。男に抱かれ、身を売られ、汚泥を塗りたくられるようにしてずぶずぶと生きている。こんな生にあたいはあるか。生ける甲斐があるものか。

 かような生を生きるくらいならば、赤子のあのときに死にたかった。


「あや様、――はわ様」


 むめは比売神の口にむしゃぶりつき、うなじを引いてかぶりついた。髪を乱し、爪に絡めてぶつぶつ千切る。かきまぜる。

 ささやかな乳房を吸い、噛み、そうしながらおのれの男根をきつくしごいた。姦淫で腫れた怒張をこすり、比売神の女陰ほとに押しつける。腰をやる。

 むめは幾度も腰を揺すぶったのち、小さく呻いて精を吐いた。手足から力が抜け、ぶざまに樹の根元へ落ちる。

 腰はしたたかに痛んだが、むめはうるむ目を細めて比売神の姿を仰いだ。その腹にかかった淫水ほずは薄く、孕みなどしようもないほどに少ない。昼間どれだけ搾り取られたかと、思わず冷ややかな笑みが漏れた。


――……しようのない、


 どうしようもない、おのこである。

 むめは、おのれでおのれをそう思う。どうしようもなく生きて、腐れて、足掻きもせずに泥沼へ沈んでいる。

 それでもなお、むめは比売神が慕わしかった。慕わしく憤ろしく、それゆえに縋りついていたかった。


――好文比売様。


 その御名をとなえ、目を閉じる。ひりひりとした夜のしじまが覆いかぶさり、赤子のときの、白く揺らめくふたつの花ぶさを思い起こした。


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