二
見えず、聞こえず、すべては風のそら
「ほれ――」
公達は後ろからむめを抱き込み、顎をすくった。右手は
梅のつぼみめいたふたつの尖りをつつかれ、むめはわずかに息をこぼした。その戯れを、従者らが眼前で落ち着かなげに眺めている。
むめは胸をいじられながら、じわじわと響く蝉の遠鳴きに耳をすました。
御簾の外は白っぽく、乾いた夏の日差しがちらちらと庭を射ている。まだ、昼にもかからぬ刻限である。であるのに盛んなことだと、むめは嬌声の陰に嘲りをひそませて笑んだ。
先ほど、本殿にて奉納舞を終えたところである。
公達は従者にむめを連れてこいと命じ、客人が休む
――腐れている。
あ、と喉を反らせながら、むめは
やしろの者らは、腐れている。
むめを生き比売神と祀り上げ、触れてはならぬ比売神そのものの身代わりとして、ひとびとに供している。触れれば吉兆を授かるおのこと騙り、都の公達らをおびき寄せ。公達どもは寄進を積み上げ、むめの身をむさぼり喰う。
――吉兆も生き比売神も、なべて詭弁だ。
肉は肉である。それを嬉々として喰らう男どもが、きよらなる信心など持ち合わせているはずもない。
男たちは吉兆にかこつけて、ただむめの肌をしゃぶりたいだけである。
「……犬まろ、ながむし、ひき
公達が従者のうち
「
三人は泡を喰って目を白黒させる。
しかし、むめは知っていた。公達になぶられるむめを見ながら、従者らは生臭い泥のごときまなざしを向けていた。いきり立つ
――主人も従者も、さして変わらぬ。
荒い息の合間に、ものうく従者どもを見やる。彼らはぱっと頬を染め、唾をのんだ。公達が重ねて三人に命じる。
「抱け」
従者のひとりが、べろりと唇を舐めた。そのまなこは盛った雄猿のごとく血走っている。
むめは目を伏せ、こういう趣向らしい、と笑った。
――ないことではない。これまでも、きっとこれからも。
身を通わせた男の中には、かようなやり方を好む輩もいた。この公達も、そうしたうちのひとりに過ぎない。
――つまらぬ男。
むめは男たちの手に衣を剥ぎ取られながら、ひそやかに天を仰いで呟いた。
それがむめの矜持であった。ちぶちぶと肌を吸う水音に混じり、外ではなおも、唸るように蝉の声がしぐれていた。
*
をろがみ
をろがみのみて、あまくはし
むめは頭の中で歌いながら、ぼんやりと
かしこみ
かしこみふして、まをさく
ちりちりと虫が鳴き、そよとした風が素肌を撫でる。
――しつこい男どもだった。
むめは昼間の狼藉をそうふり返る。
公達は従者らに命じ、むめを代わるがわる犯させた。初めは
公達らが
湖のほとりに、枯茶の水干とくくり袴をまとった翁が立っている。比売神の随身とかいう老人である。
むめが来るといつもこのほとりにいて、しおれた椿のにおいをさせている。翁は
「ご大儀でございます」
むめは目礼だけを返した。翁は脇に寄せた小舟へ跳び乗り、むめを導く。むめが座したところで、水中に
ええいおう
ゆららさららに、舟よ行け
岩も走りて、舟よ行け
翁がろうろうと声を張れば、舟はすべるように
舟はやがて岸に至り、むめは土へ下りた。ぷんと白百合の群れがかおる。
昨年の秋、都で
「……
むめはささやき、どっしりとした幹を撫でる。手足をかけて樹に登り、まどろむ比売神の鼻先に顔を寄せた。
比売神は、穢れなき少女の肌をして眠っている。樹と化し磔にされた手足は苦しげにも、陶然としているようにもみえた。おのれと瓜ふたつのその顔に、むめは
――なぜに、おれを救われた。
なぜに生かした。乳をあたえた。むめが問いたいのはそればかりである。
比売神に生かされたから、むめは生き比売神となった。男に抱かれ、身を売られ、汚泥を塗りたくられるようにしてずぶずぶと生きている。こんな生に
かような生を生きるくらいならば、赤子のあのときに死にたかった。
「あや様、――
むめは比売神の口にむしゃぶりつき、うなじを引いてかぶりついた。髪を乱し、爪に絡めてぶつぶつ千切る。かきまぜる。
ささやかな乳房を吸い、噛み、そうしながらおのれの男根をきつくしごいた。姦淫で腫れた怒張をこすり、比売神の
むめは幾度も腰を揺すぶったのち、小さく呻いて精を吐いた。手足から力が抜け、ぶざまに樹の根元へ落ちる。
腰はしたたかに痛んだが、むめはうるむ目を細めて比売神の姿を仰いだ。その腹にかかった
――……しようのない、
どうしようもない、おのこである。
むめは、おのれでおのれをそう思う。どうしようもなく生きて、腐れて、足掻きもせずに泥沼へ沈んでいる。
それでもなお、むめは比売神が慕わしかった。慕わしく憤ろしく、それゆえに縋りついていたかった。
――好文比売様。
その御名をとなえ、目を閉じる。ひりひりとした夜のしじまが覆いかぶさり、赤子のときの、白く揺らめくふたつの花ぶさを思い起こした。
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