突撃! 魔王城!

 勢いよく魔王城へ突撃しようとした三人組だったが、ふとした問題が生じた。


 安くはない入場料を誰が払うのか、また、武器の持ち込み禁止でシヅマが止められ、事情を話して特例が認められるなどの一部騒動があったものの、三人はかつての敵国の中枢へと足を踏み込んだのである。


 一歩入ったその先は別天地だった。アーチの向こうからでも一部は見えていたが、上下に曲がりくねった線路の上を走る滑走車、水車を巨大にしたような輪の各所に小部屋程度の箱をつるし、何の動力で動いているのか、緩慢な動きで回転している遊戯施設、まがまがしさと滑稽さを兼ね備えた回転木馬、柱にくくりつけられた長椅子が天高く舞い上がっては、急降下する拷問のような施設などなど、東西世界のほとんどを踏破したと言っても過言ではないシヅマですら見たことも、聞いたこともない遊戯施設が魔王城を中心として展開されている。


「何じゃ、こりゃあ?」


 ここへ来たときと全く同じ科白を吐いたシヅマだが、今の自分の心情を表す言葉がないだけで、かろうじて絞り出した声は雰囲気に呑まれ、かすれていた。


「すごいねえ……さすがのボクも言葉を失うほどだよ」


「ええ、確かに。わたしもその話を聞いたときは子供だまし程度のものだろうと思っていたのですが……」


「ん? もしかして、レティ、ここのこと、知ってた?」


「え? いや、その……」


 エルクの口調や形相も、特に責めているという風はなかったものの、レッティールはまるで弾劾裁判にでもかけられているかのように狼狽え、視線は宙を遊泳した。


 最初はどうごまかそうと考えていたらしいが、嘘がつけない生来の気質と良心の呵責がレッティールの重い口を開かせた。


「知っていたと言うよりは、ここに来て思い出したという感じです。実は……」


 レッティールの説明によれば、ここは「風雲! 魔王城!」という名の「遊園地」という施設らしい。遊園地というのは娯楽、遊覧のための施設だそうで、今のところ、東西のどちらにもない場所でもある。開園は半年ほど前で、シヅマがようやく命からがら大砂原を渡りきった頃であり、知らなかったのも当然のことだ。


 なぜ、このような場所ができたのかと言えば、その理由を知るには多少の歴史を知っておく必要がある。


 まだ世界が東西に分断されていなかった昔、世界には魔王がいた。魔王はあわや大帝国グラン・ローマンセリアを滅ぼしかけたが、かの帝国は滅びるくらいならばと凄絶な自死を選んだ。魔王率いる軍勢を領内奥深くへと引きずり込むと、大陸の三分の一を壊滅させるほどの大規模呪術を展開したのである。


「コルバーン」


 それが大規模呪術の名だ。古い言葉で「犠牲」を意味する。効果は指定した範囲内のすべてを「塵化」するというもので、命あるものは塩と化し、命なきものは砂となって崩れ落ちた。


 この呪術を発動させるための触媒として「帝国そのもの」が使われ、帝国直轄領の人や獣、果ては草木に至るまで、地上におけるあらゆるものが贄として捧げられた。


 かくして大帝国は歴史の彼方へと消え、魔族もまた魔王をはじめとして多くの種族が無理心中させられてしまったのである。


 特に戦闘に長けた種族がほぼ絶滅の憂き目に遭い、残った種族は魔王城クリスタロス周辺に自然と集まり、人類から差別と迫害を受けながら、慎ましく暮らしてきた。


 つい近年までその状況が続いてきたのだが、さすがに魔族のほうはこれ以上は耐えられなかったらしい。


 何しろ魔王城近辺に産するものがほとんどなく、あるのは火山からとれる硫黄や、多くの種族にとっては毒にしかならない毒草などの希少植物があるばかりで、呪術師や薬師に売るだけでは年々減り続ける人口を養うことすらできなかったからだ。


 魔族が滅ぼされなかったのも、彼らの住まう地が何のうまみもなかったからに過ぎない。


 そこで彼らは細々とながらも、交流があったケシウス辺境伯お抱えの呪術師メントルに窮状を訴え、彼を通じて、教国へ陳情した。


 魔族が交渉相手に教国を選んだのは西邦世界において最大の宗教勢力であり、かつては魔族討滅の急先鋒でもあった彼らが魔族の存在を認めれば、他の国々は追随するであろうと考えたからである。


 それだけに交渉は難航し、長期化するだろうと思われたが、予想を覆して、教国はいともあっさりと魔族側の陳情を受け入れた。


 理由は二つ。一つは魔族が人類にとって脅威ではなくなったことであり、もう一つが胃がもたれるような政治的な判断があったことだ。政治的というのは、現教王であるシザリウスの政治的得点稼ぎだったからだ。シザリウスは歴代の教王と比して、至って凡庸な統治者であり、その治績はたった数行で記されるだけのものでしかなかった。


 そこに魔族が全面降伏してきたのだから、利用しない手はない。寛容な姿勢をみせるだけで、シザリウスは魔族との恒久平和を築いたと歴史に燦然たる黄金色の文字で書かれるのだ。シザリウスが狂喜して、飛びついたのも当然の成り行きである。


 諮問院を経ずに教王独断で事を進めたことで多少の問題が発生したものの、一度上意が定まってしまうと、実務的なものはあっという間に進められ、現在に至るというわけだ。


 レッティールの長い説明を聞いて、シヅマは嘲るように鼻を鳴らした。


「ふん、なるほどな」


 先ほどから肌で感じていたかすかな負の感情がどこからもたらされたものなのか、ようやく分かった気がした。かつての敵に頭を下げて、慈悲を乞うのは屈辱以外の何物でもないはずだ。ここを訪れる人間たちはそうとも知らずに遊び歩いている。魔族の人間を見る眼差しに険があるのは必然だろう。


 シヅマが魔族に共感や同情めいた感情を覚えるのも、自分を含めた人間に失望していたからだ。それが反感となり、教国がいう歴史とやらもどうせ改竄したものなのだろうと思っている。大方魔族が攻め来たというのも、人類の側に根本的な原因があるに違いないのだ。


 知らないうちに纏神がはだけ、不機嫌な表情を作っていたシヅマの腕を、エルクが軽く叩いた。


「そんなに難しい顔をしてないで、さっきも言ったように今は浮き世の憂さを忘れて、楽しもうじゃないか」


「そうだな。せめて入園料の元くらいは取っておかないとな」


「貧乏性だなあ、キミは」


「そいつはどうも。ほら、そうとなりゃ、さっさと行こうぜ。閉園時間までどれだけ回れるかが勝負だからな」


 エルクの言葉通り、今は呪いのことを忘れて、一時の享楽に耽るのもいいだろう。


 そして、めちゃくちゃ楽しんだ。

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