この呪われた棍棒がどうしても外れないので、いっそ開き直って「鈍器王」にでもなろうと思います。

秋嶋二六

プロローグ

呪われ人の東奔西走

「シヅマ・シマキは呪われてしまった!」


 現実世界でご親切にわざわざアナウンスしてくれる存在などいないから、シヅマは自分が呪われたということに気づかなかった。


 宝箱に入っていたのは何の変哲もない棍棒だった。宝箱の装飾の華麗さに反比例して、中身がひどく貧相であったことに、シヅマは落胆しながらも、売れば何かの足しになると思って、なんの考えもなしにその棍棒を拾ってしまったのである。


 手にした瞬間、電流にも似た痺れが全身を走ったとか、背筋に氷塊を押し当てられたかのような悪寒を覚えたとか、呪いを感じさせるような感覚は一切なかった。


 違和感を覚えたのはその棍棒をパーティ共有の道具袋に入れようとしたときだ。手を離したつもりで、袋から手を出してみたところ、まだ棍棒はシヅマの手にひっついたままだった。


 嫌な予感とそれを否定する心が同時に生まれ、シヅマは棍棒を手から離そうと試みた。できなかった。どんなに努力しても、まるで見えざる吸盤でもついているかのごとく、あるいは強烈な接着剤が持ち手についていたかのごとく、彼の手から離れることはなかった。


「呪いで身体から離れない!」


 今度も彼の状態を教えてくれる声はなかったが、何が起こったのかはもはや誰の目にも明白だった。シヅマは指を開いても、全く落ちない棍棒を、幼なじみと悪友で構成された仲間に見せつけ、笑うしかないと言わんばかりの表情を浮かべた。


 呪いの棍棒をはずそうと奮闘するその姿はまるで前衛的な踊りのように傍目からは見えたので、仲間たちはやや離れたところで、気味悪がっていたが、何が起こったのかを理解した途端、爆笑が巻き起こった。


 正直、シヅマもまだこの当時は事態を楽観視していたのだ。こんな棍棒ごときに強固な呪いなどかかっているわけがない。常識としてはほぼ正しく、シヅマの見立てが甘かったと評するのは酷というものだろう。間違っていたのは彼を取り巻く現実だったのだから。


 生まれ故郷「シゲハラ」に隣接する初心者御用達迷宮「ドウヒョウ」から戻ったその足で、シヅマは近くの神社に駆け込んだ。利き手が常時塞がれているような状態が不便で堪らなかったし、こんな嫌がらせでしかない呪いから一刻も早く解放されたかった。


 ただ、シヅマの切実な思いは天に届かなかったようだ。いや、おそらくは届いたのだろう。この世のすべての喜劇と不幸を司る悪意ある何かに。だからこそ、彼はこの日を境に常人とは異なる人生を送らなければならない羽目になったのである。


 結果、呪いは解けなかった。たまたま大社の高位神官がその神社に訪れており、一晩かけて、解呪を試みたが、儀式は完全に失敗に終わってしまったのだ。シヅマに非は一点もなかったが、その高位神官の顔に泥を塗ったばかりか、神教それ自体の沽券にも関わるものだったので、シヅマの身柄は拉致同然の形で、大社まで連行された。


 大社での日々は記憶の彼方に追いやりたいほどすさまじいものだった。呪いに打ち勝つ精神と肉体を作るためという名目で、シヅマは朝から晩まで荒行を強いられ、呪いを解くよりも前に自分が死ぬのではないかとの危機感を抱き、何度も脱走を試みたが、その都度連れ戻され、さらに過酷な修行を強制された。


 しかし、半年経っても、呪いは祓われるどころか、そのそぶりすら見せず、ようやく根負けしたか、通常なら解呪に多額の喜捨を求める大社も口止め料を払って、シヅマを追い出したのである。


 大社ですら解けなかった呪いにかかった自分自身の境遇に、シヅマは十分に落胆したが、彼の運命はまだ底打ちしてなかった。


 シヅマは大社からせしめた口止め料で、呪いを解くため、ホツマの国の津々浦々を歩き回ったが、最高神を奉る大社でも匙を投げた呪いが神格の劣る神社などで落とせるはずもなく、終いには詐欺師に残金すべてを巻き上げられ、やむなく帰郷することにした。


 そこで待っていたのは、投獄という仕打ちだった。何が何やらわからぬまま、放り込まれた獄中で断片的に伝え聞く情報を整理して、ようやく何事が起こったのかを理解した。


 ドウヒョウは最下層である五層まで潜れば、その後の冒険に必要な知識と経験、そして、装備がそろう場所として、国外にもその名を知られた迷宮であり、今まで呪いの装備が出たことはあっても、解呪できないほどの凶器が出たことは一度もない。


 なので、シヅマが持ってきた棍棒の存在があることを知られたら、冒険者の足が遠のくかもしれない。迷宮に寄生することで、生計を立ててきたシゲハラの街も立ちゆかなくなる。ひいてはシゲハラを支配するカヅサ藩もまた、税収が減るのは困るし、何よりも国外からの珍品秘宝などが手に入らなくなるかもしれない。そうなると、上の覚えが悪くなるのはもちろんのこと、下手をすれば改易なんてことにもなりかねない。実入りのいいカヅサを得ようとするものは後を絶たず、彼らは常に藩主の失態を探しているのだから。


 様々な思惑が交錯した結果、シヅマは呪いの棍棒が外れるまで、限定追放となったのである。限定とは言うが、問題が解消しなければ、一生戻ることができないという意味であり、ほぼ永久追放されたも同然であった。


 家族の見送りすらなく、身一つで追い出されたシヅマは早々に国内での解呪を諦め、海を渡り、東邦世界最大の強国「ハイタン」へと入国した。


 結論としては、ここでも呪いを解くことができなかったが、唯一の収穫は武の師を得たことだろう。精神と五感強化の「纏神」と身体強化の「隷鬼」、この二つの基礎を、師であるスウンより徹底的に仕込まれた。大社での荒行がまるで平穏無事と錯覚するほどの修行を経て、どうにか基礎の基礎を覚えたところ、そのままスウンから放り出されてしまった。応用は自分自身で考えろということらしい。


 縁もゆかりもないにもかかわらず、「なんかすぐ死にそうだから」という理由だけで、拾って、身を守る術を教えてくれたスウンには感謝しかなく、追い出されたことは恨まなかった。もっとも、何度「くそばばあ、死ね」と、手にした呪いの棍棒を寝ているスウンの脳天に振り下ろそうとしたか、数えるのも面倒だが。


 再び世知辛い世間へと身を投げ出したシヅマだが、一年東邦世界の各地を放浪した後、ふと気づいた。もしかしたら、東邦世界の呪いではないのではないのかと。


 そうなると、西邦世界へと渡らなければならないが、海路は金がかかる。不特定労働者互助組合、通称「冒険者組合」の依頼をこなして、稼ごうとも考えたが、呪いから早く解放されたいシヅマは最も短絡的な手段を執ることにした。


 すなわち大陸中央部を縦断する大砂漠、「アジラット大砂原」へと歩を進めたのだ。呪いが一向に解消されないことで、自棄になっていたという面もある。


 死んでもいいとの思いが却って功を奏したのか、命を落としかけるその寸前で、彼は前人未踏の大砂漠を踏破したのだった。後に彼の名を冠した陸路ができるが、それはまた別の話。


 初めて訪れた西邦世界で、言語や風習、文化に戸惑いながら、最大の宗教国家である「神聖エトナマイダ教国」へとたどり着いたかと思えば、入国審査でいざこざを起こし、入国を拒否されるという絶望的な事態に陥るも、「捨てる神あれば拾う神あり」との彼の国の諺にあるように、まだ命運は尽きていなかったようだ。


 大陸の最西端、ヴ・ルメリオ国の首都エステアリオには西邦世界最大の学術院「エステアリス大学」に呪術研究の第一人者がいるとの話を聞きつけたシヅマは最後の望みをかけ、組合から紹介状を書いてもらい、会いに行くことにした。


 故郷を追い出され、ここに至るまで四年半が経過した。十四歳だったシヅマは十八になり、もうすぐ十九の誕生日を迎えようとしている。


 もうすぐ終わる。その予感は合っていた。あくまでも、今の喜劇が終わり、新たな喜劇の幕が開かれるという意味においては。

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