第2話 ドレスの仕立てとお供役

「あの、ダンケルク様? これは一体」

「ドレスだが?」

「いえあのドレスであることは分かるのですが、なぜ私が着せられているのでしょうか?」


 主寝室の掃除を終えた私を連れて、ダンケルク様が真っ先に向かったのは、街の仕立て屋でした。それも女性向けの。

 華々しい帽子がずらりと並んでいるなか、ダンケルク様は私を奥の採寸室へと引っ張っていき、私をそこへ押し込んでしまわれました。


 そうして、服の上から様々な場所を測られ、様々な布を当てられました。


「もしかして、どなたかご婦人にお洋服の贈り物でもなさるおつもりでしょうか? 私がその方と背格好が似ているから、代わりに採寸されているんですね?」

「いや? 正真正銘お前にやるドレスだよ。――うん、お前やっぱり紫が似合うな。黒髪ブルネットだから品が良く見える」

「こっ、こんな良い生地のものをメイドにでございますか!? 酔狂が過ぎます!」

「ははは、主人に向かって酔狂とは、いい度胸だなリリス」

「酔狂以外に何と言えばよろしいのですか。こんなものを買うくらいなら、気の利いたブックエンドの一つでもお求めになればよろしいのです」


 ふむ、とダンケルク様は、ご自身の顎を品の良いしぐさで撫でました。

 武人らしからぬ流麗な手つき、こういったところに世の女性方は心を奪われてしまうのでしょうね。


「では攻め口を変えよう。――率直に言ってだな、リリス。その黒ずくめのワンピースじゃあ、連れ歩く気にならん。喪服か? 喪服なのかそれは?」

「め、メイドの正式衣装(ユニフォーム)でございます!」

「そう、メイドが着るべきものだ。つまり室内着であって外出着ではない、要するにお前は新しい外出着をあつらえねばならない」

「……そっ、それでしたら私は店の表にあった、吊るしのワンピースで十分でございます。色も綺麗でしたし」

「型落ちだろうがそれは!」


 ぴっ、とすくみ上ってしまうほどの声。さすが軍人さまでいらっしゃいます。

 ですが私も負けてはいられません。メイドたるもの、こんな無駄遣いを許すわけにはまいりません。


「武具も馬も魔術装備もそうだが、リリス、型落ちなどで満足するな。常に最新の、体にあった、いっとう良いものを使え」

「それは軍人さまの理論かと。メイドは型落ちのもので良いのです、いっとう良いものなんて、仕事には邪魔なだけですから」

「……ほおう。この俺に向かっていい度胸だ。こう見えても鬼軍曹で通っているんだがな?」

「そうでございましょうとも。――ですが私が戦うべきは、不潔・害虫・不摂生に不衛生でございますから、」

「ならばこんなふうに主と争うのは、メイドとしてのあるべき姿ではないな?」

「そっ……れは、そうなのですが」

「分かったら俺の要求を呑み、おとなしく着替えろ」


 どうやら一本取られたようです。


(いえ、こんな高級なものを与えられておきながら、一本取られた、はありませんね)


「……ありがとうございます。ダンケルク様」

「それでいい。さて、紫の他にはそうだな、明るい色の訪問着を一着と、夜会用のドレスも仕立ててもらおうか」

「ダンケルク様!? それ以上お仕立てになるのならば、私も黙ってはおりませんよ」

「とっくに黙ってないだろ、お前。なるほどなあ、ウィルがお前に頭が上がらないわけだよ。しっかりしてる」

「そうやって話を変えようとしても無駄でございます。私はあつらえて頂いたこの一着しか着ません」


 分が過ぎるのはよくありません。私はメイドなのですから、オーダーメイドの服を一着持っているというだけでも、分不相応なのです。

 私の顔を見たダンケルク様は、私の意思が固いことを見て、小さくため息をつかれました。


「ここで時間を浪費するのは趣味じゃない。取り急ぎその一着を着て行け」


 テイラーが頷き、さっと採寸室を出ていきます。

 

(……気を悪くされたでしょうか。泣いて喜ぶべきだったのかも)


 私の悪いところで、こういうときに素直にお礼を言えないのです。

 ですが、こんな高いものを買って下さったのですから――やはりここは、改めてお礼を言うべきでしょう。


「あの、ダンケルク様。ぶしつけな態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした。ドレス、嬉しいです。ありがとうございます」

「本心かそれは」

「ほ、本心でございます。着ていく場所がないなあとか、ちょっと派手すぎるかなあとか、そんなことはちっとも思っておりません」

「正直者め」


 ダンケルク様はくつくつと笑って、入ってきたテイラーに場所をお譲りになりました。

 テイラーは巻き尺をぐるぐると私の体に巻き付けると、ぼそぼそと呪文を唱えます。


「<裁断カット><裁断カット><縫製ソーイング>」


 その三語と共に、私の体に巻き付いた布が、自在に形を変えていきます。


(なるほど、呪文は短いですが、一語に込められた魔術が恐ろしく緻密ですね。魔術陣が見えないのは恐らく細かすぎるから……。いえ、門外不出の技術だからでしょうかね?)


 初めて見る職人の技を、ああでもないこうでもないと分析している間に、仕立ては完了していました。


 色はライラックのようなうすむらさき。裾のドレープはたっぷりととってあって、豪華な印象を与えます。

 その豪華さを引き立てるように、上半身はシンプルなデザインで、胸元の微かなリボンが控えめでかわいらしいです。


 いつの間にかおそろいの帽子と手袋、靴まで身に着けていました。早業です!


「うん、やはりその色がいいな」

「帽子や靴まで、ありがとうございます」

「ん。じゃあ行くか」


 さらりと差し出された腕。を、無視して通り過ぎようとすると、こらこらと呼び止められました。


「主の腕を無視するものじゃないぞ」

「……家族でも婚約者でもないのに連れだって歩くのは、少し、妙ではないでしょうか?」

「こんなに綺麗な装いの女性を一人で歩かせては、世の男たちに奪われてしまうだろ」

「? ああなるほど、ダンケルク様はいつでも女性を口説かれる練習をされているんですよね。常在戦場の心得というやつでしょう?」

「なんだそれは。どこから聞いた?」

「ええと、グラットン家の旦那様がおっしゃっていました」


 若旦那いわく、ダンケルク様はいつも息をするように女性を褒めるのだそうです。そうしないと、いざ口説きたい本命の女性が現れたときに、体がにぶってしまうからだとか。 


(一理ありますよね。いつもお掃除をしていないと、はたきを振るう手もにぶってしまいそうですし)


「……まあいい。主人命令だ、並んで歩け」

「はあ」


 もしかしたらダンケルク様は、戦場から戻られてばかりで、とにかく横に女性を置いておきたい気分なのかもしれません。

 私はおとなしく腕を取り、ダンケルク様と共に家具屋へ繰り出しました。



 ダンケルク様が向かった家具屋は、暗くてあまりひと気はありませんでしたが、ものすごい数の家具がありました。

 その間を歩きながら、めぼしい本棚を探します。


「お、このライティングビューローはいいな」

「本棚を買いにいらしたのでしょう。書き物机はすでに二台ほどあったかと思いますが」

「この色は持ってない」

「机ばかりいらないでしょう。あ、こちらの本棚なんてどうでしょう?」

「ちょっとでかすぎやしないか」

「ダンケルク様がお持ちの図録と戦術書がこの段にぴったり収まりますよ」


 そう言うとダンケルク様は驚いたような顔をなさいました。


「測ったのか」

「いえ? 一度魔術を使ったものであれば、大きさや重さはある程度把握しておりますが」

「……お前、あの掃除魔術――掃除以外に使ったことはあるか?」

「掃除以外には使えませんので、やったことはありません」


 おかしなことをおっしゃるダンケルク様です。掃除魔術は、掃除以外に意味はないのに。

 と、通路の向こうからやってきた男性が、親し気に声をかけてきました。


「おや、いらっしゃいませ、モナード様。本日は何をお探しでしょう」

「やあ、店主。今日は本棚をいくつか見つくろってもらいたい。あと、食堂の椅子も何脚か欲しいところだ」

「本棚と椅子でございますね? モナード様の食堂のテーブルは、グリード兄弟の工房で作らせたものですから、揃いの椅子がよろしいでしょう」


 どうやらここは、顧客の買い物をしっかりと把握している、良い店のようです。

 ダンケルク様と二言、三言交わされた店主は、ちらりと私を見て言いました。


「なんともまあ、お綺麗な方で! 奥様でしょうか? それとも奥様になられる方ですか?」


 ダンケルク様はにっこり笑いました。……笑って、それだけでした。


(あらあら? 否定をなさらないと今後が面倒だと思うのですが?)


 私もつられてにこにこ笑いながら、ダンケルク様の脇を小突きます。ですがダンケルク様は笑うだけで、口を開くことはありませんでした。


(ほら、店主が訳知り顔で頷いていらっしゃる! 違います違うんですー! 私はただのメイドなんですー!)


「なるほど、なるほど……。このことは内密に、でございますな」

「そうしてもらえると助かる。で、本棚なんだが、あっちの大きなやつを見せてくれるか」

「かしこまりました」


 店主が遠ざかったすきに、私はダンケルク様に尋ねました。


「否定しないと勘違いされますよ」

「勘違いされた方が良いんだ。――というのもだな、どうやら俺には縁談の話があるらしく」

「なおさら否定してくださいよ!」

「いや、俺に結婚する気はない。どのみち戦場に戻るんだからな。その縁談話を防ぐために、婚約者らしき存在をにおわせておくのは、なかなか妙案じゃないか?」

「それに私が関与していなければ、最高のアイディアと言えたでしょうが」

「まあまあ。賃金は弾むし、その最中に買ってやったものは、全部お前のものだから」


(婚約者のふり、とまではいかないようですね。何も言わずに黙ってにこにこしていろ、ということならば、できなくもないですが)


 メイドの仕事だけをやるならばともかく、婚約者役ですらない、訳ありなお供を務めろとは。

 考えていたら、なんだか少しむなしくなってしまいました。


(これが若旦那だったらいいのに、なんて……。馬鹿げていますね。若旦那はもうご結婚されたのですから)


 それでもやっぱり、考えてしまうのです。


(若旦那は、私がモナード様の横に並んでいるのを見たら――少しは、気にかけて下さるでしょうか? きれいな服を着ていたら、それなりに見えるな、って思って下さるでしょうか?) 


 なんて、ほんとうにしようもない考えであることは、私が一番よく分かっているのですが。

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