ネットサーフィン
たなか
第1話
脳の電脳化が一般化する以前は、自己意識をネットワークの中に埋没させる行為をたしかそう呼んでいたはずだ。
ネットサーフィン。
研究室でダイブをしていた橘の意識は、唐突にその単語にひっぱられた。実際に海を見たことは一度もなかったにもかかわらず、サーフィンのイメージが彼の頭をとらえて話さなかった。上から覆い被さる大きな波に呑まれた身体。
二十一世紀の初頭、Twitter社が暴力的ないしエロティックな内容のツイートを規制しはじめたときには、反対するユーザーはほとんどいなかったと言われている。むしろ、大多数のユーザーは熱心にそれを支持し、それまで規制がなかったことのほうが不自然であったかのように振る舞ったようだ。
自分たちの外側を悪とすることでしか善をみいだせない人々にとって規制は歓迎されるべきもので、彼らが規制されることを無意識のうちに望むようになるのは当然であった。
古より賢人たちが人生を賭けて挑んだ問題であったが、つまるところ倫理とは単純な数の問題だった。
最初はわずかなノイズにすぎなかったものが増殖と拡散を繰り返し、ひとたび閾値を超えると、まるでずっと前からそこにあった真実かのようになる。
イメージ。虫の群れがやがてそれ自体が一つの生き物のようになり、一つ一つの個体はやがて呑まれてしまう。
Twitter上からTwitter自体を批判するツイートが削除され出したのはその数ヶ月後であった。暴力的な表現をふくむものだけでなく、システムへの建設的な批判さえも削除の対象だった。
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