短編集
宵薙
電車に攫われて
コンビニバイトが終わる23時。秋風が吹く中、私は一人電車を待つ。20分のインターバルに狂いなく来る電車も、これと最終を残して本日の役目は終わりだ。雪の日も、台風の日も毎日毎日お疲れ様。世間がシルバーウィークだとしても、コンビニと電車は休まない。ある意味似ているところはあるだろう。
電車の終点駅にある私の家は、そういえばエアコンをつけたままにしていた。
電車は今出たばかりなので、残りは十五分少々。五分ほど経っているのはICカードへのチャージに手間取った分。
なんでもない日々。変わらない日々。世界的感染症、株価の暴落、誰かが息絶えた物騒なニュース……考えても仕方ないことの連続。サークルの活動は見送られ、授業は遠隔。信号を飛ばして理解できる頭を持っていたなら良かったが。
なんでもない日々。なんでもある日々。人々の雑踏は秋風に呑まれ。静謐な輝きを放つ三日月を残し、他は虚空に消える。使う機会のないクーポンで重くなった雑誌、暇つぶしに聞く好きなバンドの新曲。
ベンチに座ったサラリーマンは、向かいのホームに来た電車に攫われる。スマホゲームに夢中になり、幾多もの試行の末にクリアしたステージ。そちらに気をとられていると、サラリーマンはどんな電車に攫われたのか見ていなかった。
冷風が吹く。ベンチの人の気配は消えた。23時の駅のホーム、私は一人だ。袋からおでんを取り出す。残り五分、食べきれるか?
数瞬の瞠目。帰ったところで私は一人暮らし。家に帰っても何もない。
からしの黄色いパッケージの封を破る。牛すじの串を口に入れ、一気に引き抜く。飢えた喉はだしを欲しがる。誰も見ていないのをいいことに、私はカップを持ってだしを喉に流し込む。
「あっ」
そうだった。大根も入れていた。食べ忘れていた大根が、カップを滑り落ちて鼻に命中。だしと潰れた大根でべしゃべしゃだ。感染対策のアルコールティッシュで軽く拭き取る。
「間もなく ――行きの電車がホームに参ります」
一人の時間というのはあっという間だ。電車の中は帰宅途中の会社員で溢れている。微妙に残ったおでんのだしの匂いを、少し溢れさせただけでも十分な飯テロというやつになり得る。
鉄柵の間を抜け、正確にホームに降り立った来訪者。さて、どこに攫われるのか。私はベンチから立ち上がり、電車に乗り込む。
「扉が閉まります、ご注意ください」
機械音。
「ベンチに座った私」は、青いリボンの電車に攫われた。
短編集 宵薙 @tyahiyo
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